NPC79
久しぶりのリーザです。なんか、色々十夜の影響を受けてきていますね。
十夜と別れてから一週間が経ちました。
今私達は帝国の入り口である関所傍にある旅人用の停留宿に身を寄せています。当然それは十夜を待つためです。
生死の心配はしていません。
十夜が死ぬはずありませんから。
とはいえここに着いてから早三日。
待つだけの身がこれほど悩ましいとは思えませんでした。だから、部屋の中で魔法のイメージトレーニングをしていたら、あの忌まわしいメス犬に怒られました。
「そういうことは外で、危なくないところでなさい」
もっともでした。
そういうわけで、
「リーザちゃん、またお客さん来たわよ」
忌まわしいメス犬の言葉に前を向けば、母親に寄り添われた子供が涙を流しながら目の前の椅子に座っています。
「どうしましたか?」
集中力が途切れていたようです。これはいけない。
とはいえ、改めて少年を見据えます。
栗色の髪で幼い顔立ち。まあ、五歳くらいの男の子ですね。
「停留所の広場で遊んでいる時に後ろから来た馬車に跳ね飛ばされたみたいね」
その馬車はふっ飛ばしていいのですか?
「まずわ、目の前の治療をしてほしいわね」
よくよく少年を見れば全体的に擦り傷塗れです。致命的な傷は無いようですが子供なら痛いと泣き続けてしまいますね。
私は少年に右手を伸ばします。それだけで少年はびくりと身体を震わせますが、私は大丈夫といって、触れた彼の肩から全身にかけて魔力を流していきます。それだけで、全身の傷がゆっくりと塞がっていき、傷口からかさぶたが落ちて治療は終わりです。
「まだ、痛いところはありますか?」
私のそんな言葉に、泣きじゃくっていた少年は不思議そうな顔をします。その後に、自分の身体をぺたぺた触った上で、満面の笑みを浮かべます。
「痛くないよ。お姉ちゃん、ありがとう!」
ひまわりのような笑顔を浮かべて走り去っていきます。
「あ、コラ! 待ちなさい!」
また、同じようなことになったら心配だと思ったのでしょう。だから、私は先に言います。
「御代は結構です。早く追いかけてあげてください」
「で、ですが・・・」
「修行中の身です。ですから、早く行ってください」
「あ、ありがとうございます。お礼はまたの機会に」
そういってお母さんは走り去っていく。
直後に続くのは忌まわしいメス犬の声。
「リーザちゃん、人はお金が無いと生きていけないのよ?」
知っていますよ。
「なら、なんで今の親子から治療代を取らなかったのかしら?」
この停留所には様々な人が来ます。
もちろん関所を越えて帝国に入っていく人たちもいますがそうではない人たちもいます。例えば商人。物を売るだけなら自分一人でもいいかもしれません。ですが、帝国に入るためには自らの証を立てたり入るための通行料というものがかかってしまいます。それは少なからずの金額で、馬車の護衛まで帝国に入れてしまえば商売の収支が割に合わなくなってしまう場合もあるそうです。
だからこそ、入国しない家族や護衛は、こういった停留所で主人や護衛主を待つという場所が必要になるのです。
もちろん、待つだけでは何にもなりませんし、それなりの期間を待たされる場合はその場合の過ごし方は個人の裁量になるそうです。
当然待つ間の時間を含めての契約もあるでしょうしそうでない場合もあります。
そういった理由で停留所には多数の露店が並んでいます。
食事を提供する場所もそうですし、日用品を売ったり様々な露天が所狭しと並んでいます。もちろん、帝国の中から旅人向けの商品を供給するために、帝国の外に出てくる帝国人の商店もあります。
そんな理由から、私が行っているのは魔法治療による魔法屋さんです。
私自身の魔力があまり強くないという欠点はありますが、今のように怪我をしてしまった子供を治したり、護衛主を待つ間、食事をするためのかまどを土魔法で作ってあげたりしてお金を稼いでいます。
もっとも、今のような怪我の治療は少ないです。なぜなら、ここまで来る様な街道は基本的には安全です。時折盗賊が出るそうですが、護衛がいれば何とかなるでしょうし、護衛がいるような相手を盗賊は襲いません。
従って、私の仕事は基本的には座って魔法のイメージトレーニングです。とはいえ、誰かに迷惑をかけてはいけないので停留所の一番奥地にいますが。ゆえに、私の右から向こうは深い木々の密集地。向かい側には誰もいません。
と、ここまで考えた上で視線を向けることなく、メス犬に言葉を返します。
「子供に怪我をさせた馬車の持ち主から取り立てます」
怪我をさせておきながら何の処置も取らない時点で人として終わっています。相応の報いを受けさせましょう。
「リーザちゃん、思考が十夜君に似てきているわよ?」
それは褒め言葉ですね。
「相手は帝国から来た馬車だからやめてほしいわね。それに褒めてないわよ?」
戦争ですね。
「その思考の直結は止めましょうね」
あきれたようなメス犬の声に苛立ちを感じます。
とはいえ、帝国に入ろうとしているのに帝国から来た馬車を襲うのはよろしくないですね。
「ちなみにどの馬車ですか?」
「関所の一番近くにある黒い馬車で、その隣の商店・・・食料を売っている露天が、その関係者よ」
距離からしたら歩いて五十歩といったところでしょうか? なんにせよ、見えます。視線から魔力を飛ばして線を作っていきます。その線をたどって視覚を飛ばすイメージです。
そして、その先に見えるのはやけに割高な肉や野菜を露天に並べる男達の姿。しかし、新鮮な食料など帝国に入るまで手に入れることのできない我々からしたら貴重品。しかし、その足下を見てする商売。
うん、私の中では先程の子供の件も含めて実験の必要がありますね。
ええ、実験です。魔法の実験です。
今は視界を繋げるために魔力の線を細く伸ばしています。その線に更なる魔力を供給していきます。ただし、私は才能がないようなので過剰な魔力を流せばその線は弾けてしまいます。ですから、ゆっくりと、ゆっくりと糸を伸ばしていきます。
そして、その糸が黒い馬車に触れた瞬間、
「起動」
遠くで悲鳴が上がりました。そう、五十歩くらい離れた場所で。
人々の声に耳を傾ければ、遠くの馬車がいきなりばらばらになってしまったそうです。砕け散ったのではなく、馬車の連結部が全て切り離され、ただの木材として分解されてしまったそうです。
欠陥建築ならぬ欠陥馬車ですね。
とはいえ馬車は高価です。直すのにしろ買うにしろお金は必要でしょう。なら、今の売り物を値上げするのでしょうか? 違いますよね? いままでのような大名商売をするのではなく、限りなく回転を上げて商品とお金を流通させなければいけませんよね? 売れればいいじゃなくて売らなければいけなくなったんですから。
「私も今度買いに行きましょうか」
チロリと唇の端を舐めて笑いました。




