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◆ 5 ◆

 ◆ 5 ◆


 あなたがフロディ・グラブラクスと二度目に会ったとき。

 それが、二〇〇七年。

『今』のあなたの旅の、スタート地点。


 あなたはそれまでの月日を、ラキヤとともに北アメリカ大陸を転々と移動して暮らしていた。

 フロディ・グラブラクスが、そんなあなたに連絡を取って呼び出した。

 一回目に会ったのと同じ場所、同じメンバーで、あなたはグラブラクスと対面した。机の上に置いてあった地球儀の一点を指さして、彼は言った。

「タカホシ君。

 呼び出したのは、他でもない。頼みがある。

 この場所に行き、ある人物から話を聞いてきてほしい」

 あなたは彼が指さした地点を見た。

 東ヨーロッパ。

 黒海の西の地点。

「遠いですね。地球の裏側だ。

 西からでも東からでも、パツァスの支配地域の奥だ。

 ある人物ってのは誰です? どうして俺に頼むんです?」

「そこの狂犬」

 グラブラクスはラキヤを示した。

 ラキヤは無邪気に楽しそうな顔をして部屋の様子を見ていたが、グラブラクスとは目を合わそうとはしなかった。

「そこの狂犬の姉が、そこにいる。そのはずだ」

 それを聞いて、急に、ラキヤはグラブラクスに目を向けた。

 目をぱちぱちとさせた後、にっこりと微笑んだ。

「うん、シャルロータお姉ちゃん!」

 あなたはここで初めて、わたしのことを知ったことになる。

「ラキヤ、姉がいたのか」

「……。

 …………。

 ………………」

 あなたのほうを向こうとはしない沈黙の後、ぐるんっ、と唐突に勢い良く首を回して。

 ラキヤは笑顔であなたを見た。

 笑顔。空っぽな。

 ぞっとするほど作り物な。いつもわたしの背筋を凍らせた笑顔。

 それから。

 唐突に、その笑顔に本当に面白がるような感情を浮かべた。

「気になる?

 会いたい?」

「気になると言えば、気になるかな。

 会いたいかと聞かれれば、どうだろうかな。

 どんな人かも知らないからな」

 わたしは悲しい気持ちになった。

 だが、未来視で見ているだけのわたしは何も言えず、あなたが言葉を続けるのを黙って見ていた。

 あなたはフロディ・グラブラクスに言った。

「そんな彼女に会いに行けと、そういうことですよね。

 なぜです?

 話を聞いてこいと言いましたね。何を聞いてくればいいんです?」

「その問いに答える前に、一つ聞いておこう。

 君は、未来視や予言といった能力を信じるか?」

「唐突ですね……。

 パツァスの配下にそんな能力者がいるような話も聞いたことがありますが、確たる話は聞いたことがない。

 信じるか信じないかと言われれば、特に信じようとも否定しようとも思ったことがないです。直面してから考えますよ」

「では、考える準備をしておきたまえ。

 彼女の姉、シャルロータは、未来視の能力者だ」

 ラキヤが楽しそうに言った。「お姉ちゃんはすごいんだよ♪ 明日のお天気から百年後のディナーの献立まで、全部当てるよ♪」

 グラブラクスはラキヤを無視して言葉を続けた。

「彼女から、我々の世界を変えるための手立てを聞いてきてほしい」

「漠然としてますね。

 具体的に何を聞けばいいのかわからない。

 そんな質問のために、パツァスの支配領域の奥まで行けというんですか? 死にに行けというようなものじゃないですか。

 彼女のほうからこちらに来させることはできないんですか?

 せめて、もっと接触しやすい場所に移動してもらうことは」

「彼女は、何百年も前から閉じこめられているそうだ。

 かつて『ローマ人の国』と呼ばれようとしていた土地の、要塞聖堂と呼ばれる建築物の地下に。

 パツァスの配下が、今もそこを見張っている。それは、彼女が何か重要なことを知っていることを示唆するかもしれんな。

 だが、まずははっきり言おう。

 私は今、君に、死にに行けというのと同等のことを言っている。

 私は君たちを、捨て石にするために呼んだのだ」

「……」

「不満に思うか? 当然だろうな。

 話を少し戻そう。

 未来視や予言という能力を信じるか否か。

 私も、君と同じだ。それを信じることも否定することもしない。利用できるなら利用する、それだけのことだ。未来を創るのは我々だ。我々の手によるものでなければならぬ。

 だから此度の件も、利用できるならばその範囲で利用するまでのことだ。少なくとも、それを根幹に据えて我々が行動するのは尚早に過ぎる。

 ましてや……。

 世界を変えるためには彼女の未来視による情報が必要だと私たちに伝えたのが、素性を開かさぬ不明な者とあってはな。

 罠かもしれぬ。道行きも、危険なものだ。

 我々に、そのような不合理な作戦に向ける余剰戦力など無い」

 しかし、と彼は言った。

「だが、それでも。

 いや、誰もが信じぬ細い道であるがゆえに。

 もし真実ならば、すべてを覆す一縷の光になるかもしれん。

 パツァスとの闘争において常に窮地に立たされ続けている我々にとって、天啓たる道が開くかもしれない」

 その可能性もまたゼロでは無いのだ、と彼は言った。

「だから、一縷の可能性を確かめるための捨て石として、君を呼んだ。

 厚かましく言わせてもらうならば、最大限の信頼を向ける捨て石でもある。君のこれまでの行動から、私はそう判断する」

 君がこの街を離れてからの行動は部下に見張らせていたし、水面下で干渉したことも何度かある、とグラブラクスは言った。

 あなたは、その言葉にただ黙って頷いて返した。ということは、あなたの側もそれらの見張りや干渉を承知していたのだろう。

「君が連れているその狂犬にとっても、黒海の西の土地は故郷であるはずだ。ゆえに土地勘では、頼れることもあろう。接触目標と姉妹でもある。

 それらの点も、アドバンテージだ。

 私にとって君たちは、恒常の戦力を失うリスクを負わずに賭けられる、最大限の捨て石なのだ」

「……」

「もし君が成功したならば。

 そして、持ち帰った未来の情報が本当に世界を変えられるものならば。

 君は世界を救う英雄になるだろう。

 低い可能性だが。

 君には、それに賭けるための捨て石になって欲しいのだ」

「……。

 断ったら、どうなるんです?」

 フロディ・グラブラクスは静かに首を振った。

「今と、何も変わらない。

 我々はただ、パツァスとの戦いを続けるだろう。

 君はただ、君の彼女と今の生活を続けるだだろう。

 ……我々も君も、奴らに殺されずに戦って生き続けていられる間は、ということだが」

 あなたは肩をすくめた。

「いいでしょう。

 ただの捨て石なら断りますが、何かが変わるかもしれない可能性のための捨て石なら、きっと悪くはない」

 この世界が変わるかもしれない可能性のためならば、と、あなたは言った。


 それからあなたはフロディ・グラブラクスから、受けられる援助と詳しい作戦内容の話を聞いた。

 道程はまず北アメリカ大陸の西海岸から、大西洋を渡って西へ。ユーラシア大陸のほとんどはパツァスの支配下にあり、ヨーロッパ地域より手薄とはいえ東岸部もそうだが、その中の一部、日本列島の支配者である幻の主アマヅラとは話がついていた。彼の黙認の下でそこからユーラシア大陸に渡り、すぐに人目を避けて内陸部に入り、無人の広大な砂漠地帯を抜けて西へ。長い旅になるが、パツァスの目からは隠れられるはず。

 黒海にまでたどりついたら、北回りでさらに西の目的地を目指す。


 道程を確認し終えてグラブラクスの部屋から退出した後。

 あなたは街を眺めた。倒壊した建物が多い、汚れた街。

 あなたがずっと見慣れてきた風景。

 そうしていると、それまでずっと黙っていたラキヤが言った。

「カザン。

 カザンはきっと、お姉ちゃんを好きになるわ」

「そうかい?

 そんなことを言われても、会ったこともないからなんとも言えないんだが。

 でも君が言うならそうなのかもな」

「きっと好きになる。

 きっと好きになる。

 きっと好きになる。

 きっと好きになる。

 きっと好きになる。

 きっと好きになる。

 きっと好きになる。

 きっと好きになる」

「……?」

 ラキヤは無邪気そのもののような、変わらない笑顔で、同じ言葉を何度も何度も続けた。

 あなたは不思議そうな顔でそれを聞きながら、肩をすくめた。

「会ってから判断するさ。

 君のほうはどうなんだ?

 姉に会いたいかい?」

「うん♪」

 その笑顔を見て、あなたは微笑した。「じゃあ、君のためにも、会いに行かなくちゃな」   

「うん♪」


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