面倒事 その3
気分的には初めての前後編
「話は変わるけど、モカの師匠が攻撃魔法を開発したって言ったのホント?」
「そうなのよ!攻撃魔法よ、攻撃魔法!今まで数百年、人類が夢見ても手が届かなかった攻撃魔法なのよ」
モカは、そういうが、攻撃魔法自体は昔からあった。ただ、攻撃魔法があまりにも効率が悪いためにすたれていっただけだ。今では、生活に快適をもたらすものとして、魔力の高い鬼族で伝わっているだけで、魔力の低い人間で魔法使いなどほとんどいない。
実をいうと、俺は現代物理―実際は中学・高校でならう初歩に過ぎないが―を参考に攻撃魔法らしきものはいくつか考案してある。だが、どれもこれも遠距離は無理だ。手で触れないと効果を発揮しない。
というのも、魔力は体外に放出すると指向性を失い拡散してしまうのだ。そのため、一定距離離れた位置に魔法を用いて、物理現象を表すというのは不可能とされている。だが、この世界で攻撃魔法とされているのは遠距離攻撃をいう。昔の資料には、カマイタチを作って攻撃したような記述が残っていたが、それを使った術者は魔力が枯渇して倒れたといわれている。
「うーん。眉唾物だなあ…モカには悪いけど、ちょっと信じられないわ」
「いいわよ。今見せてあげるから、ちょっとみてなさいよ」
モカの表情はさっきと打って変わって生き生きとしている。結局、彼女は魔法のことが好きなのだろう。
ごそごそっと鞄から肘まである長い皮の手袋を取り出して手にはめる。
「いい、ちゃんとみてなさいよ」
そういいながら、親指と人差し指でCの字を書く。ぽっと、彼女が描いたであろう緑色に淡く光る魔法陣が手の上に現れる。
―バチッバチバチバチ
彼女の親指と人差し指の間に、光の筋が幾重にも紡がれて消える。
「へえー。プラズマか」
「ふふん、すごいでしょ。電撃の魔法よ。これを最大出力でやれば人間なんてすぐ丸焦げになるわ。ただ難点として、この手袋をしてないと私も丸焦げになっちゃうこととこの手袋も使い捨てってことかな」
(つまり指向性はないってことか。原理は、雷と一緒ってことかな?ちょっと怖くて使いたくないな…)
モカはふふんと控えめな胸を張る。
「つまり、こういうことかね」
俺は、モカと同じように指でCの字を書くと、そこへ魔力を電子に置換する魔法陣を展開して、魔力を注ぎ込んだ。
―バチッバチッ
「痛っつ」
モカと同じように、光の筋を作ることに成功した。
「ふぇ?えっえっえ?え゛えええええー。な…なんでできるの!?それに魔法使えたの!?この魔法の開発に先生が10年かけて、私だって習得に1年近くかかったのに!?」
モカは、ハトが豆鉄砲を食らったような顔で固まってしまった。
「あれ?カティが言わなかったっけ?魔法使えるって。日常生活とか旅にちょこちょこ便利だから覚えただけだよ」
「そ、それでも、見ただけで魔法を盗めるだなんて聞いてないです。この魔法が目的だったんですか?ひどい…」
モカは涙目になってしまった。師匠が長年かけて研究の末に編み出したものを、自分のちょっとした虚栄心を満たすために人に見せたらあっという間に盗まれてしまったのだ。無理もない。
「す、すまん。別にその、盗もうとしたわけじゃなくて。ちょっと見せてもらったら魔法で起こされた現象の原理がわかったから、自分なりに再現してみただけなんだ」
俺の下手な言い訳にも何も反応してくれない。モカに取ってみたら俺の行為は明確な裏切りだ。
「そ、そうだ。この魔法は2度と使わないし、誰にも教えないって約束するよ。それに、俺の考えた攻撃魔法もどきを教えるからそれで許してくれないか?」
「えっ?ロアンの攻撃魔法?ロアンも完成させていたの?」
(あら、やだ。現金な子。でも、まだ目じりにうっすらと涙が…)
「うんうん。硬化の魔法の応用で、モカの雷撃みたいに派手な魔術じゃないのだけどね」
「あの硬化魔法?武器と化の先端を鋭くしたり伸ばしたりとかするの?」
硬化魔法は、魔法の歴史の中でも初期のころにつくられ、戦闘に使えるという評価のある魔法の中で一般的なものだ。
「いやいや、さすがに伸ばしたりとかは無理だって。これは、敵の防具や武器を壊すための魔法。まあ、なんだって壊せるけどね」
そこらへんに落ちている木の棒を拾いながら言う。左手で木の棒を縦に持つとその真ん中あたりに手をかざした。
―ブィン
手のひらに淡い光を放つ魔法陣を出現させると魔法の影響でもろくなった木の棒は真ん中で真っ二つに割れて情報部分が下に落ちた。
「なにこれ…真ん中で折ったの?ううん、違う。切断部分がグズグズになってる…どうやったらこんなことになるの?」
モカが落ちた木の棒を拾って、断面を不思議そうに眺めながら言う。
「硬化の魔法が物の結合力や分子間力を強化することによって発現する魔法でしょ。これは、それの逆をやっているわけ。結合力や分子間力を低下させたり、切ったりしてものとしての形状をなくすっていうのがこの魔法のコンセプトかな。だから、力を込めると…ね」
そういって、手にまだ残っていた魔法陣に魔力を込めると、手の中にある木がみるみるうちに崩れて消えていった。
「えっなにそれ…怖い」
「分解を加速したからね。木の棒が原子になったってこと」
「原子て、確か昔の偉い学者が言っていたこれ以上分けられないものってあれ?」
「そうそれ、どう?使えそう?」
「えっ。いきなりこれだけの魔法つかえないわよ。もっとちゃんと教えてよ」
「あーそっか。じゃあどうしよっか。俺は神殿騎士団の入団式のある来月まで特に予定ないけど、その間に教える?」
「お、お願いします。先生!」
こうして俺たちは、神殿騎士団への入団までこの公園で魔法の練習をすることを約束した。
しばらく、魔法談議に花を咲かせているとモカがカティの姿を見つけた。
「ふふ、仕方ない。カティを励ましてあげますか」
そういってモカは立ち上がるが、こちらに向かってくるカティをみて俺は胸騒ぎがした。だけど俺は結局何も言えなかった。
俺たちの近くまでうつむきながらやってきたカティは、俺たちの前でおもむろに顔を挙げた。そこにはやはりというべきか、一番見たくない表情が張り付いていた。
「二人とも!聞いてくれよ!大成功だ!おっけーだって、なんか昔から好きだったって言われちゃったよ~うへへへへ」
明らかに幻聴なんだが、ピシリと何かが割れるような音が聞こえた。空気が凍ったというべきか、その中カティだけが気づかずにやけずらをさらしていた。
「それで、来週のお休みの日にデートすることになったんだよ。二人とも頼む。また服選んでくれないか?」
パンと手を合わせて、俺たちを拝むようにお願いするカティに俺たちは完全にフリーズした。
「そっそうなんだ。よかったね、カティ。でっでも私は神殿騎士団の入団に向けて魔法の先生のところで特訓することになっているからちょっと忙しいの。だからそれはロアンにたのんで。ロアンも結構センスいいよ。私これから用があるからいくね。それじゃ」
先に回復したのはモカの方だった。怒涛のようなセリフに気おされて、カティは『あ、うん』というセリフだけ言ってモカを返してしまった。
モカも公園を出るまでは歩いていたが、こらえきれなくなったのか駆け出して帰って行った。
「ちぇ、なんだよあいつ。せっかく人がお礼を言ってるって時に」
(いってねーし。完全に頼みごとしかしてなかったし。というかそんなレベルの話じゃないわ!)
心の叫びを、そのまま口に出せたらなんて幸せなんだろうとおもいながら、やっとフリーズから回復した。
「おい、カティ。なにやっているんだよ。さっさとモカを追えよ」
「え?なんで?モカは家に帰っただけじゃないの?別によくね?」
「良かねえよ!さっさといけ!あほか」
(なんでこんなにあからさまなのにこいつは気づかないんだよ!モカはお前のことが好きなんだぞ!)
「えー、嫌だよ。言って何言うのさ」
(あーもう、嫌とかいっているし。こいつを説得するべきなのか?むしろできるのか?なんて説得すればいいんだ?)
答えをすぐ出さなきゃいけない状況で全く答えが出ない。俺は、頭をかきむしった。
「あー、もういい。お前は先に家に帰っていろ」
それだけ言うと、俺はモカを探すべく公園を飛び出した。俺はこの選択を後々まで後悔することになる。
小一時間探し回ってやっとモカを見つけたのは、大聖堂の礼拝所であった。多くの長椅子が並べられている後ろの列にポツンと一人だけ座っていた。礼拝の時間からは外れており、人がほとんどいなかったためにひどく目だった。
その横顔は青ざめて今にも泣きそうなくせに、涙を流していなかった。
「モカ・・・」
俺が声をかけると、ほっとしたようながっかりしたような顔でこちらを見てきた。
「カティじゃなくてすまん」
『カティ』の名前に、モカの細い肩がビクッと反応する。
「ロアン…私…うっ…う゛っう゛」
モカの目からは玉のような涙がぽろぽろと零れ落ちた。そんなモカの頭を撫でながら俺は泣きじゃくる子供に話しかけるように言葉をかけた。
「いいさ。わかっている」
モカの泣き顔が誰にも見えないように、彼女の前に立つ。
「ずっとずっと、好きだったんだよな」
(カティのことを…)
頭を一撫でする。
「あいつの夢を知って、魔法を覚えることにしたんだよな」
(カティの助けになるために…)
「あいつが、試験を受けるって知って同じ試験を受けたんだよな」
(カティと離れ離れになりたくないから…)
「ずっと、ずーっとあいつのことを見ていたんだよな…」
俺は、そのままモカが泣き止むまで頭を撫でるしかできることはなかった。
「うっく…ひっく…ううう」
やっとモカが泣き止んできた頃合いを見て、神父様に水を頼んだ。あの人には、すごい誤解を与えた気がするがとりあえずは無視しておく。
「ほら、これ飲んで、あとこれで顔拭いて」
そういいながら、水とハンカチを渡してあげる。モカは、水をあおるとハンカチで顔を拭いて鼻をかんだ。洗って返すというモカに割と強引にいらないといってハンカチを返してもらった。
「あの…ロアン、ありがとう」
「無理に礼なんて言わなくていいよ。友達だろ?」
俺は、モカの隣に腰かけながら言った。
「うん…」
「まあ、これは独り言なんだけどさ」
俺は一呼吸おいて続ける。なんだか気恥ずかしくていいづらい。
「諦められるならそれはそれでしかたない。でも、あきらめられないのならそれもそれで仕方ないと思う。カティもモカもレナちゃんもまだ16だ。惚れた晴れたでくっついたとしてもそれが生涯続くとは限らない。今までずっと待ってきたんだし、もうちょっとだけ待ってみてもいいんじゃないかって思う」
(あーもう、俺なにいってんだろ。もうちょっとまとめて離せよ。なにを言ってい
るのかよくわかんないよ)
はっと、隣から息をのむ声が聞こえる。
「ロアン、ありがとう」
今度は、ちゃんとしたお礼だった。
そのあと落ち着いたモカを家に送っていった。そこにはモカのお母さまがおり、泣きはらしたモカを見られて俺はひどく睨まれた。あわてたモカがとりなしてくれなかったらどうなっていたことかと思う。
そうこうして、やっと家にたどり着いて夕飯の席に至る。相変わらず、カティは気持ち悪い笑みを浮かべて飯を食っている。さすがに、何か言おうと口を開こうとしたところ、カティのお母さんが先に口を開いた。
「カティ、だいたい話はわかったけど、モカちゃんのことはいいのかい?」
(ちょ…直球で来たーよ、様子見とか無しかよ)
「なんで、母ちゃんといいロアンといいモカのことばっかりいうんだよ。モカとはなにもないぞ?なあロアン」
(そこで、なぜそこまで無邪気に同意を求められるんだお前は?あほだと思っていたけどあほすぎるだろ…)
カティのお母さんが、俺の方を見て目で聞いてくる。仕方がないので目でそうだと返してあげる。
「はあ…ロアンさんには迷惑かけっぱなしだねえ…」
「えっなに?どういうこと?」
その夜、俺とカティのお母さんのため息が重なった。