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NPC5


 世界が巻き戻るのは何度目だろう?

 何回死に続けたのだろう?

 だけど、試してないことなど山ほどある。


 実際ある程度死んでから俺のグラフは伸びなくなった。レベルも上がらなくなった。

 そりゃそうだ。現実はゲームじゃないし筋トレで上がり続けるならAボタンを連射して腕立て伏せを続ければ限界理論値に上がるはずだから。

 ん? ゲームってなんだ? 時折自分自身の中で処理できない単語が出てくる。

 だけど、その言葉は知っているっていうのは不思議なものだ。

 ええと、まあとにかく、漠然と死に続けるだけじゃ成長できないことがわかった。

「十夜何してるの? 最近畑仕事ほったらかして遊んでばかりじゃない」

「最低限はしてるよ。とはいえ遊んでるはひどくないか?」

 アーリアにはそう見えていたのか。軽くショックだ。

「だって一人で村の周り走ってるだけじゃない」

「全力ダッシュだってしてるぞ?」

「そういうことじゃないんだけど」

 アーリアは軽く苦笑。

 でも、確かにそうかもしれない。

 今まで村人として毎日を過ごしていた俺が昼はトレーニング、夜は勉学に励めば違和感を感じるだろう。それこそ、周りからしたら昨日の俺からは想像もつかないような行動をし始めたのだから。

 だけど、鍛えられていく身体や少しの口調の変化は違和感として認識されないらしい。それが不思議だった。

「身体を鍛えるのも勉強するのもいいけど、冬の蓄えなくなったらそれこそ大変なんだから、ちゃんと仕事もしてね?」

「わかってるよアーリア」

 冬なんて来ない。

 そんなことをわかりきっているから今は身体を鍛え続けている。

 だけど、そんなことを言っても伝わらない。

 伝わっても結局全員殺される。陵辱される。嬲り殺される。

 だから、俺はまた死ぬ。


「ステータスオープン」


 固有名 吹雪 十夜

 職業 村人

 レベル12

 ステータス/////////////////

      //////

///


 何が伸びたんだろう。

 いつものような牧歌的風景の前で俺は考える。

 今度は何が増えたのだろうと?


 想像でしかないが一番伸びているグラフは力という意味だろう。今まで一番鍛えいていた項目だからだ。そして、一定期間が一ミリも伸びなくなっていた。

 一方新しく伸びたグラフはなんなのか?

 一つは速度だろう。

 だけど、もう一つはわからない。


 それでも俺は少しずつ前進しているようだ。


 だけど、いつだってたった一匹のリザードマンすら殺せない。


 また何回も死んだ。

 ステータスは伸びている。

 だけど明らかに限界値だった。


 固有名 吹雪 十夜

 職業 村人

 レベル18

 ステータス////////////////////

      ////////////////////

////////////////////


 今更だが力、速度、体力のようだった。

 限界値は増えている。

 レベルが上がっただけでメモリの幅は増えている。だけど、そんなのは些少に過ぎなかった。

 未だに俺は村を襲う魔物を殺せない。

 正確に言うなら、いつだって向かい合うリザードマンを殺せない。

 良いところまで入っていると思う。

 攻撃は回避できるし打撃だって入れられる。

 単純に攻撃力が足りないのだ。

 そりゃそうだ。相手は全身鱗だし鎧までまとっている。

 俺程度の拳打なんて利かないし鎌なんて物は折れるだけだ。


 うん、今度はどうやって相手を殺すか考えるか。


 レベルは上がらなくなった。

 何ではわからない。

 でも、できることはまだある。

 「十夜ぼんやりしてるよ?」

 アーリアに言われて思考を取り戻す。

 今日は休日だ。

 アーリアが家に来たので薄味の茶を振舞ってる。

 たまねぎと呼ばれる作物の皮から煮出したものだ。

「ちょっと疲れてるだけだよ」

 実際疲れてる。

 これから先のことを考えるための材料が無くなりつつあるからだ。

「あのね十夜? 私は最近無理しているように見えるよ?」

「俺が?」

「うん」

 俺は苦笑してしまう。

 それが事実だから。

 無理をしてまで身体を鍛えて知識を得ようとしてそれでもこの村では限界があることを知ったからだ。

 まず身体能力はこれ以上上がらないだろう。

「十夜?」

 目の前のこいつを守れない。

 それは絶望だ。

 本当の意味で死にたくなった。

 何度繰り返しても俺はアーリアを守れない。

 村人達だって救えない。


 この時俺は誤ったかもしれない。

 空から落ちてきた声に。


『彼女だけ救って全てを見捨てればいいじゃないか』


 明らかに聞いたことのない声であり結果だった。


『お前は彼女だけは救いたいだろ? それは間違っているのか? 正しいことじゃないか』

「十夜?」


 アーリアの声が鼓膜を叩く。だけど、それ以上に空から落ちてくる言葉は俺の脳髄を焼く。

「誰だよ・・・」


 クソが。


 俺は順調に・・・ではないけど歩み始めてんだよ。


「なんでもない」

 意識を取り戻す。

 アーリアは心配そうだが俺は無理して笑うと困ったように笑う。

「十夜はいつも私に本心を言ってくれないね?」

「そんなことないよ」

 言えるわけないだろ! 共有なんてできるわけない。わかってほしいとも思ってない。

 だけど、目の前のこいつだけは助けたい。

 でも、それではそれこそ誰も彼も見捨てるしかない未来しかなくなってしまう。

 もちろん、自分の分際というものもわかっている。

 俺一人で全てを救うことなんでできないさ。

 強くなることにも限界が来た。

 だから、俺は選択しなければならないかもしれない。

「アーリア」

「なに?」

 そのためにも言葉を紡いだ。

「結婚しようか?」


 やんわりと断られました。

 現在彼女の去った丸太小屋の中でうつむいてます。

 なんだよ、恋仲って?

 略歴が嘘つくんじゃねーよ。

 俺が死ぬのはともかく目の前の幸せ否定すんなよ。

「とはいえ、進行する未来は常に一定じゃないな」

 落ち込んでいるのは事実だが。


 もう空から声は落ちてこない。

 ならばと俺は立ち上がる。

「目標を決めよう」

 当然それはリザードマンを殺すことだ。

 トカゲ頭のあのクソ野郎だ。

 思い出すだけで頭が沸騰しそうになる。

 あんな金ぴかな剣を持った上に同じ色の盾を左手に持っていた。なおかつ全身鎧なんて着込みやがって。

 そりゃあ、俺の拳打なんて利かないよな。だけど、攻撃はかわせるようになっている。なら、俺の攻撃が届くようになればいいのだが、顔面に拳を叩き込んだところでこっちの皮膚が裂けるだけだし届く衝撃もかすかなものだ。

 ん? 衝撃は届くよな? なら、その衝撃をもっと届けるようにすれば俺でもあいつを倒せるのか? いやでも、鎧を貫くような衝撃なんて今の筋力じゃ無理だし、これ以上の向上は望めない。

 つまりは積んでる。

 だけど、それだけじゃない気がする。

 こうやって何度も繰り返しているが、俺はここから先に進める気がする。

 そうでなきゃ


 繰り返す意味がない。


 幾日か経った。

 そして、それは今日も俺が死ぬ日だ。

 だけど、今回は死ぬだけのつもりはない。

 抵抗した末に死ぬのではなく、最初から殺しにかかろう。

 受け止めるのではなく、先制を掛ける。

 いつもは村の柵や入り口から入ってくる奴らを迎えるだけだった。

 でも、逆に言うなら刻限の時刻前に俺が奴らの頭もしくはリーダー的な何かを殺せれば未来は変るのではないか?

 実際わからない。

 だけど、俺は覚悟を決めた。

 死んでもいい。

 だけど、俺は今日初めて命を奪う覚悟を決める。

 一方的に殺されるかもしれない。

 でも、それでいい。

 この気持ちを忘れたら俺はもう何もできない。

 だから、


 衣服を黒く染めた。

 闇にまぎれるためだ。

 騎士達のように防具なんてない。そもそもここはそういうものなんてない。

 ついでに言うと武器だってない。

 普通なら万が一のために武器くらいありそうなものだが、この村は王国と近隣の村から近い地形にあり防護の必要がないと思われていた。もっとも、南の森から魔物が進行してくるのだから世話はないが。

 ちなみに森の向こう側がどうなっているかは俺にはわからない。村にある地図も近隣しか記されていなかった。

 とはいえ武器だ。

 無い物は無い。

 でも、魔物に素手で挑めるのはそういう訓練をつんだ戦士だけだ。

 ちなみに俺は村人だ。

 職業的にそんな攻撃力は無い。

 それこそ、何度も挑んで死んでいる。

 なら、


 シャランと音が鳴る。


 地面から引き起こした刃物の音だ。

「採取の大鎌」

 長老の倉庫に眠っていた祭具だ。

 それこそ採取の季節が来た時にこれを祭って来期の豊穣を祈る象徴たる祭具。

 もっとも、ただの大鎌でしかないのだがこの村にある最大の刃物である。

 当然無断拝借ではあるが、なおかつ長老の息子が目玉に青タンをこさえているがそんなことは知ったことではない。


 俺は笑う。

 こんなもので魔物を殺せるのだろうか?

 重量感はある。

 だけど、今の俺のステータスからすれば大した重さでもないが、所詮はただの大鎌だ。

 あいつらを殺せるだろうか?

 やってみなければわからない。

 だから、俺は死神のような姿のまま、夜の村を飛び出していった。


 魔物たちは進軍していた。

 彼らに明確な意思は無い。

 あるのは本能と漠然とした命令による誘導。

 もともと、魔物たちには自我というものが無い。

 とはいえ、それを誘導もしくは命令する者はいる。

 だからこそ、本来は一つの村を集団で襲うようなことは無いのだが、今回は外からの意識や命令、そして、誘導によって彼らは一つの村を目指していた。

 深い森の中を声一つ立てることなく進んでいた。

 だが。彼らの鼻に臭いが届いた。

 人間の匂いだった。

「っ」

 統率された集団の中で本能をうずかせるものが生まれていく。

 匂いの元を食いたい。犯したい。蹂躙したい。

 それが魔物の本能だ。

 特に食欲は顕著だ。

 口の端からよだれがたれていく。

 開かれた目が血走っていく。

 何度も言おう。

 それが彼らの本能だ。

 人間は餌であり弄ぶものなのだ。


 だから、


「死ね」

 空から死神が降ってきた。


 樹に登って下を見て様子を伺う。

 それだけのことで、その後眼下を通るあまりの魔物の量に俺は泣きたくなった。

 最初は見えた相手に襲い掛かろうとしたがあまりの数にためらってしまった結果このざまだ。幸い奴等は俺に気付いていない。だけど、このままでは未来は変らないのだ。

 というかこのままだと俺が情けなさ過ぎる。

 そう思った時、奥から金色の輝きが見えた。

「あいつか」

 リザードマンの分際で派手な姿しやがって。

 何度も俺を殺戮した存在に恐怖が上書きされていく。

 あいつだけは俺が殺す。

 あいつだけは俺が八つ裂きにする。

 あいつだけは俺が轢殺する。

 あいつだけは俺が殴殺する。

 何度だって殺してやる。

 恐怖を殺意が上回っていく。

 何度も殺された。

 何度も誰かを目の前で殺した。

 泣き叫ぶ親子を引き裂いた。食い殺した。貫いた。

 恋人を助けてと叫ぶ女を後ろから貫いた。それを見た男を笑いながら引き裂いた。

 生まれたばかりの赤子の首を引きちぎった。

 すがる老人を踏み潰した。

 最後に俺に駆け寄るアーリアを八つ裂きにした。

 許せるはず無いだろ?

 この殺意は俺だけのものだ。

 誰にも譲れない。

 だから、始めよう。

 最弱の復讐を!


 ズドン!


 そんな音がした。

 進軍途中に音を立てるのはあまりよろしいことではない。とはいえ、知能の薄い魔物の集団でも、それは足を止めてしまうほどの音量であり、


「よお」


 光景だった。


 彼らに人間の言葉は理解できない。

 上級と呼ばれる魔物であればこの言葉は理解できるだろう。だが、この場にいる誰もがその言葉を理解できない。

 だけど、姿や様子くらいは理解出来る。

 黒い姿だった。

 彼らに人間の容姿など判別はつかない。

 しかし、それでも、全身を黒く染めた上に、身の丈大の大鎌を肩に担いだ姿はどこまでも危機感を抱かせた。

「!!!!!!!」

 各種の魔物が動く。

 それはリザード系であり、熊型の大型であり、不定形の異形であり、本来なら人間一人では被い尽くされて蹂躙されるはずだった。

 なのに、


「え?」


 胴を輪切りにされたリザードの上半身が空に舞い。熊型の異形が縦に両断されて左右に分かれ、不定形のスライムが振り下ろされた足によって吹き飛んだ。


 ちょっと待て! おかしくないか?

 俺は適当に武器を振るって足を振り下ろしただけだぞ?!

 何でこんな簡単に・・・

 俺としては手傷を負わせられればよかった程度だったのに・・・


 十夜からすればその程度の認識だったのだろう。

 しかし、魔物たちからすれば溜まったものではない。

 手足の一振りで仲間が消え去っていくのだ。

 最初は人間もなにやら戸惑っていた。その隙にと魔物たちは群がっていくが、それは死山血河の結果を招くこととなった。

 血塗られた大鎌が横に振られれば複数の上半身が空に舞い、縦に振られれば身体を左右に裂かれた上に、叩きつけられた衝撃に裂かれて身体を微塵にされる。

 そんなものを見せられれば自我の無い魔物は本能に従って、


 なんなんだよ?!

 俺はひたすらそれを思う。

 場違いな奇襲を掛けた自覚はある。

 それが地味に成功した上で魔物が群がってきたときは生まれてこの上ない恐怖を感じた。

 だって、異形たちが俺を目指して突撃して来るんだぞ?

「来るなぁぁぁぁーーーーー!」

 無我夢中で鎌を振った。

 その度に血潮が舞い散りその匂いに吐きそうになる。

 というか吐いた。

 その隙にと影が殺到するが俺は汚物を吐き出しながら大鎌を振るった。

 その度に手ごたえと臓物が引っかかる感触、そして、命を断ち切る感覚にめまいを感じる。

 だけど、飛来する黄金の輝き。

「っ!」

 俺は手首を回転させて大釜の刃を胸元に寄せる。

 轟音と衝撃。

 俺の身体は面白いように転がりながら、背を樹の幹にぶつけさせて止まる。


 肺から全ての空気を吐き出したかのような錯覚に襲われ体が動かないことに焦燥を持つ。

 そして、それ以上に黄金の剣を持ち、黄金の鎧を着込んだリザーザマン姿を見つけて歓喜する。

「見つけたぞクソ野郎」

 あいつだ。

 あいつが常に俺の全てを奪って行きやがった。

 あれを殺すのが俺の目標。

 あの存在消し去ることが俺の運命。

 俺の心は怨敵を見つけたためにどんどん黒く染まっていく。

「殺す」

 鎌を両手で持ち構え、両足に力を込める。

「死ね」

 同時に解き放つ。

 肌を打つ空気が痛い。踏み出した足の親指が過負荷に砕ける。続く関節が砕けた、そして、大鎌が砕けた。



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