第2話 なお、コミュ障なもよう
翌日スペアの制服やシャツが宅配便で届いた。
アマテラス様に財政的な苦境を訴えたら、配慮してくださった。
俺が学校から帰宅した所、居間でその大きな段ボールを母から受け取ったのだが。
「翔ちゃん? なんか、PC周辺機器が届いたけど、これ、中身なに?」
「ごふっ! か、母さん! いや、それは、そ、そう! 最近パソコンの自作に挑戦してみたくなって、いろいろ買ったんだよ!」
高度な情報的嫌がらせですか、アマテラス様……。
確かに、制服をわざわざ何着も買っていると知られては、いろいろ親に心配をかけてしまうからマズイが、だからと言って、なんでこんな品名にしたのか!
俺がいかがわしい品物を買った見たいじゃないか。
「翔ちゃん? お母さんもね、全部だめだとは言わないけどね――」
「母さん! それ絶対に違うから! 俺は何もやましい事はないから!」
「そ、そう? なら、良いのだけれど……」
安心してくれ、母さん。
幼女に手を出そうとすると、天罰が下ると知っている俺は、常に誠実、真っ当に生きてゆきますから。
そして、年増邪神フィースなんかに俺は負けません。
なんて言っても、至高の御姿を見せびらかしてくれるアマテラス様がい居るのだから!!
最近分かって来たが、邪神フィースは朝と夕方をメインに狙ってくる。
アマテラス様の見立てでは、日本人にとってその時間帯が精神力を低下させる為らしい。特に、夕方から日没直後は一番弱体化するから、毎回その時間帯を狙って積極的に仕掛けてきているのだろう、と言う話だった。
そして、今日は朝から何事もなく、平穏だった。
俺は学校の帰り道で、マンション横の人気のない駐車場に来ていた。
この高級そうなマンションには、屋根付きのキレイなベンチが有るので、実はゆっくりできる穴場だ。マンション一階部分はスーパーになっているが、入り口は反対側なので、こちらは静かになる。
自宅へ一直線に戻らないのは、家の壁に三回連続でトラックを突撃させられた経験からだったりする。
嫌過ぎる……。
以前、邪神フィースを煽ったら無駄な自尊心からべらべら喋ってくれた事があった。それによると、異世界に干渉するのはかなり力を使うらしいとの事。
正直、昨日は襲撃されないだろうと俺も油断していたのは、一日休みを挟んだ前に五日連続でトラックによる事故死攻撃を受けていたからだ。
今までの邪神フィースの体力を考えれば、そろそろ根を上げてへばっている頃だと思ったが、最後の最後にガッツを見せられてしまった。昨日は最終手段の天沼矛まで呼んでしまったのは、大きな失敗だった。
やはり、今後は邪神フィースを確実に仕留め終わるまでは、人通りの多い所は全力で避けた方がいいのだろうか。
学校と家の往復だけに専念して、被害を最小限に…………。
「くそ、あの年増のせいで……!」
何が20代のぴちぴちボディーがどうのこうのだ。
女性が最も美しい年齢は12~16歳だと、そんな常識も知らないのだから失礼な奴だった。
無論、12歳未満もばっちり可愛いが!
俺の神美眼によれば、アマテラス様の体は人間でいうと13歳と半年前後。
まさに、理想的!
「おーい、天宮翔くん! こんな所に居たんだ!」
不意に俺を呼ぶ声が飛んできた。
振り向けば、マンション前の歩道から同じ学校の制服を来た女子生徒がやって来る。
あれ、昨日の公園で見た顔だろうか?
思い出した。確か、同じクラスだったはずだ!
名前は、えーと…………。
「ど、どうしたの? 難しい顔して」
「あ、あぁ、いや。ちょっと考え事をしていて」
主に、君の名前について……。
いかん、高校入学と共に度重なる邪神の熱烈襲撃で、クラスメイトとの親睦を深める余裕もなく、ぼっちコース一直線だった。ので、本気で名前が分からなかった。
もうすぐ夏休みだと言うのに、俺の脳内プランは自宅に籠城して、邪神フィースによるAttack on Truckを回避する事しか考えていない。
間違っても、家の塀を破壊、突破してくる60トン級、超大型トラックが襲ってこないだろうな……。
「こ、このままでは……! 青春が、消えてゆく……っ!?」
改めてその事実に気が付いた俺は、絶望的な気分になって行く。
少なくとも、中学校までは仲の良い友達も居たのに、なぜたった一回の引っ越しが、それで地方の高校に通う事になったと言うだけの事で、どうしてここまで悲劇的な事態に陥らなければならなかったのだろうか。
これも全て、邪神フィースのせいだ!
「どうしたの、深刻そうな顔しているよ。私でよければ、相談に乗るよ?」
「いや。そうじゃ、ないんだ……」
とても、相談出来る事じゃない。
そもそも、俺の近くに居たら、彼女が利用されるのも間違いないだろう。
逆に離れてもらった方がいい。
「俺は……友達を作っちゃいけないんだ。だから、どっかに行ってくれ」
うわぁ……、女の子にこんな事言う男最低だな、俺……。
「分かったわ!」
「……え?」
突然声を上げた彼女に、俺は訳も分からず見上げる。
「イジメられているのね!」
イジメ?
確かに、邪神フィースにイジメられていると言う意味では間違いではないが……。
「ち、違う! イジメられている分けじゃない!」
まずかった。
一瞬考え込んだ事で、彼女の表情は真剣みを増してしまっていた。
『分かっているわ! 口では否定したいのも男の子だものね!』
とか、絶対思っている顔だ!
「一緒に解決策を考えてみましょう! もう、翔くん一人で苦しむ事はないよ!」
あぁ、ほら、変な方向に勘違いしている。
とても良い子なのだけれども。でも、……今は困ったな。
「いや、本当に違うから。君もあまり俺に関わらない方がいい。巻き込んでしまう」
「巻き込むとか、そんなこと気にしなくていいよ!」
いえ、即死系なので気にします。
「きっとね、こういう事は一人で悩んじゃ辛いだけだよ?」
なんか、ぐいぐい来るぞ。
それほどまでに、真剣に考えてくれているのだろう。
どうしたモノかと、俺がため息を吐こうとした瞬間、聞きなれたディーゼル音が彼女の背後から迫って来るのに気が付く。
このエンジン音は、いすゞ(いすず)の小型トラック【エルフ】!
急いで立ち上がった俺は彼女の手を取ると、一気に引き寄せる。
そして、抱きしめる様に両腕で捕まえた。
即座に全身に魔力を流して、突撃してくるであろうトラックに備えた。
「ちょ、ちょっと! い、いきなりっ!? こういう事は……」
「…………!?」
その小型トラック【エルフ】は、ゆっくりとこちらにハンドルを切り、そして、駐車場に入って行った。……普通に。
俺達の背後には、スーパーの裏口がある。
ただの、納品だ……。
……だめだ。
俺は、俺の意識は余りにも小型トラックのエンジン音に敏感になり過ぎている。
最近はエンジン音で、どの車種が突っ込んできているのかまで分かるようになった。ちなみに、UDトラックスの【カゼット】はレア車種なので、エンカウント率が低い。
いや、そうじゃなくて、俺は何を考えているんだ……。
「ご、ごめん」
俺は両腕で抱きしめていた彼女を解放した。
流石に、彼女は俺の方に視線を向ける事も出来なくなっていた。
それはそうだ。
いきなり同級生が抱きついてきたら、普通の女子生徒なら避けるに決まっている。
いや、これはちょうど良かったのだろうと俺は思い直した。
青春が消えていくのは嫌だが、そんな自分の欲求の為に女の子をデスマッチに巻き込むのはもっと嫌だ。
嫌われるぐらい遠ざけてしまった方が、きっと彼女は安全になるだろう。
「うんん。……あやまらないで」
そんな風に、彼女が首を振る。
「今の翔くん。とても真剣だった。きっと何か理由があったん、だよね?」
そう言って見上げてくる瞳は、少しだけだが揺れていた。それは、驚きなのか恐怖なのか、それでも必死に俺を見つめていた。
そっと、彼女が手を伸ばしてくると、俺の左手の袖を、恐る恐るつまんでいた。
くいっと引っ張られた袖に、俺の頭の中は一気にホワイトアウト寸前になる。
「え、えっと!?」
こんなかわいい子が、うるんだ瞳で見つめた上に、俺の袖を引っ張っているだと!
何がどうしてこうなった!?
色素の薄い赤みを帯びた、セミロングの髪が風に揺れている。
桃色のきれいな唇が、薄く開いていた。
微かな石鹸の匂いに気をとられれば、確かに存在する胸元に髪の毛が落ちる。
気が付けばその胸が、俺の腕に付くか付かないかと言う絶妙の間隙に、俺の意識が更に追い詰められてゆく。
「もっと……こっちに来て」
「っ!?」
そう言うと、その隙間を埋める様に、彼女が俺の体をひきつけて、そう、初めての感触に俺の意識が左腕になるっ!?
そして、そのまま彼女は生垣の中に倒れ込んでゆくので、俺も共に覆いかぶさってゆく。
分けが分からなかった。
彼女が何をしているのか、俺が、どうして彼女に覆い被さっているのか。
そして、その胸に顔を埋めているのか。
二人して倒れ込んだ俺は、その柔らかい感触を肌に感じて、身動きが取れなくなる。この柔らかさは……、想像を絶する…………っ!?
気が付いたのは、激しいブレーキ音の後だった。
「うわぁ! 大丈夫ですか!?」
見れば、先ほど駐車場に入って行ったはずの小型トラックが、歩道の上で危なっかしい止まり方をしていた。
俺が起き上がれば、血相を変えた運転手が走ってくる。
「ごめんなさい! 怪我はないですか!」
立ち上がった俺は、彼女のおかげで無傷だった。
そう、引っ張られて生垣の中に倒れ込まなければ、先ほどまで俺が立っていた場所を、猛スピードでバックしてきたトラックに跳ね飛ばされるところだった。
そして、今回ばかりは完全な不意打ち……。
俺は運転手を安心させる為に、軽く片手を上げて無事を伝える。
そして、助けてくれた彼女の方を見た。
まだ、生垣の中に倒れているが、優しく微笑むその顔が、はだけたスカートや制服が、とても……きれいだった。
「ありがとう。おかげで、命拾いした……。君は、大丈夫か?」
右手を差し出せば、彼女が握り返してくるので、引っ張り上げる。
「ふふ、危なかったね。ちょっと、驚いちゃった」
「あぁ、今回ばかりは、初めて自分から回避出来なかった」
今まで、それこそ最初の一回目から、俺は完璧にトラックを避け続けて来ていた。
それが、彼女の、女の子を意識してしまったばかりに、危うく死ぬ所だった。
彼女には、感謝してもしきれない。
「で、でも、ごめん。その、倒れ込んでしまって……」
咄嗟の事とはいえ、存分に堪能するような事までしてしまった。
「別に……、翔くんなら…………嫌じゃないから」
そんなあり得ない告白を聞いて、俺の心は再び舞い上がってしまおうとした。
が、直度に同じ過ちに気が付き、全力で意識を冷静化させる。
そもそもだ、そんなに親しい仲でもない男に、こんな都合のよく可愛い子がやって来て、まして、高校生男子が大喜びするような事を言うなど、不自然じゃないか。
もしかしなくても、これは性悪年増邪神フィースがこの子の精神に介入して、俺の注意を引きつけつつ、トラック攻撃を仕掛ける作戦だ!
そして俺は、見事に回避のための行動を行えなかった。
それもそうだ。
最近は魔力の操作にも慣れてきて、例え夕方の精神力が一番落ちている時間帯でもかなりの強度で魔力障壁を展開できる。
俺一人なら小型トラックが時速60kmで突っ込んで来ても、怪我はするが死にはしない。
普通の事故じゃ殺せないと思った以上、精神的に追い詰めて魔力操作が出来なくなった所を仕留めに来るつもりだろう。
恐らく、これは思春期の男子を研究した、巧妙な罠だ!!
あの邪神フィースの手段は、いままでレベルを上げて物理で殴る一辺倒だったが、ここにきてトリッキーな手段も混ぜて来たと言う事か。
今回は、邪神フィースの精神干渉が甘かったのか、彼女が俺を助けてくれたが、そう何度もあるとは思えない。いや、次はそのミスも埋めてくるはずだ。
あの邪神の考える事だ。あらゆる手段を使ってくるに決まっている。
相手の心理攻撃を回避する最も効果的な手段は、……スルーだ!
「最近はトラックの事故が妙に多いからな。これからも、気を付けるよ」
「……う、うん。そうだね」
よし。もやっとした表情で会話を途切れさせてやった!
ざまーみろ、邪神め!
「じゃぁ、俺はもう帰るから。またな」
そう言って、ぶっきら棒に別れを告げる。
これでいいのだ。命の恩人なら、なおさら、もう巻き込んだりできない。
「うん! またね!」
妙に力の入った別れの挨拶を返される。
本当に、良い子だった。
平謝りしていた運転手をまいた後、しばらく歩いてから気が付いた。
「あ! 名前聞き忘れた……」
えーと、そうだ。
確か、井の頭公園みたいな苗字だった気がする。
井の頭? 苗字にしても変だけど、んー、思い出せない。
考え事をしていると、スマートフォンがメールの着信を知らせた。
見れば送信者はアマテラス様になっている。
アマテラス様と言えば非科学の顕現なのに、なぜか現代科学が大好きなお方だった。
人間のやる事は基本好きなので、なんでも一緒に使ってみたくなるとか。
ミーハーである。
「でも、アマテラス様からメールなんて珍しいな」
本文を開いてみると、専用フォントできゅるっとカワイイ丸文字が表示される。
フィントまで弄っているのだから、ほんと好きだよなぁ。
『日々の襲撃に疲れているのは分かるが、何も青春するなとは言わぬぞ。折角のフラグを速攻で折る事もなかろうに』
それだけだった。
「……………………」
気が付けば、俺は膝から地面に崩れ落ちていた。
これはつまり……、さっきのは、邪神フィースの攻撃は今まで通り、トラックだけだった、と言う事、なのか……?
「くそっ、くそぉぉ…………!!」
歩道に跪き、俺はただ翻弄される自分の運命に涙した。
「初めての、……初めての告白っぽいイベントだったのにー!」
周りの目も無視して、俺は心から泣き、叫んだ。
そして、あの邪神フィースを絶対に許さないと誓った。
もう、これ以上、俺の人生を狂わせてたまるかと。
っと、またメールが着信する。
『おほほほ! そう思うなら、異世界に行っちゃいなYOU! 勇者様になれば、女の子にチヤホヤされ放題だよ! より取り見取りだよ! 奴隷のかわい子ちゃんを助けて、いろいろエッチな事も出来るよ!』
「腐れ邪神があぁぁぁ!」
俺は思わず、スマートフォンを地面に叩きつけていた。
文字通り木端微塵に砕け散った携帯電話を見て、自分が本気でスマートフォンを壊してしまった事に気が付く。
「ぬおぉおお! 俺のスマホがぁぁぁ!」
しかし、頭を抱えても、失ったモノはもう元には戻らない……。
俺はまた一つ、大切なモノを失ってしまった。
地面に両手をつき、失われた残骸に涙を流す。
もう、どうする事も出来なかった。
勇者体質だか何だか知らないが、俺は異世界に行くつもりも、どこの誰とも知らない奴らの為に死ぬつもりもない。
俺はこの世界が好きだった。
俺は、アマテラス様がちょー好きだった!!
かわいいよアマテラス様かわいいよ!
でも、青春したいなぁ!!
だからっ!
絶対に、俺はトラックでひき殺されたりはしない!!