自重
しない
次の日は、約束どおり早朝からカティと二人で基礎訓練をした。カティは170cmある俺より一回り大きいくらいで、口を開けばへタレ、黙っていればさわやか少年である。
「し…しぬ。きつすぎるんですけど」
「なにいってんだよ。途中からついてこられなかったくせに」
家に帰ってきた俺たちは、汗拭き用のタオルで汗を拭きながら、木陰に入って休むことにした。
「ロアンはなんでできるんだよこんなの!」
「まー旅していると自然に体力つくし、それに実家で鬼教官がいてな…」
そんな話をしているとメーディアが家の中からトコトコと歩いてきた。
「ロアンさんお父さんがお店の方に来てほしいらしくて、馬車が家の前でまってるの」
「あ、そうなの?メイちゃんありがとね。んじゃちょっといってくるわ。ロアンは教えたストレッチちゃんとやっとけよ。やらないと明日、筋肉痛でひどい目にあうぞ」
「うあーい、いってらっしゃい」
そう、いいながらカティは地面に大の字になってへばっている。
ウルさんの呼び出しは、鉄道に関することだった。線路の構造について話し合うためだ。物理専攻でもない俺にはあまり建設的な話はできなかったが、ウルさんたちは鉄道開通に向けてめどがついたようで喜んでいた。
ついでに、俺はカティの提案についてウルさんに聞いてみた。
「そういうわけで、僕も来月の入団試験をうけてみたいとおもうのですが、他国民でも入団可能なのですか?」
「ええ、まぁロアンさんは身元がはっきりしていますし、貴族の方なので問題はないのですが…」
案の定ウルさんはいい顔はしなかった。無理やり権力でごり押ししてくれっていっているものだから当然だろう。
「うーん、そうですね。では儲け話というものを。アオカビって知っていますか?」
「アオカビですか。あのカビの一種でしたよね?あれがどうかしましたか」
「あれから、風邪の特効薬が作れます」
ウルさんはちょっと残念な子を見るような目になった。
「『百聞は一見にしかず』です。実際にやって見せましょう。ウルさんが選んだ患者数名に投与します。その結果、効果があったら、買い取っていただくということでいいですか?」
ありえないような、好条件にウルさんは目を白黒させる。
「ですがいいのですか。この話が本当であれば、もはや鉄道の儲け云々のレベルの話ではないですよ。」
「ええ、下手をすれば商会が国につぶされるほどでしょう。そういう面倒事はウルさんにおまかせしますよ。その代り、騎士団の入団試験の件ならびにこの国での私の後ろ盾になってほしいのです。それには、ウルさんの商会が今以上に権力を持っていただいた方がいい。これからは、商人が権力を持つ時代ですから」
にっこり笑う俺に気おされるウルさんだが、さすが大商人だけあってすぐ商人の顔になりこの話を吟味しだす。表情とは対照的に彼の指先は震えていた。俺にはそれが、武者震いなのか恐怖なのかわからなかったが、多分前者であると今でも信じている。
「わかりました。このお話全面的にお受けします。ですが一つだけ聞いていいですか?あなたは何者なのですか?路線の話だけではなく、この話についてもですが、ロアンさんが発明したわけではなく知っていた。ディアリス王国でそのようなものがあることや発明されたという噂すら聞いたことがありません。はっきり言って異常です」
ウルさんは真剣な目で俺を見上げてくる。そこには若干の恐怖が見え隠れしている。
「ああ、それはですね。俺が未来人だからですよ」
「は?未来人?」
「ええ、もちろん嘘ですけどね」
「え?嘘?」
ウルさんは、混乱してついてこられていないのでそのまま畳み掛ける。
「正直、僕にもよくわからないのですよ。なんでこんなことになっているのか。ですから聞かないで頂けるとありがたいです。そんなことより、これからのことを話しましょう。用意してほしいものがあります。まずガラスの小皿をいくつかと寒天にそれから…」
皇都にきてから2週間たった。カティも基礎訓練になれてきて、今日は一緒に皇都の観光をしている。カティは右側を歩きながら、俺は左手でメーディアの手を引きながらぶらぶらしている。でかけるといったら、一緒に行きたいとぐずられたからだ。
風邪薬の件は、予想以上にうまくいった。50ほど用意したアオカビの培養は滅菌に成功したのか3割ほど培養に成功した。培養したアオカビから抽出したペニシリンをウルさんが選んだ肺病を患っている患者に投与したところ、みるみるうちに完治したのだ。肺病はこの世界ではほぼ不治の病であったので、ウルさんの顔から血の気が引いていたのが面白かった。
ただ、万能に近いものであるがゆえに、乱用する危険性を注意だけはしておいた。
(まぁ、十中八九無意味だろうけどな。現代というかあちらの世界では常識だっただろうけど、こちらでは薬剤耐性なんて常識や危機感なんてなかなか理解できるものじゃないだろうし。)
この時俺には、この世界におよぼす影響なんてものは全く気にする予定がなかった。言わせてもらえば、『むしろやらなくてどうする』である。何のために、ここに異質な知識をもって在るのか。世界を引っ掻き回すレベルのことをしてもいいと思っている。半分はいきなりこの世界に放り出された八つ当たりではあるけども。
「なぁ、親父が意外にすんなりとロアンの入団試験の件みとめたよな。俺はもっと食い下がらないとだめだと思ってたんだけど、ロアンがなにかした?」
カティも馬鹿ではない。予想以上に簡単に許可が下りたことに肩透かしを食らっていた。
「あー、そうだね。俺の方からも頼んでみたよ」
「それでか。でもロアンも割と乗り気だな」
「あたりまえじゃん。こんな面白そうな話ほっとけないって」
「よし、今日は教会見物だな。まだいってないだろう?マフィディ教の誇る大聖堂だぜ」
3人は連れだって大通を北上した。大聖堂は城とともに街の中心にあり、宗教国家としての威容をもっていた。一応聖堂という名目もあり、一般公開されている部分もあるが、政治的な機関という側面のために立ち入り禁止区域がほとんどだった。
大聖堂に入ると、なるほどいうだけあってすごいものであった。窓にはステンドガラスがはめ込まれており、その一つ一つが、生誕、救済、苦難、昇天とつなげればマフィディ教の奇跡をあらわしていた。奥には巨大なパイプオルガンが置いてあり、礼拝の際には荘厳な音を醸し出すのであろう。
その聖堂の中に、神に祈りをささげる神父様の姿があった。その神父様は、赤紫のカソックをまとっていた。
「あれ?あのひとは…」
カティが息をのむ。
神父様は祈りが終わったのか立ち上がり振り向いて俺たちの方にやってきた。彼は、神父様のイメージに全くそぐわない、作り上げられた鋼の体をしておりその剽悍な顔には強い意志をやどす瞳があった。神父様というには、騎士といったところだろうか。
「こんにちは、礼拝ですか?」
ふっと表情を柔らかくして訪ねてくる。その雰囲気は、今までのイメージを払しょくして敬虔な神父様であった。
「いえ、観光できました。マフディ教の総本山であるこの教会に興味がありまして」
「おや、そうですか。すべてをお見せすることはできませんが、聖パルティア皇国が威信にかけて建造したものです。見応えはあるでしょう。」
神父様は少し残念そうな顔をするが、ごゆっくりどうぞとやさしく言ってくれる。そこにシスターが神父様を呼びにきたようで、あわてて奥に引っ込んでしまった。
「いやーなんか、すごいいい人だったな」
横を見るとカティが感動したのかかたまっている。
「おい、カティ大丈夫か?」
目の前で手を振るとはっと気づいたように俺の方を見てくる。
「ちょっロアンなんでそんなに普通なんだよ。ってしらないのか。あのひとだよ、有名な1課のエースは!」
「エース?なにそれ?」
「えっとね。神殿騎士団の偉い人なの」
メーディアがしたっ足らずに説明してくれるのがかわいくて頭を撫でてあげる。
「そうだよ!神殿騎士団の誇る2枚看板の一人、1課の切り札ともいわれるレミーガ・モカチェその人だぞ!こんな近くで見れるなんて早々ないぞ」
「へーあの人がそうなのか」
「なんか、感動少なくない?」
「いや、カティほど思いれとかないから仕方ないさ」
これが俺とレミーガさんとの初めてのエンカウントだった。この時は、これほど彼との縁が続くとは思ってもみなかった。
レミーガさんと会ってから1週間、神殿騎士団入団試験まであと1週間を切ったころ、カティから入団試験に筆記試験があると聞いた。
「ふざけんな、俺は聖典なんてよんだことないんだぞ」
おれは、涙目になりながらカティから聖典をかりてよんでいる。もう10時間ぶっ通しで呼んで2週目に突入するところだ。いつも思うんだけど、こういう聖典は比喩と美化がおおすぎて何をいっているのか今一わかりにくい。
「いやーロアンなら余裕だって、他国民なら多少は大目に見てくれるでしょ」
「んなわけあるか!他国民だったら余計に厳しいに決まっているだろ」
さすがに、聖典まではアリダが教えてくれなかったためにさっぱりわからん。そこへ5日ぶりに帰宅したウルさんからお呼びがかかった。
「あれ?入団試験では聖典の持ち込み可能だったはずですよ?」
「なん…だと…」
久々に心の底から打ちひしがれた。
「そうしていると、ロアンさんもうちの息子と同い年だったのだと思い出せますね。普段からは想像できない姿ですな」
(いやいや、実際10近く年上ですから)
「それで本題なのですが、風邪の特効薬がすでに注文が殺到しております。まだ、確実に成功と言われる段階ではないので断っていますが、予想以上の反響です。そのために、ロアンさんとはちゃんと報酬に関して話し合っておかなければならないと思いまして」
「ふふ、ウルさんも善人だね。商人に向いてないんじゃないの?報酬はこの前にいったじゃないですか」
「いえいえ、ロアンさんとはこれからも長い付き合いになると思いますので、あのような曖昧なものではなく紙面で契約したいと思います」
ウルさんは本気だ。本気で俺を逃さないようにしようとしている。まぁ金づるだもんな。
「そうですか。なら僕の方から一ついいですか?」
「いくらでも構いません。おっしゃってください」
「では、ウルさんのところの商会。名前はたしかクルール商会でしたね。クルール商会には僕の目となり耳となってほしいのです。働きいかんによっては今後も親しくさせていただければと思います」
「は?それは、いったい…」
「簡単に言いますと、情報収集をして僕のところに報告していただきたいということです。商業のついででいいのです。この国全体に支店をもち、あるいは行商人をつかって各地の情報をなんでもいいので集めてまとめていただきたい」
ウルさんは予想外の返答に考え込んでしまった。俺は、真田幸村と同じことをしようとしている。商人―彼の場合は一族郎党を挙げての真田紐の売り歩き―による全国の情報収集だ。
「これから、僕は神殿騎士団という命がいくつあっても足りないようなとこにいきます。そこで生き抜くにはやはり情報が大事です。これは僕のためだけではなくカティ君が生き残るためにも大切なことです。お受けしていただけますか?」
ダメ出しに家族を引き合いに出してみた。もちろん言ったからには、能力が及ぶ限り守るつもりはある。それに彼は大切な友人でもある、見捨てるわけがない。
「わかりました。では、報酬にわれわれは情報収集ならびに全面的なバックアップをロアンさんに保証します」
と、にっこりわらってくれた。商人の顔ではなく父親の顔である。
(割と親バカだね。まぁこの話をけるようなバカはそういないだろう。俺が鬼族ってことがばれなければってつくけど)
そういって、俺とウルさんは正式に契約した。これが、クルールコンツェルンの始まりであったといわれる。