第一幕 1
第一幕
その一
ぼくは二十歳のころから安酒を飲んでいる。
つねに安価なお酒を飲んでいるのはおこづかい関係の事情もあるけれど、それとはべつにアイスクリームの教訓もじつはからんでいる。
ぼくは子どものころはよくアイスを食べていたのだが、大きくなってくると、だんだん生意気になってきて、ハーゲンダッツとかレディーボーデンなどを親に希望するようになる。
「あれ……」
するとどうだろう、それまで好んで食べていたチューチューアイスとか粉末ジュースを凍らせたやつなどが、おいしいと感じられなくなってしまったのだ。
わたくし新倉三千世はその後この後遺症に苦しんだ。
「ふりかけは『錦松梅』のあと『味道楽』を食べてもおいしいのにな……」
というわけでぼくは高価な酒は極力飲まないようにしているのである。下手に舌が肥えてしまうと、のちのち倫理的にもエンゲル係数的にも苦労するからである。それとチューチューアイスにたいする負い目もたしょう引きずっていたからである。
さて、そんなぼくが日々愛飲している日本酒はいわゆる蔵シリーズである。
「くらのすけ」と「蔵そだち」と「蔵だより」と「蔵人三代」、これらがいわば常備酒の四天王なのである。
この四天王を買うスーパーはそれぞれ異なっている。業務スーパー系をのぞけば、おのおのの酒は、もよりのスーパーには重複して陳列されていないからである。
「酒造メーカーはおなじなのに……重複させないのがマナーなのかな」
それでも、どの店にも通称試食スター氏は出没するのであった。マナー無視の重複出没である。
試食スター氏は、スターといっても六十前後のおじさんである。そしてこのおじさんは文字通り、どのスーパーでも実演販売しているものの試食を執拗に敢行しているのである。
案の定きょうもその試食スター氏に遭遇してしまった。
「あれ、また会ったね」
「ええ」
「きょうもお酒ですか」
「そうです」
「きのうも買ってたじゃない」
「きのう買ったのは『くらのすけ』なんですよ。きょうはなんとなく『蔵そだち』が飲みたいので、こっちのスーパーに来たんです」
「でも『くらのすけ』と『蔵そだち』って、パッケージがちがうだけで中身はおなじだよ」
「え」
ぼくもうすうすそれを感じていたので、その日の晩酌では両方の酒を交互に飲んでみることにした。
「うーむ……」
たしかにほぼほぼおなじだったけれど、燗酒にしたり酒器を変えたりしつつ何度も飲み比べていると微妙にちがう気もしてくる。
「うーむ、ますますわからなくなってきた……」
ぼくは知人の山城さんにメールを送った。しばらくするとメールが返信されてきた。
山城さんの見解も、
「たぶんおなじですけど、もしかしたら何かがちがうのかもしれないですね」
というものだった。追記として、
「『くらのすけ』のほうがパッケージはいい」
というようなことも記していた。
「ししゃもを肴にすると『蔵そだち』のほうが辛口のような気もするな……」
その後も飲み比べをつづけたが、結論は出なかった。で、いろいろ思案したあげく、ぼくは翌日この知人と検証会を開くことにした。
つまり、先の日本酒二種を本腰を入れて飲み比べてみることにしたのである。




