入団
翌日、俺は約束のために公園に向かった。多分来ないだろうが一応という気持ちで行ったのだが、そこには明るくいつも道理のモカが待っていた。
たった一晩で立ち直れたわけじゃないだろうが、頑張っている彼女にしてやれることは一生懸命魔法を教えてあげられることだけだった。さすがに、それを一週間続ければモカも元気になり分解の魔法の習得に熱中していった。
「ねえ、ロアン。この魔法をロアンが作ったってことは、魔法陣の構成解析もできるってこと?」
「構成解析?あー、一応魔法陣の回路図なら書けるよ」
魔法陣はただの絵ではなく、いわば魔力という動力によって事象を発現させるための電気回路みたいなものだ。その構造一つ一つに意味があり、その魔法陣を魔力によって書くことにより魔法陣を形成し、これに魔力を通して魔法を現実に発現させる。つまり、正確な魔方陣を書くことができなければ魔法は使えない。
「でもなんで?別に魔法研究とかしているってわけじゃないよね?便利だから覚えたって言っていたし」
そう、魔法陣を正確に書くことさえできれば、魔法陣の構造を理解してなくても魔法を使うことはできる。魔法陣の構造を理解するなど、魔法研究をする人間しか知らないのが一般的だ。
「あー、それはね。俺の魔法の先生が鬼教官だったのが一つと壊滅的に絵心がないのが原因かな」
(サラ先生は容赦ないからなあ…あ、なんか涙でそう)
正直あの頃のことをあまり思い出したくない。
「絵心ねえ…そんなにないの」
「まったくもってない!」
小学中学の図工の成績はお情けで2だった気がする。それくらいない。
「だから、構造さえわかっていれば多少はましになるって覚えただけだけどね。今じゃ割と重宝しているけどね」
「ふーん。いいなあ、私も覚えようかな」
そういいながら、モカは分解の魔法を3週間程度でものにしていった。初めて、分解の魔法を成功させたときの彼女は子供のようにはしゃいでいた。
カティはカティでレナ嬢とのデートに大忙しだったようだった。レナ嬢の休みの日の前日には、毎回カティの服を選ばされていた気がする。
ささやかな(?)抵抗にカティのポケットに毎回カマドウマをプレゼントしてあげたのだが、気づいたのは3回目のデートの時であった。ポケットに手を入れて噛まれたとか言っていた。
2回ほど気づかれなかったカマドウマがどこに行ったのかは永遠の謎である。
(どうして、こういうお偉いさん方は話が無駄に長いのかね?話の長さと小物臭は比例するっていうけど本当だねえ…)
瞬く間に夏の暑い日が終わり、残暑が残る日になっていた。俺はいま神殿騎士団の入団式に出席している。
左隣では、カティが気持ちよさそうに爆睡しているし、右隣のヘルマンにいたってはなんか瞑想している。絶対話聞いてないな、こいつら。
頭を挙げると今もまだ、中年のおっさんが壇上で熱弁をふるっている。ただ、神殿騎士団員のくせに腹が出ているってどういうことだ?たしか、2課局・局長という話だったけど、名前は忘れた。
壇上の横には、1課局・局長のゲルゲ・ウナールそして1課のエースといわれるレミーガ・モカチェ。そして、一席あけて3課局・局長のマリア・クリスティーネ・フォン・パルティアだった。名前にパルティアの名が入っているとおり、皇族―王妹にあたる―身分である。現皇帝からも信頼が高く、女傑と噂高いと、ウルさんからきいた。見事なブロンドヘアーの長髪で、凛々しい顔立ちからは一種の覇気を醸し出していた。
『…であるからして、現在われわれ聖パルティア皇国は吸血鬼どもによる侵略を受けている。これに対応するべく我々があり、われわれは負けることが許されない。敗北は、国の滅亡を意味する。これに対して、精強を持って知られる神殿騎士団に一段と技と力に磨きをかけ、進行となすことを切に願うものであり…』
(もう、支離死滅じゃねえか。自分の言葉によって何を言っているのかわからなくなってないかあのおっさん)
その長いだけで、内容が皆無な演説は、マリア局長が咳払いするまでの約1時間続いた。
「あー、しんどかった」
今年、新しく入団したのは俺たちを含めて約50人ほどだった。いま、その全員が1室に集められて、騎士団の寮の説明や制服の配布などを受けている。それも、小休憩に入り俺たちは、めいめいに集まってだべっている。
だけど、なぜか俺・カティ・ヘルマンの3人の周りには誰も近寄ろうとしない。ヘルマンは入団試験の際、300周―60㎞を3時間で走破した変態だ。
「あのおっさんの話長かったよなー。あくびがでたわ」
「お前がいうな。ずっと眠りこけていたくせに」
「いや、そんなことないぞ?途中で2・3回起きたのにまだずっとしゃべったからなー」
「そうだぞ。人の話はしっかりときかねばならん」
「いや、ヘルマンも聞いてなかったよな?」
「そんなことはない。俺は寝ていなかった」
「あー、寝てはいなかったが、ずっと瞑想していただろう。自分の世界にこもって話を聞き流すことは、しっかり話を聞くとはいわねえよ」
そこに、モカが2人の女の子を連れてやってきた。
「ロアン。カティ。やっほ、やっほ」
「お?モカじゃん。おっすおっす」
「なんだよ。モカか」
カティのおざなりな返答にケンカを始めるモカとカティ。二人の関係は依然と変わらないものに戻っていた。
「あーもー、いきなりいちゃつくなよお前ら」
「いちゃついてなんかない!」
「そうだ、俺にはレナちゃんがいるんだからな!」
「ソウナノカー。ソレデ レナチャン トハ イツ ワカレルノ」
「別れないわ!」
「あ、そう。それで、こっちがヘルマン」
カティをスルーしてモカにヘルマンの紹介をする。
「ヘルマン。ヘルマン・アル・グリュッセルだ。よろしく頼む」
「私は、モカ。魔法使いよ」
そんな俺たちを見ていた女の子たちがモカに話しかけてきた。
「モカちゃんほんとにヘルマンさんたちと知り合いだったんだ…すごい」
背の高い女の子と背の低い女の子だった。背の高い女の子は、ベビーフェイスにアッシュブロンドの髪をショートに切ってまとめてあった。しかし、その服から延びる二の腕には素晴らしくよく発達した『筋肉』があった。いわゆる筋肉女というのだろう。抜群に鍛え上げられた美しい(?)肉体にかわいらしい顔が乗っかっている。違和感が半端ない。
(だれか!だれか!フォ○ショップ先生を!はやく!はやーく!なおしてあげたって!)
もう一人の背の低い女の子は、良家の娘なのだろう天パー気味の黒い髪を長く伸ばして後ろでポニーテールにしている。犬っぽい感じの子だ。
「ふふん。だからいったじゃない。でも知り合いなのは、ロアンとカティで、ヘルマンさんとは今知り合ったばっかりだけどね」
どうやら、モカは友達の間で俺たちを利用してイニシアチブをとったらしい。したたかな子だ。
「ん?俺たちなんかした?そういえば、さっきからなんか珍獣を見るような感じだけど」
「あったりまえじゃない。入団試験で到底できるわけの無い課題をクリアした3人が固まっているんだよ。みんな声かけづらいって」
カティが一人まあなと胸を張る。お前は走り切ってないだろうが…
「いや、あんなのクリアできるような変態はヘルマンだけだ。俺とカティは時間切れだったよ」
カティがわざわざばらさなくてもいいのにと言っている。お前は無駄に見栄を張るのをやめろよ…余裕でばれているっていうの。
「変態とはご挨拶だな。ただ、うちはそれなりの貴族だからな、入団試験の内容がわかっただけだ。特訓すればだれでも走れる」
ヘルマンはそれなりと言っていたが、ヘルマンの実家は伯爵家にあたる。父親が財務長官をしているらしい。次男であるヘルマンは家督を継げないために騎士団に入るというありふれたパターンをとったとの話だった。
「さすがに、60㎞を3時間で走るのは特訓程度では無理だと思います」
モカの後ろにいる筋肉美女が突っ込みを入れてくれた。フルマラソン―42.195㎞の世界記録が2時間ちょっとであることを考えれば、ヘルマンは地球では余裕で金メダリスト級だ。
その声に筋肉美女を見たヘルマンが固まった。それは面白いくらいにフリーズしている。
「あー、モカ。その後ろにいる二人はだれ?」
(なんか、俺ってこんな役回りばっかりだよな…立つフラグは全部おっさんだし…俺もあまじょっぺーことしてーよー)
「あ!忘れてた。えっとね、こっちがレイラで、あっちがオルガで…」
筋肉美女がオルガで、子犬のほうがレイラらしい。今回の入団で50人中、女性合格者がたった3人だったため、一緒につるむことになったといっていた。
その後、俺たちはたわいのない話をしているうちに休憩時間が終わった。そのあと、騎士団における規則や生活の指導を受け、終わると解散となった。騎士団は基本的に寮生活―結婚すれば話は別だが―なため、生活雑貨など荷物を運びこむこととなった。
寮では、俺とカティとヘルマンは同室だった。一言で3人部屋といっていいものではなかった。3人で使うには広すぎる。この明らかに優遇されている状況に、部屋に踏み入れた俺とヘルマンは凍りついた。ただカティだけが、部屋の広さに喜んでベッドの調子を確認している。
(はあ…カティの単純さには救われるよ)
横を向くとヘルマンがわらっている。多分同じことを考えていたのだろう。
部屋に荷物を運びこむのだが、もともと俺は旅をしてきているために荷物なんてものはほとんどなかった。あるものといえば、数日分の着替えと愛用のハンティングナイフくらいだ。野営セットはいらないと思いウルさんに保管を頼んであった。
ヘルマンも貴族のくせに大したものを持ってきていない。長物が目立つくらいだ。
「なあ…カティ荷物多すぎないか?」
「カティ、なぜカバンが3つもある?その変な形をしたカバンに入っているのは武器なのか?」
これまで、あまり声に感情を載せないヘルマンが恐る恐るといった感じで聞いている。
「はあ?なにいってんだよ。これは武器なんかじゃないぜ!俺の相棒さ!モテアイテムってやつだな!」
じゃじゃーんといいながらカティが取り出したのは、フォークギターだった。そのまま、構えて引き出す様子はさまになっており、なるほどうまい。しばらく演奏しているときもすんだのか、ふぅっとギターを下に置いた。
「それで、気が済んだか?それじゃあいらないものをとっとと持って帰るぞ」
「えー、いらないものなんてないぞ?それにこのギターだって、衛士さんに持って入ってもいいですかって聞いたらにこやかにいいですよって言われたんだぞ」
「それさ、にこやかっていうか、にやにやしてなかったか?」
「あー、うん。言われてみればそうだったかも?」
ああ、と頭を抱えるヘルマンを後目に俺はカティの説得にかかった。
「いいか、結論から先に言うとそのギターを壊されたくなかったら実家に持って帰るんだ。今日の俺たちはお客様期間だからみんな甘いが明日からはそうとは限らないぞ。間違いなく、新入団の俺たちの意識を引き締めるために不要なものを持ち込んでいるやつは吊るし上げをするだろう。その経過として、没収もしくは破棄がある。一度取られたら、二度と戻ってこないと思え」
「え?まさか、そんなに厳しくないだろ…」
頑張って否定するカティだが、俺とヘルマンの一切笑ってない目を見て事態が呑み込めたらしい。青くなっていた。