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あなたの名前。
カザノ・タカホシ。風野高星。
『やり直す前の世界』で、わたしはあなたのことを愛を込めてカザンと呼んでいた。
どういうことだろう?
なぜ、初対面のはずのラキヤがあなたのことをカザンと呼んだのだろう。
ラキヤもわたしと同じように『やり直す前の世界』の記憶があったのか。わたしがあなたのことをカザンと呼んでいたのを、聞いて覚えていたのか。
きっと、そういうことなのだろう。
なら、どの程度のことを覚えていたのか。いつ思い出したのか。最初から? それとも?
あなたの名前を呼んだラキヤは、それまでの行動が嘘のように、あなたに従順になった。あなたの言葉を楽しそうに聞き、あなたの手に楽しそうに触れた。
けれど、あなたのほうはその後、大変だった。
レジスタンスの仲間に、ことの顛末を報告して説明しなければいけなかった。
いわく、グループリーダーも含めて七名が殺されたが、『狂った魔女』はその後、戦意を失って自分と一緒にいる。
当然、レジスタンスの人々はラキヤを危険視した。
ラキヤを信用することは無かったし、あなたのことも不信の目で見た。
あなたはレジスタンスの一員ではいられなくなった。
レジスタンスの首領。フロディ・グラブラクス。
ラキヤが殺したスペードの、その父親。
あなたが彼と最初に会ったのがこのときだ。
いかにも屈強な父親然とした彼は、反論を述べる他の部下をさがらせ、腹心の部下一名とあなたとラキヤだけを部屋に残した状態で、あなたに言った。
「私は、そこの魔女を許すわけにはいかない。
スペードは私の家族であり、私の部下だった。手のかかる家族ではあり、手のかかる部下ではあったが……しかしそれでも家族であり、部下だった。
もちろん、他の仲間たちのこともある。
対外的にも、そして私個人の感情としても、許すことはできない。
ゆえに。
彼女が君と離れないというのなら、君を私たちの元に置いておくことはできない」
「カザン、カザン♪
カザンはあたしと一緒にいてくれるよね?
そこのおじさんは邪魔をするの?
じゃあ、邪魔をできないように殺していい?」
「狂犬め……」
「っ!」
突然、ラキヤが動いた。ただし、椅子に座ったまま微動だにしないフロディ・グラブラクスとは離れる方向に。
それは、一瞬の動きだった。あなたからすると、自分の視界が一瞬で移動したように思えただろう。あなたはラキヤに抱きかかえられて、グラブラクスとは離れた部屋の隅に移動させられていた。
ラキヤはさっきまでの無邪気な表情が嘘のように、ぎりぎりと歯を結んで、グラブラクスをにらんでいた。
フロディ・グラブラクスは言った。
「……身の程を知る程度のことはできるようだな」
あなたに目を移した。
「君。タカホシ君。
選びたまえ。
その魔女を連れてこの街を出て行くか、それとも、今ここで私が彼女を始末するのを見守るか。
彼女を生かしておきたいなら、この街にいることはできない。そして、君は彼女の手綱を握る必要がある。彼女が今以上に私たちの害になるようなら、私は彼女をいつでも始末する。
だが、君がうまく彼女を制御することができるのであれば……。
私は、君たち二人をいつか利用できるかもしれない駒として考えよう。
そのために、私はここでそこの魔女を見逃すという選択をしてもよい。
……スペードたちのことは、血気に逸った彼ら自身の落ち度でもある。私怨で彼女を始末することを、私はしない。
さあ、選びたまえ」
「俺が選ぶんですか?」
「私は既にそう言った」
このとき、あなたが何を考えたのか、わたしにはわからない。
けれど、あなたはラキヤを見捨てたりはしなかった。
ラキヤとともに、あなたは街を出た。




