館へ
ぼーっと突っ立っていると流石に水の中だけあって、体温が奪われ寒くなってくる。
気温は低く、今が夏だとは信じられないくらいだ。
おまけに今は夜中であって空には満天の星が輝いていた。
「それではロラン様こちらへ、新しいお召し物をどうぞ」
アリダは、てきぱきとした口調でそういった。
アリダは赤茶色の髪を肩までのばし女性用パンツスーツをきた背の高い西洋美人だった。
確かに美人だがやや釣り目がちなめは正確のきつさを表しているようですこし近寄りがたい雰囲気をかもし出している。
「んー?ロラン?」
俺は他に誰かいるのかときょろきょろと辺りを見回すが、やっぱりだれもほかにはいない。
「ロラン様?ご自分のお名前をお忘れですか?あなたはどこまでぬけているのですか?馬鹿なことをやってらっしゃらないでこちらへどうぞ」
アリダはいぶかしげな顔をして毒を吐いてきた。
「えっええ゛ー!?俺ー?」
自分を指さして目を丸くするしかできなかった。
(ロランとかどこの外人だよ!?俺の名前は黒柳よ?黒柳 慶一ですよ?なんでこんな罵倒されなきゃいかんのだ!)
「あたりまでしょう。バカなことを言ってないでさっさと水からあがってください。風邪をひきますよ。」
「あ、はい。」
さすがにこれ以上水の中は、シャレにならないので素直に従って水を出ることにした。まとっていた白い祭服を脱いでアリダからうけとった新しい服に着替えだした。
「ん、ありがとう」
俺がもらった服に着替えているとアリダから驚いている気配を感じた。
「ロラン様?どこかご加減でも悪いのですか?熱があるのではないですか?」
ひどいいわれようである。
「ただ、礼を言っただけでそこまでいわれるとか、どうなのよ?というかえーっとアリダさんだっけ?初対面だよね?初対面の人に割と毒はくね」
俺の言葉を聞いてアリダの顔はみるみるうちに般若と化していく。
「ロラン様!それは、わたくしのことをお忘れということですか。ロラン様をお母堂様からとりあげたのもわたくし、おねしょの処理もおじい様の大切にしていた花壇踏み荒らした時にいっしょにあやまってあげたのも、なにもかもおわすれというのですか!」
えーなんでこの人こんなにぶちぎれてんのーさー。
「ちょっちょっまってまって、おちついて。ちょっと落ち着いて話し合おうよ」
「なんだというのですか!」
いまだに憤然としてアリダさんは仁王立ちしている。
「全く身に覚えがないっていうか人違いですから、だいたい俺はロランというひとじゃないですし、気づいたらなぜかここにいて自分でもさっぱり何が何だか」
「なにをいうのですか湖に移ったお姿を確認ください。あなたは、まぎれもなくラドィラ家の家長であるルーベン・ラドヴィラ様がご子息ロランダール・ラドヴィラ様ご本人です。」
いわれて湖に顔を映してみると、長年付き合った自分の顔が写っている。
「うん、これ自分の顔だわ。」
「そうでしょう、あなたはロラン様なのです。寝言はそれくらいにしてください。」
「えー、でも俺はロランじゃないし、ここどこだかわかんないし…」
よくわからないがこの人は俺のことをロランというひとだと思っているらしい。
俺は外人になったつもりはないし、そもそも外人に知り合いなんていない。
日本から出る気もない。日本ハトテモイイ国ダヨー。外国コワイヨー。
俺の返答に声を詰まらして、少し深刻そうな顔になるアリダであったが、しばらく見守っていると覚悟を決めたように口を開いた。
「そうですか・・・三立の儀で何かが起こったようですね。それについては、ここで立ち話をしていても仕方ないので一旦屋敷に戻りましょう」
アリダは少し困ったような、あきらめたような微妙な表情でこちらを見ながらおもむろに言った。
「うん。わかった。」
従う以外の選択肢が思い浮かばない俺は素直な返事をしてアリダの後を追う。
しかし、いろいろぶっ飛んだことが起こると焦る気持ちが通り越して割と冷静になるものだなーと思っていたら割と致命的なことに気づいてしまった。
(俺日本語でしゃべってなかったよな・・・何語使っていたのだ?俺はいったい何がどうなったのだろう…)
森の中を歩いていたが、月明かりのせいか不思議と暗くて困るということはなかった。
アリダと二人で歩いていると会話に困りなんと話してよいのかわからず、少し居心地の悪い空気のなか黙って歩いていた。
「ロラン様。館までの道のりはおぼえていらっしゃいますか?」
アリダがおもむろにふりかえり訪ねてくる。
「あーだからロランじゃないって、それにここら辺りのことはさっぱりだよ。全然わかんない」
「いえ、あなた様はなんと言おうとラドヴィラ家のご子息であるロラン様に相違ありません。逆にききますが、ロラン様はご自分のことはなんだと思っていらっしゃるのですか?」
森の合間から見えてくる建物を指してあれが目的地だと教えてくれながらアリダは問いかけてくる。
「んーと、ただの学生かな。平凡な家庭に生まれてこの方21年平々凡々にいきてきた人間にございます。」
「人間?人間ですか?」
(うえーそこに食いつくの?アリダさん意味不明なとこに食いつくなー天然かよ。クールな天然とか需要あるのかな?)
「そ・・・そうだけど?人間以外のものになったつもりはありませんよ?」
おもわず疑問形で返してしまった。
ふむといいながら少しアリダは考え込んでしまった。
「ロラン様。これだけは、はっきりと自覚してください。」
「へ?あ、うん」
アリダは真剣な目で俺をみつめてきた。
「ロラン様は鬼族にございます」
「貴族?貴族っていうと侯爵とか伯爵とかの貴族?」
「いいえちがいます。鬼の一族にございます。」
「お・・・おに?鬼って頭に角を生やして虎皮のパンツで鈍器を愛でてるあれ?」
(なんか、想像の斜め上だな!角なんかないし、露出癖もないっていうか、体にそんな自信ないかんね!)
「なんですか、それは。ただの変態じゃないですか。鬼族とは、姿かたちはほとんど人間とかわりありませんが、その存在は神の眷属にちかいものです。」
(神様きーたーよー。ファンタジーなのか痛い子たちの集まりなのか…まぁどっちもってのがいつものパターンだよなー)
「それで、俺はその鬼族になるわけ?あんまり変わっている感じしないけど?」
アリダは歩調を変えずに淡々と話をしている。まぁこれだけ明るければ道が悪いからって転んだりすることはないだろうしな。
「人間にくらべて鬼族は、寿命が長く、力も強いはずです。ルーベン様は、現在212歳になられます。あと身体的な特徴として、ある程度任意で犬歯や爪を伸縮できます。」
「えっうそ、どうやってやるの?こう?お?あ、できた…だとう…」
意外に簡単に爪が伸びたり縮んだりできた。
(あるえー?てことは俺人間じゃなくなったの!?まじでか!)
そうこう言っている間に俺たちは館についていた。
「まだいくつか違いはありますが、これはまた今度にしましょう。これでロアン様は鬼族であることを理解していただけましたね」
「う・・・うん。わかった。」
腑に落ちないけど普通の人間ではないことは、間違いなさそうなので素直に答える。
そうすると、よろしいと館と玄関を開けてなかに促してくれた。
館は西洋建築でどうやらコの字を書くように建てられているようだった。
西洋建築というものにさっぱりなんのだが、それでもこの建物が相当金のかかったものであることはわかった。
屋内の装飾品も華美にならず、地味にならず調和のとれた品のいい雰囲気を醸し出していた。
館へと入ると玄関ホールにある2階へと続く階段に若い女性を連れた、20代後半ぐらいの男性が立っていた。
(むーん。イケメンだ。イケメン死すべし。リア充爆発しろし。)
「ただ今戻りました。ルーベン様」
玄関を占める音がすると後ろからアリダの声が聞こえる。
(えっ…ルーベンてことは俺のパパンになるんでしょ?あれ?若いな、中年とかナイスミドルとかじゃないし。てことはさっきの白フードの短気な人か)
俺の中では、頑固おやじのイメージしかなかったので、現実とのギャップが激しすぎる。
「三立の儀の最後は1週間後に本家でおこなう。そのためには5日後にはここを出る。そのつもりでおけ。」
それだけいうと、パパンは女の子をつれて二階の左の部屋へ消えていった。後ろではアリダがかしこまりました。と頭を下げていた。
「あー、ねぇアリダさん。一つ聞いていい?」
「なんでしょうか?」
パパンがいなくなるとふりかえって疑問に思ったことを聞いてみた。
「俺ってあの人にきらわれているの?」
俺の問いに何を言っているのかわからないという呈でアリダはきょとんとしてこたえた。
「いえ、むしろわざわざルーベン様自らロアン様に三立の儀について連絡をもってくるということは、気にかけているということだと思いますが」
(あーうん。パパンはツンデレかー。男のツンデレが許されるのはイケメンだけだっていうしな。パパンは人生イージーモードでいいな)
「ふーん。そうなんだ。もしかしたらっておもっていたけど、親子関係がぎくしゃくしてないなら問題ないか」
俺はぶつぶつとそのまま考え込んでしまった。
「ロアン様。使用人にお食事の用意をさせますから、準備が整うまでに入浴されてきてはどうですか?」
アリダは、俺の返事を待たずに玄関ホールにいたメイド服をきた恰幅のいいおばさんに指示を送っていた。どうやら俺の返事はきまっているらしい。
「は~い。」
(メイドさんまでいるのか。おばちゃんだけど…。あの人も鬼族なのかなーそうすると見た目からすると相当なお年?パパンがいまだに20代に見えるってことはもう400近いとかかなー?後でアリダさんにきいてみよう)
わがままを言っても仕方ないし、体も冷えていたので、素直に従った。
「では、若様こちらへどうぞ」
先ほどとは違った中年女性が案内をしてくれた。どうやら、アリダさんが気を使って案内をつけてくれたらしい。
俺は全裸になると浴室のドアをくぐっていた。そこには大理石でできた浴槽があり、陶器でできた置物が周りを飾っていた。
「屋敷を見たときからめちゃめちゃ豪華な家だとはおもったけど、風呂も超立派だな。その割には蛇口とかシャワーはないのか」
とりあえず俺は湯船の前で、『これは俺の風呂!』と叫んでおいた。
だって10人くらい入れそうな風呂が貸し切りなのだし。礼儀として大事です。
体を洗った俺は、やや熱めの湯船に体を沈めて鼻歌を歌いだした。冷えた体にはちょうどよく心も体も癒される。
(あ゛ー生き返る。ってやっている場合じゃないか。とりあえず、今の状況を整理しないとかな)
体を伸ばした俺は今おかれている状況に対して改めて、考えだした。
(とりあえず、今何が起こっているのかわからないからまずアリダさんに聞かなければならないことだな。まず、ここがどこかだろ、あと三立の儀(?)だっけ?あれがなにかと…)
風呂をあがって食堂で食事をしながらアリダに風呂で考えていた質問をぶつけてみた。
その時にアリダは後ろに控えて立っているだけなので一緒に食事をと誘ってみたら、家令は一緒に食事をとるものではないといわれた。
なんとなくアリダに強く言えない俺はさびしく豪華なボッチ飯をいただくことになった。
(どれだけお坊ちゃんなんだよ。ロアン君…)
そうこうしながらいろいろ聞いてみた結果、ここは地球ではないらしい。
ヴィオグラード大陸のベルッセン地方らしい。
鬼族が固まって暮らしている場所であるとのことだった。
(き・・・きづいてはいたんだからね!そらに月よりやや小さいいびつな形をした星が飛んでいた時からなんとなくそんな気はしてたんだからね!でもまあ、異世界か別の惑星にとばされちゃったってことか…余裕で帰れる気がしないなー)
そんなことを思いながら一人で沈んでしまった。
「あと、そういえば三立の儀とかいっていたけど、何のこと?」
食事もひと段落して、紅茶をいただきながらのんびりと聞いてみた。もうここまでくるとアリダは俺が、以前のロアンと中身が変わっていることを認めているようだった。
「そうですね、三立の儀は、鬼族が幼年時代の終わりに行う儀式で一人前の鬼族になるためにかかせないものですね。通常15歳になるとこの儀式をうけることになります。この儀式を終えると鬼族は、身体能力の上昇や固有異能といった鬼族の特性が発現します。」
「こ・・・固有異能だと!?超能力みたいなの使えるの??俺も?どんなの?」
「ロアン様はまだ三立の儀はすべて終わったわけではありません。1週間後に本家へ赴いて最後の儀式を受けてもらいます。これをおこなうことにより異能を手に入れることができます。」
「そっか、まだなのか。でもどんなのだろうな?」
「それは人それぞれですので儀式を行ってみないとわかりません。ですが鬼族の特性がでるのですがよいことばかりではありません。日光に弱いという特性も強化されてしまいます。」
「日光に弱い?なんか吸血鬼みたいだね。」
「はい。我々を嫌う人間がよく吸血鬼と侮辱することがよくありますね」
はい?俺は紅茶を危うく吹き出しそうになった。
「えっ吸血鬼なの?日光に当たると灰になるとか海を渡れないとか蝙蝠に変身するとかっていうあれ?」
「ロアン様、『吸血鬼』とは蔑称なのであまりご使用にならないでください。」
アリダは強い口調でいってきたのであまりではなく使うなってことなのだろう。
「我々は、日光に当たって灰になるほどよわくありませんが、身体能力が低下して人間並みになりますね、あと固有異能もつかえなくなります。海を渡れないという迷信は、造船技術がなかったころや航海術が未発達であった時の名残ですね。当時は人間であろうと鬼族であろうと海は渡れませんでした。最後に蝙蝠に変身ですがそのような固有異能を持った方がおられるとはきいたことがあります。」
「へーじゃあ昼間は鬼族もただの人間になっちゃうってことか。今まで自分のことを人間だと思っていた身としてはあんまりきにならないかな。」
「そうですね。私も三立の儀を受けた直後はそう思っていましたが、鬼族の身体能力に慣れてしまうと昼間の体の倦怠感はつらいものになりましたね。日中に身体能力が低下するといっても、人間と比べて強大な魔力があるうえ身体能力の中でも超回復力といった特性は残っているのでただの人間になるということではありませんよ。」
アリダは苦笑しながらそうつけくわえてくれた。
「えっ、魔力?魔法とかつかえるの?」
(わーおー、魔法ですって奥様、ファンタジーですよファンタジー!吸血鬼って時点でファンタジーではあるけど)
「はい。ロアン様には、一人前の鬼族になるために本家からもどってきましたら、魔法・武術・学問について学んでいただきます。」
「う、なんかいろいろ詰め込まれそうな予感がする…三立の儀がおわったら晴れて一人前とかないの?」
「いいえ、なりません。ロアン様には鬼族としてもラドヴィラ家の鬼としても身に着けていただかない教養というものがあります。といってもこれはすべての鬼族が受ける最低限の教育です。」
「ふっふーんそうなんだ。そういえばアリダさんは、最初のころ口調がわりときつめだったけどどうしたの?」
アリダの強い目線にたえきれなかったおれは、目線を外して露骨に話題を変えてみた。アリダは仕方ないと少し肩をすくめながら話に乗ってきてくれた。
「あれは以前のロアン様を元気づけるためにわざとやっていたものです。あのままでは三立の儀を行ってもすぐに死んでしまいそうでしたので。」
「えっ。あれで元気づけ…げふんげふん」
またアリダに睨まれてしまった。
「死んでしまうってそんなに落ち込んでいたの?」
「はい。我々鬼族は、60年程度で死んでしまう人間とちがって特定の寿命というものは持ちません。その代り精神が摩耗していくと緩やかに死んでしまうのです。そのため精神が老いることが無い限り死ぬことや老化することはありません。私などラドヴィラ家に仕えて100年程度たっております。といっても100歳程度では鬼族では若いのですが、人間に比べたら圧倒的に長寿ですね」
「それで、前のロアンはそんなに死にそうに弱っていたのか」
「ええ、ロアン様のお母さまがお亡くなりになってから1年くらいだったでしょうか、急に元気がなくなり、眼が腐った魚のような目になって今にもきえてしまいそうになっていましたね。でもそれに比べて今のロアン様は殺しても死なないようにふてぶてしいですね。」
ニコリとされてしまった。
(く・・・なんかなめられた気がするのは気のせいか)
「そ・・・そうね、死ぬ気はないね!あ、でもそういえばメイドさんがわりといい歳っぽかったけどあの人は相当生きているの?」
「いえ、彼女は鬼族の治める地に住む人間です。ほとんどの使用人は、彼女のように人間を使用しています。彼らは鬼族を崇拝しております。それに鬼族は長寿ですがあまり子を作らないので、5000人程度しかいません。ほとんどの使用人は人間ですね。まれに私のように鬼族の使用人がいるのは本家や分家でも本家に近い数家といったところでしょうか。そのほとんどが家令といった重要で簡単に代替わりできないような仕事をしているものがほとんどです。」
「じゃあほとんどの鬼族は支配階級なのか。いいご身分だねー」
「そういうロアン様も広いラドヴィラ領の領主であるルーベン様の後継者になりますよ」
「あーそういえばそういう話だったか。なんだか急にそんなこと言われても実感がわかなくてね」
そういいながら飲み干したティーカップを手の上でもてあそんでいた。
「ロアン様そろそろ日も高く上がってきましたし、お部屋でお休みになられてはいかがですか?」
そういわれて、窓にかかるカーテン越しに日の光が漏れているのに気が付いた。アリダに返事をしながら、なんだか日中に寝るとは怠惰な生活を送るような罪悪感がした。