NPC10
切り替えてみていただいた方、本当にありがとうございます。これからも頑張って書いていきます。
「え?」
俺は間抜けな声を上げて呆然とする。
倒れていた身体を起こして膝立ちになる。それだけで見える世界が広がった。
信じられない世界が視界に飛び込んできた。
「な、んで・・・こんなはず・・・」
死に尽くしていた。
殺され尽くしていた。
奪い尽くされていた。
太陽の光を被い尽くす曇天の下。
俺の15年間の思い出が詰まった村が無残に滅ぼされていた。
言葉が出ない。
震える足を持ち上げて村の中に入る。
その時、頭の中に変な音が鳴りその音を意識する。
カイル村。
魔王軍の侵攻によって滅んだ集落の一つ。
村人の生き残りはいない。
長老の自宅は宿屋の変わりに宿泊が可能。
武器屋、道具屋は無し。
そんなメッセージが脳裏に浮かぶ。
なんだよそれ?
たったそれだけかよ?
そうじゃないだろ?
ほらだって、今この目の前に倒れているのは、
村人の屍のようだ。
そうじゃねぇよ!
こいつはリージェスっていって村一番の猟師で面倒見の良いおっさんなんだよ! そんな一言で済ましていいような奴じゃねぇんだよ!
それに村人の生き残りはいないってなんだ。
何でそんな簡単に決め付けるだよ。
そう思いながらも見渡す視線の先にあるのは倒れたまま動かない死体ばかり。
試しにリージェスのうつ伏せの身体を起こせば、
「っ!」
思わず視線を逸らして、そのまま吐き出していた。
呼吸困難にも陥り目の前が黒く染まりながらチカチカと何かが光る。
しばらく吐くて、呼吸が整った後、もう一度視線をリージェスに向ける。
内臓がなかった。がらんどうになった胴体は何も残されていない。胸の筋肉とそこから伸びる肋骨だけでひたすら何もない。そして、胸から上に残った顔は、生きながら食い殺されるという苦痛で歪みきっていた。俺の知っているリージェスは豪快な笑顔がデフォルトだったのに。
俺は立ち上がって歩き始める。
何でだ? 何でこんなことになった?
魔物に襲われたのか?
だけど、魔物の侵攻ルートは俺のいた森からしか入れない。それとも王国側からきた? でも、それは王国が滅ぼされたということだ。だけど、そんなことはありえない。王国が滅ぼされたのだとしたら魔物が侵攻してくる前に、誰かしら避難民が来るはずだろう。それがなかったということは王国側からは何も来ていない。
でも、森から侵攻してきた魔物は俺が皆殺しにした。
なぜだ?
そんな間にも俺の脚はゆっくりと進み、ゆっくりと回す視界には知り合い達だけの死体が倒れていた。
倒壊した家屋に抉りとられた大地。薙ぎ倒された柵に轢殺された家畜。
見知った風景と重なっては現実の風景に嫌悪を抱く。
吐き出すものは残っていない。だけど、喉の奥がえづく。
ノロノロとそれでも一歩一歩進んでいく。
目指す場所はもう少しだ。
行きたくない。
だけど、行かなければならない。
見たくない。だけど見なきゃならない。
通い慣れた道に見慣れた順路。目をつぶっていたって辿り着ける。
だから、俺は辿り着いた。
辿り着いてしまった。
そう。
アーリアの家の前に。
「アーリア」
目の前の一軒家はかやぶきの屋根はむしりとられ、入り口の扉は破片になっていた。
足下の地面には無数の足跡と靴ではつけられないような引っかき傷がある。
「・・・・・」
俺は玄関をくぐる。
ワンルームの質素な家だが一人で暮らすなら十分だろう。
とはいえ、質素な家の中が荒らされ尽くしていた。
砕けたテーブルに足の折れたイス。
そして、鼻を突くのはもう嗅ぎ慣れてしまった。
・・・血の臭い。
俺は油を差し忘れた人形のように、首を軋ませながら視線を移す。
そこには、
そこには、
視線が合った。
茶色い髪にクリリとした瞳。鼻に浮いたそばかすが愛嬌で可愛らしい。
視線が合った。
地面に転がるアーリアの生首と視線が合ってしまった。
「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああああああああああああああああああああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああああああああああああああああああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああああああああああああああああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああ嗚呼ああああああああああああああああああああああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼あ!」
どれだけの時間そのままでいたのだろう。
ふと気付けば俺は座り込んでいた。
あの後、俺はアーリアを埋葬した。
彼女の身体は見つからなかった。何で見つからなかったなんて簡単だ。だけど、それでも、その理由を考えたくなかった。
俺は外に出た後、素手で地面を掘った。
道具を探すとかそういう発想はなかった。
土は固く簡単に爪が割れた。皮膚がはがれた。肉が削れた。
それでも土を掘った。掘り続けた。
ようやく掘れた穴に、まぶたを閉じてやったアーリアの頭部を置いてやる。その顔に白い布をかぶせた後、俺はためらいつつも土をかけて埋めたのだ。
その後、俺はそのまま自宅に帰った。
どの家とも変わらないような有様だったが、住むのは俺だけだったからこそ死体もない。
そして、今に至る。
「なんでこうなったんだよ・・・」
未来を変えたかった。
それだけの努力もした。
武器の威力に頼りきっていたとはいえ俺は強くなった。
なのに、手が届かなかった。
まぶたに涙がにじむ。
「クソッ!」
あれは足元を殴りつける。それだけで床板が砕け散る。
こんな力があったって、何度巻き戻ったって・・・
巻き戻る?
その瞬間、俺は凄まじく単純なことに気付いた。
「死ねばいいんだ!」
あまりの絶望感に気付きすらしなかった。
俺が死ねば世界は巻き戻る。
あの牧歌的風景に戻れるんだ!
そうすれば、今度こそ対策を立てて、アーリアを、村を救うことができるんだ!
なら、早速死のう!
字面だけ見るととんでもない前向きな自殺だ。
だけど、気持ちは軽くなった。
今度こそ俺は間違えない。間違えてしまったとしても何度も繰り返さなければいいんだ。
自分で自分を殺すっていうのは確かに怖い。
だけど、この気持ちを無くすことができるなら俺は何度だって
『それは無理だよ』
空から声が落ちてきた。
だけど、そんなことはどうでも良い。
今、なんて言った?
『だから、そんなことはもう不可能なんだよ』
「何が不可能なんだよ!」
俺は確信もなく天井に向かって叫ぶ。そこには何もない。だけど、天井を通した向こうに何かがいる気がした。
だけど、関係ない。こいつは何を言っているんだ?
『物語が進行してしまったからね。だから、例えば君が今ここで死んでしまったとしても、今の君が蘇るのは今この瞬間だ』
空から落ちてくる声が何を言っているのかわからない。
だってそうだろ? 今まで俺が死ねばあのいつもの風景に戻っていたはずなのに。
「テメェの言ってることが理解できない」
『最初に比べて口調が変わってきたね?』
「そんなことはどうでもいい! テメェは俺の質問に答えろ!」
声が空から落ちてくるだけど、だが、それでも射殺さんばかりの殺意を頃た視線が空の向こうに突き刺さる。
『怖い怖い。視線だけで殺されてしまいそうだ』
これ以上は我慢できそうにない。
噛み締めた奥歯が砕けた。
届くとか届かないとかそういう問題じゃない。俺は苛立ちを超えた感情、殺意がどんどん高まっていくがそんなこと知ったことではない。
こいつを殺す。
空に居るなら引きずり落とせば良い。
手が届かないなら何度でも死んで届くまで殺意の牙を研げば良い。
よし、わかった。
こいつは俺の敵だ。
絶対に殺そう。
『誰かの殺意なんて新鮮だ。とはいえ教えてあげよう』
そうかありがとよ。
テメェは何があっても殺すけどな。
『まず君は何かを勘違いしている。君は主人公なんかじゃない』
「何を言って・・・」
『言葉通りだ。死ぬたびに世界が巻き戻っているから勘違いしているみたいだけど、自分が世界の中心なんて思っているようだけど、君は主人公なんかじゃない』
二度言った。だけど、何を言っているのか理解できない。
『いやだって、本来だったら君だって死んでいるはずなんだよ?』
何言ってんだよ。こうして俺は生きているじゃねぇか。
『うん、それが不思議でね。だって今までの繰り返しの中では君という存在は魔物の襲撃で命を落とすことが決まっていた。何度も何度もそれを繰り返してきたんだ。だけど、それを疑問に思うことなく何回も死んだ。何百回も死んだ。何千回だって死んだんだ』
なんだよそれ、なんでそんな・・・
『だからボクも面白くなってしまってさ。こうやって声をかけたんだよ』
空から落ちてくるのは子供のような笑い声。だけど、俺が感じるのは胸のむかつきだけだ。
『詳細まで教えてしまうとボクの楽しみが減ってしまうからそれはしないけど、多少は教えてあげるよ』
今俺にあるのは疑問だけだ。そして、こいつの言っていることがほとんど理解できない。もしくは、理解したくもないのだろう。
『君は巻き戻れば助けられる。この村を、君の幼馴染を救えると思っていたね?』
ああ、そうだよ。もっと強くなれれば、何らかの理由でここに来た魔物たちを殺し尽くす。それができなきゃ、森の魔物を一瞬で殺せる強さを手に入れて村も守れるようになってやる。
『その考えが間違っているんだよ』
どういう意味だ?
『この世界の未来は常に決まっている』
本当に何を言っているのか理解できない。
だから、空から落ちてくる声は嘲笑に満ちていた。
『始まりから終わりまで全てが決まっているんだ。例えば君はこの村を魔物の群れが襲ったと勘違いしているんだろう?』
何が勘違いだよ。そうとしか思えないじゃないか!
『いやいや、勘違いだ。なぜなら、この村を襲うはずだった魔物の群れは君が殺し尽くしている』
は?
『だから君が間にあわなかったって思っているようだけど、君は村を守りきっていたんだよ。ほら、だから、村には村人の死体はあっても魔物の死体はなかっただろ?』
そりゃ、確かにそうだけど。
『でも、この村は滅びるストーリーだった』
ストーリーってなんだよ。どういうことだよ?
『未来は決まっているんだよ。だから、魔物は全滅しても村は滅ぶって結果のためにここにいる全てが死に尽くしたわけさ。だって、未来は変わらないし決まりきっているんだからね』
俺がどんなに努力しても?
『君はイレギュラーなんだよ。なんでNPCが自分なんかで意思を持って自分の結末を書き換えたのか、それが僕にしたら不思議でならない。いや、本来だったら君のストーリーなんて注目する予定なんかなかったんだよ? なのに君は勝手に動き始めるじゃないか。未来なんて変えられないのに、結果なんて変わらないのに。無駄な努力をしてみたりさ。しかも、一番笑えるのは物語の更新でスタート地点に戻れなくなるのに、幼馴染の女の子を放って大鎌を振り回しているじゃないか? そして、今のように後悔して泣き叫んで、微かな希望に喜んで』
心が黒く染まっていく。
元々、灰色に染まり始めていた心だった。
だけど今、俺は知った。人の感情っていうものはこうも簡単に染まってしまうのだということを。
もう、殺意しかない。
どす黒く染まる心に感情も染まっていく。
こいつを殺すことしか考えられない。
もう良い。テメェの愉悦のために何かをしようとなんて思わない。ただただ、テメェを殺す。それだけで良い。それ以外に何もいらない。
『だから、もっと楽しませてよ? 君以外の未来を変えてみなよ? そして最後に絶望に歪めた表情を見せてよ? 主人公になれなかった君がどんな結末を迎えてくれるのかさ』
ああ、期待していてくれよ。
絶対に期待は裏切らないからさ。
今俺の今にある感情は何よりも大切なものだ。
「テメェは絶対に俺が殺す! なにがNPCだ、何が主人公だ! 全て俺が皆殺しにしてやる。テメェの決めたストーリーなんて全部ぶち壊してやる! 何もかもを台無しにして、その舐めきった根性を地面に叩きつけて、殺してくださいと泣き叫ぶまで磨り潰してやる!」
できるできないなんかじゃない。
俺がテメェを殺すまで繰り返してやる!
ここで声なんてかけなければ良かったって思わせてやる。テメェがノンプレーヤーキャラクターということを思い知らせてやる!
だから、テメェの名前を教えろ。
『名前なんか知ったところでボクには辿り着けないよ?』
名前を知っているかいないかじゃ殺意の純度が変わるだろ? 名前のすがりつくことだってできるだろ? 明確な目標があるから人は頑張れるだろ?
くくくと喉の奥で笑うような声が空から落ちてくる。
『本当に面白い固体だな。でも、だからこそ教えてあげるよ。僕にはいろいろな名前があるけど』
前書きがなげぇんだよ。
『僕の名前はシルファント。もしくはキマイラブレインと呼ばれてる』
オーケーシルファ。テメェのことは忘れねぇよ。
『いや、さすがに略さないで欲しいんだけど?』
知るかクソ野郎。テメェの望みは一切聞かねぇ。
『まあいいさ、カール君』
ん? 誰だそれ?
あまりにも予想外の言葉に俺は戸惑う。
カール?
思わず素に戻ってしまう。
『ショックで自分の名前も忘れたかい? まあいい、ボクは君の物語を楽しみにしているよ』
いや、そうじゃなくって・・・
『それじゃ、また会えることを祈ってる』
その瞬間、空にあった気配が消えた。
俺はどこか呆然としながら、空に向かって伸ばしていた腕を下ろす。
「いや、カールって誰だよ?」
人違いとはあまりにも衝撃的な事実もあったが、それ以上に尻切れトンボのお別れに、俺は短く息をついた。
とはいえ、煮えたぎった殺意はまったく持って静まる気配がない。
それなら良い。
俺は、この気持ちを忘れなければ良い。
恐らく相手は常識の外にいる。
神様って奴だろうか?
でも、そんなことは関係ない。
相手が神様ならそれすらも殺せば良いだけだ。それで世界が滅ぶというのなら、世界なんて滅べば良い。
さて、始めるとしますか。
本来存在しなかった俺の存在と自我によって。
あの、神様気取りのクソ野郎に分際ってモノを教えてやる。
そして、今度こそ俺の名前をあいつの小さな脳に刻み付けてやる。
その後に殺してやる。地獄を見せてやる。この世の終わりを見せてやる。神殺し上等。だから、俺はこの光景と世界を忘れない。
だけど、今だけは目を閉じる。
疲れきった身体を癒すためじゃない。
明日以降、あのクソ野郎を殺し尽くす牙を磨くために。




