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◆ 2 ◆

 ◆ 2 ◆


 死の砂漠を旅する前。


 ユーラシア大陸の東岸にたどりつく前。

 あなたの『今』を、少し月日をさかのぼって。


 あなたが生国の島にたどりついた場面も、わたしは見ている。

 あなたの父母が育った国。

 この『やり直した先の世界』でも、あなたが生まれた国。

 けれど、あなたの父が妻を失い、あなたを連れて逃げ出さなければならなかった国。

 日本。

 もはや無人の、滅んだ国。

 すべてが幻の炎に覆われた、廃墟の国。


 北アメリカ大陸から大西洋を横断して渡ってきたあなたは、目の前に果てしなく広がる燃え続ける廃墟を見て、何を思っただろう?

 深く何かを思ったのかもしれない。

 あるいは、深くは何も思わなかったかもしれない。

 パツァスの支配領域、滅ぼされた無人の土地という点では、細部の違いこそあれ、あなたが育った北アメリカ大陸でも多く見てきた光景だったから。

 人の生活が失われた土地。地球上に、もう珍しくはなく。


 ラキヤがあなたに話しかけてきた。楽しそうに。

「ここがあなたの国?」

「……さあ、どうだろう」

 あなたは表情を見せずに言った。

「……少なくとも、目的地はここじゃない」


 海岸に停泊させたボートの上から、見渡す限りの燃え続ける廃墟をあなたはしばらく眺めていた。

 幻の炎。幻の廃墟群。

 わたしの未来視には嗅覚が伴わないからわからないが、そこには、甘い匂いが立ちこめていたことだろう。

 あなたの目の前の廃墟が本当に燃えていたのはもう何十年も前。

 もし幻が消えることがあれば、その下には焼け焦げた残骸を奇妙な蔦が覆い隠しているのが見えたことだろう。日本列島全土を覆う、甘い匂いを放つ蔦。その蔦から立ち上る気体が、蜃気楼のように失われた過去の景色を幻として見せていた。

 ラキヤは、赤い目に幻の炎の光をきらきらと反射させて、景色をにこにこと眺めていた。

 さらにしばらくあなたが待っていると、海岸近くの幻の炎が大きく揺らいで天まで猛る炎竜巻を形成した。その地表に接する部分が揺らぐと、中から襤褸のように体全体に蔦を巻き付けた男が姿を現した。

 長身だが、体の傾いた男。左手の萎えた男。

 アマヅラという名の男。

 あなたは警戒し、常に手が届く位置に携帯している銃に思わず手を当てた。あなたの異能を特殊な弾丸に込めて発射するための、あなたの銃。

 けれど、その手は銃に触れる少し手前で静止した。

 あなたは、アマヅラがここに来る手筈であることを前もって聞いていた。

 アマヅラがあなたに話しかけた。

「やあやあようこそ。

 ようこそ、私の幻の国へ。

 私の幻の国にあるのは幻の炎だが、それでも。

 それでも、私の案内が無ければ君たちは焼かれて死ぬだろう。

 死ぬだろう。上陸せずに待っていた君たちは正解だ。

 正解だ。褒めてあげよう。やあやあ」

 アマヅラはそこで言葉を切ってから、ニヤリとあなたに笑いかけた。

「さてさて、君のことは聞いている。

 聞いている。が、取引に従うかどうかは君が持ってきたもの次第だ。

 君が持ってきたもの次第だが、それは私の満足がいくものかな?

 満足がいくものではなかったら、どうしようかねえ。さてさて」

 あなたは頷くと、ボートの奥にある積み荷を示した。

「中に積んでる。受け取ってくれ。

 ……しかし、こんな取引でいいのか?」

「いいんだよ、君。

 君、いいんだ」

 あなたは顔をしかめた。


 アマヅラ。

 体中に蔦をまとった男。

 あなたの生国、日本を無人の幻の地にした男。

 テルモ・パツァスの配下の一人。

 けれど、あなたが日本を横断するのを見逃す取引を交わした男。


 その取引であなたが渡したのは、北アメリカで細々と書かれた手書きのコミックが数箱。

 ずいぶんと安い取引だ、と、あなたは思ったかもしれない。

 けれどアマヅラは満足したように言った。

「やあやあ、大収穫。

 大収穫も大収穫。コミックだけが私の暇を潰してくれる。

 暇を潰してくれるのだ。本当に、ここは退屈すぎる。

 退屈すぎるのだ。パツァスの目を盗んででも君たちの首領、グラブラクスと取り引きするほどにね。わかるかな。やあやあ」

 あなたは表情を変えようともしなかったが、アマヅラは一人で感慨深そうに言葉を続けた。

「日本にもいいコミック描きが育つ気配はあったんだがなあ。

 気配はあったんだ。しかし、それを私が潰しちまった。

 潰しちまったことは惜しいと思っている。

 思っているとも。いやいや、いい国だったよ、日本は」

「……」

「おやおや、何か気に障ることを私は言ったかな?

 言ったかな、と口にしたところで気づいたが、君は日系かね。

 日系かね、これは正しく気に障ったかな、おやおや」

「……。

 俺は、この島を安全に通り抜けさせてくれれば何も言わない。

 さ、行こう、ラキヤ」

 すると、ラキヤが楽しそうに言った。「蔦のおじさん、殺していい?」

 アマヅラが楽しそうに答えた。

「ははは、聞いてはいたが、お嬢ちゃんは頭のおかしい化け物だ。

 化け物のお嬢ちゃん。なぜ機嫌を損ねてしまったのかな? ああ、もしかして。

 もしかして、このコミックは君が読み途中だったかい? ははは」

 あなたは、ラキヤに首を振って見せた。ラキヤは、楽しそうな顔のまま、おとなしくしていた。

 それからあなたはアマヅラに言った。

「あなたと争うつもりはない。無事に取引を終わらせたい。

 この子の言葉は代わりに俺が謝る。

 ……。

 だが……」

「ははは。だが、何だね?

 何だね、だが。ははは」

「この子を化け物と呼ぶな」

 あなたはそう言った。


『この子を化け物と呼ぶな』

 あなたのその言葉を、わたしは覚えている。

『やり直す前の世界』でも、あなたはラキヤが化け物と呼ばれるのを嫌った。

 あなたがわたしに言ってくれたことを、覚えている。

「この子は化け物じゃない。

 もちろん、君も」


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