NPC73
大層な地獄だった。
馬車は薙ぎ倒され、そこから逃げ出したレヴィーの仲間達はオーガの群れに襲われている。
襲撃に気付くのが遅かったんだろう。完全に後手に回っている上に抵抗すら出来ていなかった。
魔族の戦闘能力は知らなかったが、全員が全員レヴィークラスの力を持っているわけではないようだった。つーか、あんな化け物が量産されていても困るが。
だがまあ、明らかなピンチだ。
実際、目の前で頭を食い千切られようとしている女がいた。
俺の選択肢は、
「さっさと死ねクソ野郎が」
右手を全力で振り抜いた。
それだけでオーガの頭が弾け飛び、俺の体と女の頬を血に染める。つーか、意外にもろいな。
いや、移植されたこの腕がおかしいのか?
なんにせよ、
「貴殿は死神か?」
人外になったつもりはねぇよ。
直後、後方に生まれた気配と音。
「後ろだ!」
言われるまでもねぇ。
振り返りざまに見える巨躯と伸ばされる腕。
明らかに体格は向こうが上だ。
そして、人間という生物は基本的に弱い。
己より巨大な生物に勝てないどころか、身長に劣る狼にすら殺されてしまう。武器のあるなしじゃない。人間は戦闘生物として劣っているのだ。だからこそ、徒党を組んで武器を生んで作戦というものを取る。そうしなければ人間は生き残れなかったのだ。だからこそ、村を作り国を作り群れるのだ。
なら、魔物に手を伸ばされた俺は死ぬのか?
否だ。
伸びてくる巨大な腕のシルエット。血の塗れた指に、爪の間に挟まれた毛髪。俺の手首の太さを持つ指。このままなら俺は掴み取られて握り締められて、内臓を吐き出しながら絶命するだろう。
だが、生憎だったな。
「俺は殺す側なんだよ」
刹那、踏み込んだ俺はオーガの頭部を上から押さえつけ地面に叩き下ろした。
くぐもった悲鳴が聞こえるが関係ない。同時に左腕を振り上げて延髄に拳を落とす。やけに固い感触が拳に入るが関係ない。抉りこむように拳を落としながら反動で後ろに飛び、そのまま顔面に右爪先を打ち込んだ。
鼻骨を砕く感触にオーガが悲鳴を上げて顔面をかばう。
おい、人間じゃないテメェが人間みたいな痛がり方をすんなよ?
打ち込んだ勢いのまま身体を返し、そのまま回転して踵を頭上に持ち上げる。それはイッツギロチン。俺は螺旋の軌道を描きながら踵を振り下ろす。
快音。
俺の踵下ろしは抵抗なくオーガの頭蓋骨を打ち砕く。同時に飛び知った脳漿は俺の頬を濡らし、オーガは痙攣しながらその命を停止させた。
「くそが、欲求不満になりそうだな」
レヴィーみたいな化け物は勘弁だが、だからといって相手が弱すぎるのも問題だ。まあ、こいつらを助けるなら強すぎなくてもいいのか。なんつーか面倒なのは変らんが。
だが、悲鳴が聞こえるのは鬱陶しい。
とりあえず、見える範囲の魔物は全部殺そう。話はそれからだ。
私は絶望していた。
死も覚悟した。
だけど、なんだこれは?
荒唐無稽だ。
「私は夢でも見ているのか?」
それは人間だった。
だが、人間という生物は弱いのだ。
魔族と違い魔力も力も弱い。勝っているのは数だけなのだ。
なのに、目の前の人間はどこまでも違った。白髪黒衣の人間は死神だった。
人間なのに、オーガをいとも容易く葬っていた。
手が伸びる。巨大な手の平だ。あの手の平に同胞は掴み取られ無残な屍を晒した。だが、死神は違った。
伸びる手の甲に蹴りを入れて逸らす。逸れた手首を回転した勢いのまま掴みとって地面に伏せる。同時に引き倒したオーガの腕に両足を重ねて背筋を伸ばした。それだけで何かが砕けるような音が鳴り響きオーガの絶叫が鳴り響く。
直後、死神は手足を開放すると別の固体へ攻撃を始める。無論、素手でだ。
「なんなのだこれは・・・」
手足の破壊だけではない。
伸ばした指先が眼球を貫きうつぶせになったオーガの後ろに回りこみ首に手を回す。腕が十字を組んだかと思えば数秒後オーガは崩れ落ちた。
何が起こったのかすらわからない。
なんであれだけのことでオーガの巨体が倒れるのか理解できない。
だけど思った。
あり死神に手を伸ばされれば死ぬのだと。
そして思う。この後あの腕は私達にも向けられるのだろうかと。




