21.
「おい、どうした?なぜ止まった?」
突然がくりと止まった馬車の窓を開け、カール・フォントロイ侯爵は御者に声を掛けた。
「申し訳ございません、若旦那様。それがその、ちょっとした騒ぎのようなので」
御者は振り返ると、脱いだ帽子を両手でまさぐりつつ、申し訳なさそうに答えた。
「一体何の騒ぎでしょう。それはそうと、どの辺りまで来たのかしら?」
カールの前に腰掛けたシャルロッテは、暖かいマフからほっそりとした両手を出し、毛皮のコートの前を掻き合せるようにしながら、窓の外を覗いた。見てみれば、彼らは丁度、聖堂の前に差し掛かった所であった。そしてそこには、大勢の人集りがいた。カールは思わず、肩を竦めた。
「昼前に君の実家に着いて、母上にお会いする予定だったのに。この人集りのせいで、思うように進めないね」
シャルロッテは微笑むと、夫に応えて言った。
「昼食を少し遅らすことくらい、どうということもないわ。道が悪くて進めないなんて、よくあることよ。それにしても、一体何があったのかしら」
カールは御者を呼び、騒ぎの様子を見に行かせた。ほどなくして戻った彼は、カールにこう報告した。
「それが、今朝になって見つかったらしいんですが、どうやら聖堂の中で、昨夜人ひとり死んでいたらしいんですよ。警官が身元を調べてるんですが、どうやらジプシー女のようでして。当然、聞き込みをしても知ってる者なんか誰一人おりませんそうで」
「この厳しい冬の最中で気の毒に、さぞ寒かったことでしょうね」
面を曇らせたシャルロッテの手を、カールは優しく取った。彼が御者に礼を言い、小銭を握らせると、御者は一礼し、再び御者台に戻った。それから彼は、その場にいた大勢の人々を掻き分けるように、ゆっくりと馬を進めていった。
カールは再び窓を開け、聖堂を振り返った。彼は妻のほうに向き直って言った。
「ねえ、死んだのは、ジプシー女と聞いたね。若い女だったのだろうか?ひょっとしたら、それは君の・・・」
「ありえないわ」
シャルロッテは夫を遮り、首を横に振った。
「サビーナは、街から街へ流離う身だと言っていたわ。あれは夏のことでしたもの、もうとっくに、この街から旅立っていったはずよ。今頃はきっと、温かい南の国にでもいるのでしょうね」
シャルロッテは目を閉じ、南国の熱砂に灼かれてその身をくねらせるサビーナの姿、恐れるものを知らぬ野生の獣のようなその眼差しを思い描いた。カールはそっと、妻の肩を抱いた。聖堂はどんどん遠ざかっていく。冬の空の下を馬車に揺られ、二人は去っていった。




