第1話 選ばれちゃった勇者
「んふふ~♪」
夕方、俺は下校途中にある公園のベンチに座っていた。
繁華街と住宅街に挟まれて、そんなに大きくはないが、子供や街の人達が良く利用していた。
7月の午後4時過ぎだが、今日は日差しも弱く外で過ごしやすくていい。
スマホをポケットから取り出せば、さっそく【なろう】の新着・更新小説の一覧を眺めてゆく。スマホの画面には、楽しそうなタイトルが躍り込んできた。
この瞬間がとても好きだ。
俺はファンタジーに分類されているモノが好きだった。
あらすじを見ていくだけでも、どんな物語なのかと想像がかき立てられて楽しい。
特に、異世界転生モノはやっぱり楽しいのだ。
友達のなかには、最近はテンプレばっかでつまらない! と言う奴もいたが、俺はそういうテンプレも、作者によっていろいろな味付けがあるから好きだった。
そう、好きだった……。
実は、個人的な事情により異世界転生モノでも、トラックに轢かれて転生する作品は嫌いになりそうだ。
本当は好きなのに……、嫌いにさせられると言う感じに。
うつむき加減に小説の一覧を目で追っていると、ふと視界の端に楽しそうに走って行く子供が見えた。まるで、俺に気が付けと言わんばかりの、目の前を走って行った。
顔を上げれば、小学生ぐらいの女の子が、楽しそうに友達と追いかけっこをしている。
今までの俺だったら、ロリコン的な喜びに浸るだけのシーンなのに、背中にヒヤリとした汗を感じる。
隣に置いてある鞄へスマホを滑り込ませると、俺は静かに、しかし素早くベンチから立ち上がった。
追いかけっこに興じる女の子を見れば、既に公園の出入り口へ迫っていた。
毎度のことながら、ギリギリを攻めてくるアイツに、俺は怒りを覚えながら即座に走り出す。
ここ三ヶ月間、無駄に鍛えられた脚力が地面を蹴り、公園で遊ぶ子供や親たちの間を駆け抜ける。
そんな俺を狙い澄ましたように、側面から野球ボールが飛んでくる。
公園に来た時から、なんで禁止されているキャッチボールをしている子供が居るのかと思ったら、前回の失敗を教訓にアイツが配置したトラップなのだろう。
だが、
「あまい!」
飛び上がるとともに、野球ボールに向かって靴底を蹴り出す。
驚いた事に、足の裏に感じたボールは硬球だった。
時間稼ぎのトラップでは無くて、最早殺しにかかっているのかもしれない。
だが、そんな根性のねじくれたアイツに負けるなど、悔しすぎて俺には我慢が出来なかった。
着地をするのももどかしく再び走る俺に向かって、不自然にふらふらと足をもつれさせた通行人が一人、進路を妨害してきた。
しかし、そんな間に合わせの障害など、今更俺に通じる訳もない。
素早くステップを踏み横によければ、再び前に足を踏み出す。
しかしそこに、二人、いや三人の通行人が一斉に足をもつれさせ、倒れまいと手を伸ばし、俺の進路を塞いでくる。
「不自然過ぎだろ!」
隠す気もゼロじゃねーか!
思わず突っ込みつつも、速度は落とさず、襲い掛かる通行人の腕は軽く弾き、いなし、素早くかいくぐる。
「しまった!」
これ程急いだと言うのに、女の子は既に公園を抜け、歩道を真っ直ぐ横切り、車道へ飛び出していく。幾ら子供でも、迷いがなさ過ぎだ!
公園入口の車止めを飛び越えながら視線を右に向ければ、日野の2トンでおなじみの小型トラック【デュトロ】が突っ込んで来ていた。コンビニ配送でお馴染みの、保冷車タイプ!
クラックションが鳴り、ブレーキの音が響き始める刹那、俺も覚悟を決める。
「こうなったら、人目があるが仕方ない!」
訓練の成果で、一瞬のうちに体の魔力を制御した。そして、肉体を強化すれば、チート的本気で地面を蹴る。
鉄球を落としたような激突音を置き去りにして、俺の体が一層加速した。
ガードレールの間から車道に出た女の子を追い、両腕を伸ばした俺が文字通り飛んでいく。
しかし、あろう事かガードレールの設置位置がリアルタイムで変更された。
いま女の子が通り過ぎた場所に、スライドするようにガードレールが立ちはだかってくる。
「反則っ」
両手に魔力を集めると、大急ぎで空気を圧縮する。
「してんじゃねー!」
真下に叩きつけた空気で俺の体は浮き上がり、ガードレールを回避した。
しかし、このままで女の子の上を飛び越えてしまう。
「まだだぁ!」
浮き上がったと同時に腰を曲げた俺は、体を捻りながら空中で倒立する。
素早く前後を入れ替え、今まさにトラックにひき殺されようとしていた女の子を、背後から抱きしめた。そして、その勢いのままに女の子をさらって行った直後にトラックが通り過ぎる。
と思ったが、トラックがハンドルを切ったために、荷台が横滑りして襲ってきた。
「ぐあ!」
女の子だけは守ろうと魔力障壁を集中させたために、自分の体が断熱パネルの箱に打ち付けられ、弾き飛ばされてしまう。
どこまでも執念深いアイツだった。
失敗したと思えば、少しでもダメージを与えようとしているらしい。
しかし、弾き飛ばされつつも空中で姿勢を取り戻すと、女の子を両腕できちんと抱き直す。そして、無事反対車線に着地した。
「ふっ……、ざまーみろ。今日も俺の勝ち――」
言い終わる前に再び鳴り響くクラックション。
慌てて視線を向ければ、逆方向から三菱ふそうの小型トラック【キャンター】が突っ込んで来ていた。バンタイプのアルミ箱が、まるで血を求める様に夕日の赤を反射していた。
「二段構えだとっ!?」
しかも距離が近すぎる。しゃがんだ姿勢からの全力回避をすれば、抱えている女の子の方が、無事では済まなくなってしまう。
「うおおぉ!」
ここまでくれば、もう周りを気にしている余裕はなかった。
右腕を天に掲げて、選ばれし勇者に与えられた神器を叫び、呼ぶ。
「こいっ! 天沼矛ぉ!!」
既に目の前に迫ってくるトラック。
運転手の悲壮な顔までが見えていた。どう考えてもブレーキを踏んでいる顔だ。
にもかかわらず、トラックはノンブレーキで突っ込んで来ていた。
運転手の感覚に干渉して、ブレーキとアクセルを踏み間違えさせているのだろう。
どこまでも、クソッタレなアイツの仕業だ。
直後、爆裂する地面。
天から亜光速で降り注いだ槍が、トラックと俺達の間に着弾した。
瞬間減速の為に周囲を破壊しながら、槍の運動エネルギーをまき散らされてゆく。
えぐられ、巻き上げられる路面に、トラックもろ共浮き上がっていった。
そして、弾かれた小型トラックは横倒しになりながら、俺達の隣を猛烈な速度で滑って行く。
「…………」
この女の子もそうだが、利用され巻き込まれた運転手も可哀想で仕方ない。
アイツの勝手な事情で利用され、もし、俺や誰かが死ねば、運転手の人生もそこで終わってしまうのだ。そう考えると、後味が悪すぎる。
そう……、俺はトラックに轢かれて転生する作品が、今、どうしても好きに成れなくなっていた。
トラック転生は、楽しくない…………。
戻れと意識すれば、今呼び出したばかりの、神器【天沼矛】が光の粒子になって霧散する。
伝説の武器を貸してくれたのは有り難いが、火力過剰にも程がある。
呼ぶだけで地面に大穴をあけるのだから。
「あ、やべ……」
穴の開いた地面から、噴水のごとく水が吹き上がっていた。
水道管を貫通してしまったらしい。
あと、近くの商店のガラスは、もれなく粉砕。
飛び散ったアスファルトで、周囲に怪我人が多数発生していた。そここで血を流してうずくまったり、逃げ出している人々の姿が見える。
辺りは騒然としていた。
さすがに死人は出ていないようだが、女の子一人を守る為とは言え、被害が大きくなりすぎてしまった。
もっと、修練を積まなければ、このままでは死人が出るのも時間の問題かもしれない……。
「大丈夫かい?」
アイツへの怨嗟はのみ込み、抱えていた女の子に声をかける。
しかし、女の子に外傷はなくとも、放心したような焦点の合わない目で、返事をする余裕はないようだった。
とにかく、このままここに残っていても、俺にはどうする事も出来ないだろう。
女の子を抱えて公園の入り口に戻れば、俺と同じ高校の制服を着た女子生徒が、心配そうな顔をして駆け寄って来た。女の子の知り合いだろうか?
しかし、同じ学校の生徒にいろいろ詮索されるのは非常にまずい。
俺は少し強引に女の子を預けると、何かを言おうとした女子生徒を無視して、事故現場から全力で逃走していった。
***
「いてて……」
風呂場に入ってきた俺は、シャワーを浴びる前に鏡の前で背中を確認する。
薄くとはいえ魔力的な防御をしていたが、その背中には無数の傷と血が流れた跡があった。
「くそ、またシャツをこっそり捨てる事になるなんて……」
血の着いたシャツなんか親に見られたら、心配されていろいろ聞かれてしまう。
しかも、新しい制服のシャツを買い替えたいと親に言うのも、こう立て続けでは怪しまれ始めていた。
『翔ちゃん! 遊ぶお金が欲しいのよね! グレちゃったの!? お母さんの育て方が、間違っていたのね!!』
なんて泣かれたのは前回の事なので、今度は昼食代を横領するしかないだろうか。しかし、きちんと食わなければ、いざと言う時体に力が入らず、アイツの襲撃に対応しきれないかも知れない。
「はっ! まさか、これも読んでの、ここ一週間の連続アタックだったのか!」
今まで、ただのバカだと思っていたが、まさかこんな高度な知能戦を仕掛けて来るとは予想外だった。
「ふふふ、今頃ワタクシの作戦に気が付いたようですね」
そんな言葉と共に、浴室のドアを開けてグラマラスな金髪縦ロールの女性がバスタオル一枚を巻いて入ってきた。
俺の体は、自分で意識するよりも早く反応していた。
「ごふぁ! しょ、翔様、最近、容赦なさ過ぎではありませんかぁ!?」
俺の右手は、女性の顔面を鷲づかみにして、全力を振り絞って握りつぶそうとした。
「いだだだだ!」
宙ぶらりんになりながら、そんな風に悲鳴を上げていたが、どこかふざけた声色が混ざっている。やはり、単純な物理攻撃ではこいつにはダメージを与えられないらしい。
「ちっ」
脱衣所に放り込むように突き飛ばす。
床に金髪美女が転がるが、全く嬉しくなかった。
「劣情たぎらせる高校生男子のお風呂場に、タオル一枚の美女が入って来たのに、どこの世界にアイアンクローで反応する人がおりますか!」
「そう思うんなら、他の世界を当たるんだな。何度も言うが、俺は異世界に行くつもりはない」
そう、コイツが全ての元凶だ。
「あのですね。こちらも何度も言いますが、ワタクシ達神が異世界に勇者を求める何てのは、異例なんですよ。普通は、自分の世界で済ませますからね!」
なんでも、この自称女神は、自分の世界でバランスが崩れてピンチになったから、人様の世界で魂をさらって、勇者として奴隷就労を強制するらしい。
「人聞きの悪い事を言わないでください! ワタクシは、世界の人々の幸せの為に、仕方なく貴方にお願いしているのですよ!」
「人の心を勝手に読むな……。そもそも、人をいきなり殺しにかかってくる奴の言う事を、どうやって信じられる」
「だから、それは謝っているじゃないですか。ごめんなさい」
そう言って、土下座をまた安売りしていた。
「だったら、今日のはどういう積りだよ」
危うく関係のない女の子や、周りの人たちが死ぬ所だった。
「仕方ないではありませんか。死んでもらわない事には、魂の所有権はこの世界に帰属するのですから。無断で連れて行ったら、世界間戦争になっちゃうんですよ? 昔と違って、最近は才能に恵まれた勇者体質は貴重なんですから」
そのせいで、やたら勇者候補が殺害される事件が他の世界で多発している。と言う話を、俺はこっちの世界の女神様から聞いている。けど、『四六時中守るのは難しいから、自衛しなさい』と、魔力を操る力と神器天沼矛を貸してもらった。
「だったら、直接やりあうか?」
全身に魔力を流し、俺が臨戦態勢をとると、自称女神は両手と首を振った。
「滅相もない! ワタクシが直接殺そうとしたら、ブチ切れたアマテラス様との全面戦争になっちゃうじゃないですか! まぁあ? ワタクシの力があればぁ? 負けはしませんけどね!」
すくっと立ち上がった邪神フィースが、胸を強調するように腕を組みながら、さらには見下すようにあごを持ち上げていた。
「でもぉ、ワタクシは忙しいので、そんな事に力を割く暇はないのですよ。こういうのは、神威的な痕跡を残さず、ばれない内に、こっそり殺す方が効率的なのです」
とんだ暗殺女神だ……。
しかしそれ以上に、本気になれば俺なんか軽く殺せるとも言っているらしい。
ふざけた奴だが、その冷酷な意思が薄ら恐ろしいのも事実だった。
「あと、自称女神ではなくて、ワタクシにはフィースと言う名前があるのです。女神フィースですよ、覚えてくださいね! 重要な事なので二度――」
「何が女神だ。お前みたいなのは、邪神って言うんだよ」
邪神フィースならピッタリじゃないか。
「それは見解の相違というモノです。ワタクシは、きちんとワタクシの世界の人間を守護し、祝福をもたらしていますから。それはもう、世界中から崇拝されているので、国別でしか守護していないローカル女神とは格が違うので、あだだだだだ!」
額に青筋を立てて、今度は本当に苦しそうに邪神フィースが悲鳴をあげる。
「だだだ、だから邪神じゃなくて、女神フィースなのですよぉおぉうっ!!」
そんな言葉を残しながら、存在を薄れさせ、この世界から強制排出されて行った。
「どろぼう猫め。また入り込んできおって」
再び浴室内に振り向けば、そこには浴槽で湯に浸かっている幼女がいた。
烏羽玉色の美しい長髪を頭の上にまとめて、肩まで浸かっている。胸がほとんどなく身長も小さい、美しい肌は柔らかそうで――
「ぜひ触りたい」
「……お主、たいがい神を恐れなさ過ぎだぞ」
「すみません。つい、本音が」
難しい顔で睨み返された。
この美しくも幼い、まさに至高のお姿が、この国を守る立派な女神、アマテラス様だ。
「言っておくがな、わたしだって常にちんちくりんな姿をしている分けではないぞ。こうして力が落ちてしまったのも、生理的に仕方のない事なのだ」
生理現象なんだ。
「どのくらいで大きくなるのですか?」
「そうだな、200年あれば立派な姿に……って、なぜ嬉しそうな顔をする」
「そうですか?」(喜
200年なら、俺の生きている間は、常にこのお姿を拝めるのですね!
あ、ふくれっ面になった。
かわいい。
あの年増邪神フィースに付け回されてうんざりしていたが、こうしてアマテラス様を拝められるのだから、役得だった。
しかも、無頓着なのか結構サービスしてくれるので、実にありが――けしからんですな。
あぁ、それにしても可愛いな。
俺の部屋に、小さな社建てるので分社してくれないからなぁ。
「たわけ!」
「あだ!」
風呂桶が俺の額に命中した。