NPC96
関所を抜けたまま法国に足を踏み入れる。
本来なら俺は踏み込むことすら許されないような国らしい。
しかし、現にこうして踏み込んでいる。
本来なら、並び立つ商店街や多数の市民が行き会う活気ある城門前だったのだろう。
だが、今、俺の目の前にあるのは惨劇の結末だけだ。
死体の山がうずたかく積みあがり、各所から火と煙の上がる地獄だ。そして、現行で魔物が人を殺して回る地獄が移っている。
「・・・・・」
俺は無言で大鎌に巻きつけていた当て布を解く。
同時に、百八十度見える視界に映る魔物の姿をロックオン。
正面にあるのは十字路だ。道の幅は三メートルほど。
石造りの屋台や移動式屋台が並んでいる。しかし、そんなものは打ち壊され、無数の魔物が群がっている。そして、動く人の姿は無い。
ちなみに視線を先に向ければ城のような物が見えるがそこからは煙は上がっていない。
まあ、どうでもいいけどな。
まずは目の前だ。
俺はこいつらを殺し尽くす。
殺意という感情に染まった視界は目の前の惨状を映す。
死んでいた。もしくは悲鳴を上げていた。救いを求めていた。
だが、全て死ぬんだろう。
それだけの悪意が民を襲っていた。
だから、俺は唇をかんで口を開く。
「第二深度まで強制開放」
このまま死ぬんだと思った。
普段の生活と何も変らなかった。
ただ、ただ、いつも通り物を売って生活していただけだった。
なのに、城門が弾け飛んだ。
そして、魔物が城下に飛び込んできた。
そこから先は阿鼻叫喚。
誰もが悲鳴を上げて逃げ惑った。
だけど、逃げる以上に逃げる場所が無かった。だって、逃げる先はいつだって埋まっていて、先を望む人から叩き潰されて行ったんだから。それは比喩じゃない。文字通りの意味だ。
だから、背後に迫ったオーガが巨大な鈍器を振り上げた姿を見たとき、私は自分の死を受け入れた。
「クソが」
鮮血が宙を舞った。
私は思わず目を見張れば映ったのは全身を黒に染めた何かだった。
髪は白い。だけど、身にまとう衣装はどこまでも黒かった。だけど、それ以上に・・・
あれ、言葉にしたいのに言葉にできない。
あ・・・、目の前が真っ赤になって、
また、人の命が弾けた。
助けた命から死んでいく。それこそ、俺の力が無力という意味だろう。
くそが、それでも俺は行動を変えない。
呪いのような力を発動させながら法国の中を疾駆する。
とはいえ、見る限りどこだって地獄だ。
この国が滅ぶことがストーリーかよ。もしくはここまでの被害が出ることが決まっていたということか。
だから、俺の戦う意味はない。力を行使する理由が無い。
「なんていうわけねぇだろうが!」
体内の血潮が沸騰する。怒りで目の前が真っ赤に染まる。
だからこそ、いけないとわかっていても、呪いのような言葉を口にする。
「第三深度まで強制開放」
吹雪 十夜は体内に病を飼っている。
それはいつも、どんな時でも体のいたるところに根を広げ、自身の宿主を蝕んでいる。
『暴走する病』
十夜は己のスキルをそう呼んだ。
「………それが俺の持つ呪われた力だ」
言って、今だに絶叫を上げるだけの魔物を一瞥し、
「うるせぇ黙れ」
今度は叫ぶ魔物の頭部に左手を添え、
壊音。鱗が破られ頭蓋が砕かれ脳が千切られる。圧力に耐え切れなかった眼球が飛び出し、肉片の混じった紫の噴水が宙に舞った。
「見ての通り種も仕掛けもありやしない」
住人に群がろうとしていた獣の一団を視界に納め、両の足に力を込める。
「そのまま走れぇぇぇーーー!」
叫ぶ。だが、常識で考えるなら間に合う距離ではないし、前方で待ち構える異形達の姿まである。しかし、十夜は構わなかった。
静から動へ、一から瞬へ加速する。
黒衣が動いたと認識した瞬間、まずは立ったままの魔物の姿が爆発的に四散し、周囲一帯に降り注ぐ。
「!」
黒衣の旋風は向かう者の四肢を引き千切り、逃げる者は巻き込み切り裂き微塵に変えた。
「第四深度まで開放」
皮膚の下に張り巡らされた肉が蠢いた。
主の命に従い、全身に潜んでいた病達が根を広げ、細胞レベルの変質を促していく。そして、それは蝕むと表現してもおかしくなかった。剥き出しの腕や顔に、禍々しい黒い帯状の紋様が浮かび上がり、脚部腕部がわずかながら膨張。これが病。吹雪 十夜の全身を蝕み暴走する病。
その変質を終えると同時に、十夜は音すらも置き去りに襲われかけていた住人達と魔物達の間に割り込んだ。
間を置かず全身に衝撃。痛みは感じなかった。しかし、異形達の凶器は十夜の体中を貫き、飛び散った血液は背後の町民達の衣服を微かに濡らす。だが、
「あ、ありがとう」
「へっ」
俺は小さく笑って肩越しに振り返る。
救えた命がそこにあった。これから終わるかもしれない。だけど、その時の絶望は無いはずなのだ。だから、今だけはそれで良いと納得する。
「第五深度まで移行」
身体を被う紋様の濃さが増し、四肢も歪に歪んでいく。膨張する筋肉に体勢が微かに傾き獣じみた前傾姿勢の戦闘態勢。それだけに発せられる威圧感は獣と評してもおかしくはない。
「言ったじゃねぇか、皆殺しだって」
黒衣の獣が裂けるように唇の端を上げ、無造作に振られた両腕が眼前に迫っていたオーガの胸を貫く。そして、目の前で立ったままのゴブリンを刹那の時で引き裂いた。使うのは己の四肢だけ。しかし、それだけで異形の者達は解体され、人型からただの肉塊へ。
「俺は暴走する病。どんな法も理も等しく俺を縛れない」
言いながら、傷だらけになっているはずの身体を払う。しかし、十夜の身体には傷一つ無い。いや、正確に言うなら傷はあるのだ。致命傷に等しい陥没や、切り裂かれた肉に裂け目が。
一つ一つが致命の傷なのに、周囲の傷が互いに盛り上がり、膨張し、絡み合い、混ざり合う。そして、傷は最初からなかったように、傷のない肌が質感を取り戻す。
「俺を蝕む『暴走する病』は法理を越えて全てを蝕んで行く」
………体のいたるところを黒の帯状の紋様に犯され静かに息絶えていた。
「致死遺伝子っつーのは知ってるか? どんな細胞だって致死遺伝子とやらを持っていて、それらは老化が進み終わりが近づくと活性化させて死に至る。そして、俺の病はその致死遺伝子に似た性質を持っててな」
剥き出しの左腕を掲げて見せる。
そして、その腕に浮かぶ帯状の紋様は最初よりも太さと濃さを増して、その下の肉が蠢いていた。そう、この間も根ざす病は主の身体を侵食しているのだ。
「死に近づけば近づくほど全細胞が変質し活性化していく。そして、宿主の体が傷つけば、癌細胞みたいに増殖して元の通り。よっぽど俺を病で殺してぇんだろうな。ただし、この狂った力にはおまけがあってよ」
黒ずみ、痙攣することすらない異形の死骸を指差し、それから怯える化け物に向き直る。
「感染するんだよ」
正面から爆発的な勢いで迫り、進み出たゴブリンの胸板を手刀で貫く。
だが、それだけではない。貫いた傷口から紋様が広がりそれは全身に及ぶ。そして、それが全身にまで及んだところで異形の足から力が抜け、石のように砕け散る。
「見ての通り、耐性のねぇ奴は一瞬で致死に至る。これが俺の暴走する病だ」




