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和を以て貴しとなす――未来の一コマ

掲載日:2026/09/20

二〇六八年、世界には戦争がなかった。

正確には、戦争と呼ばれるものがなかった。


宣戦布告は消えた。

戦車が国境を越えることも少なくなった。

国家元首が敵国の名を叫び、国民に銃を取れと命じることもなくなった。


代わりに、都市の電力が突然止まった。

港湾システムが誤作動し、食料を積んだ船が入港できなくなった。

金融ネットワークの信用値が書き換えられ、昨日まで裕福だった国が、一晩で決済不能になった。

人工衛星が互いの通信を妨害し、自律型無人機が「所属不明」のまま工場を破壊した。

誰も戦争とは呼ばなかった。


だが、人は死んだ。

二〇六八年、人類は戦争をなくしたのではない。

戦争という言葉をなくしていた。


日本の奈良にある国際歴史情報保存機構で、私は古文書を扱っていた。

紙そのものではない。

世界各地の史料を高精度に読み取り、人工知能によって異本を比較し、後世の改変や誤写まで追跡する仕事だった。


私の専門は飛鳥時代だった。

研究者としては地味な分野だった。

千四百年以上も前の、小さな島国の政治思想。

世界情勢が毎週のように変わる時代に、そんなものを研究して何になるのかと何度も言われた。

私自身、そう思うこともあった。


その日の朝も、私は十七条憲法の異本比較をしていた。

画面には第一条が表示されていた。


――和を以て貴しと為し、忤ふること無きを宗とせよ。

もう何百回も見た文章だった。


私は指で画面を送った。

第三条。

君命への服従。


第十条。

怒りを捨てよ。

人にはそれぞれ心がある。

自分だけが賢いわけではない。

相手だけが愚かなわけでもない。


第十七条。

大事なことは独断で決めるな。

多くの者と議論せよ。


私はいつものように注釈を付けていた。

そのとき、研究室の照明が一度消えた。

非常灯が点灯した。


数秒後、壁面モニターに赤い表示が現れた。

《東アジア共同送電網 接続停止》


続いて、

《太平洋海底通信網 障害発生》


そして、

《原因不明》


私はため息をついた。

最近では珍しくもなかった。


原因不明。

便利な言葉だった。


誰かが攻撃した。

しかし誰が攻撃したか確定できない。

確定できなければ報復できない。

報復できなければ戦争とは呼ばれない。


その代わり、誰もが相手を疑った。

三日後、ジュネーブで緊急国際会議が開かれることになった。

正式名称は「人類安全保障再構築会議」。

実質的には、崩壊寸前になった世界秩序を立て直すための会議だった。


北米圏。

欧州圏。

東アジア圏。

南アジア圏。

アフリカ共同体。

企業国家群。

そして、どの国家にも所属しない巨大AI運用組織。


二十一世紀半ばには、国家だけが世界を動かす主体ではなくなっていた。

計算資源を持つ者が権力を持った。

データを持つ者が軍隊を持つのと同じ意味になった。


会議の前日、一通の通知が私の端末に届いた。

《日本代表団歴史顧問として出席を要請する》


私は冗談だと思った。

私は外交官ではない。

政治家でもない。

古文書の研究者だ。


しかし理由を読んで、さらに困惑した。

《各文明圏の歴史的統治思想を紹介する特別セッションを設ける》

各国代表が自国の歴史から、未来の統治原理を提案するのだという。


私は上司に言った。

「こんな時に十七条憲法ですか」


上司は笑わなかった。

「こんな時だからだろう」

「でも、世界はそんな言葉で動きません」

「昔も動かなかったさ」


私は顔を上げた。

上司は続けた。

「だから残ったんじゃないか」


その意味を、そのときの私は理解できなかった。

ジュネーブは武装していた。

空港から会議場まで、無人警備機が空を飛んでいた。

道路には装甲車が並び、顔認証カメラが通行人を追っていた。

平和会議とは思えない光景だった。


会議初日。

各代表は互いを非難した。

通信網への攻撃。

金融システムへの侵入。

自律兵器への不正アクセス。

生成AIを使った世論操作。

人工衛星への妨害。

証拠はある。

しかし決定的ではない。

どの国も言った。

「我々ではない」

そして続けた。

「しかし、相手は信用できない」


二日目。

各国は新しい監視機構を提案した。

すべてのAIモデルを登録する。

すべての計算資源を監視する。

すべての通信履歴を保存する。

すべての国家に査察を受け入れさせる。

しかし当然、問題が出た。

誰が監視するのか。

誰が監視者を監視するのか。

どの国も、自国が管理する仕組みなら賛成した。

他国が管理する仕組みには反対した。


三日目。

ある大国の代表が言った。

「平和を守るためには、圧倒的な抑止力が必要だ」

別の代表が答えた。

「あなた方が力を持つから、我々も力を持たなければならない」

「我々の力は防衛のためだ」

「我々も同じことを言っている」

会議場に笑う者はいなかった。

私は千四百年前の豪族たちを想像した。

自分たちの氏族を守る。

自分たちの権益を守る。

相手が武力を持つから、自分も武力を持つ。

相手が信用できないから、自分だけは強くならなければならない。

道具だけが変わった。

人間は、あまり変わっていなかった。


四日目の朝。

会議場に入ると、異様に静かだった。

夜間、南アジアの二つの都市で電力網が停止していた。

病院の非常電源が十分に作動しなかった。

死者数はまだ分かっていなかった。

誰が攻撃したのかも分かっていなかった。

会議は中断された。

代表団の一部は帰国を始めた。

軍事警戒レベルを引き上げる国も出た。

私はホテルに戻り、荷物をまとめた。

もう歴史の話をしている場合ではない。

そう思った。


そのとき、端末に一件のメッセージが入った。

日本代表団長からだった。

《特別セッションは予定通り行う》

私は返信した。

《意味がありません》

すぐ返事が来た。

《だからやる》


腹が立った。

政治家というものは、なぜこういう意味不明な言い方をするのか。

私は電話をかけた。

「何を話せというんですか」

「あなたが研究していることを」

「千四百年前の文章ですよ」

「知っている」

「世界はいま戦争になるかもしれないんですよ」

「それも知っている」

「十七条憲法を読んで止まると思いますか」

少し沈黙があった。

代表団長は言った。

「止まらないだろうね」

「だったら」

「でも、兵器を増やして止まる保証もない」

私は黙った。

「先生」

彼は初めて私をそう呼んだ。

「あなたは歴史家でしょう」

「はい」

「歴史というのは、成功した方法だけを残すものですか」

私は答えられなかった。

「失敗し続けても、人間が何度も選び直してきたものも歴史なんじゃないですか」

通話が切れた。


私は夜まで原稿を書いた。

何度も消した。


最初は、日本の誇るべき思想について書いた。

消した。


次に、聖徳太子の先進性について書いた。

それも消した。


日本は「和」の国だった。

嘘だ。

日本も戦争をした。

内乱もした。

侵略もした。

権力で人を黙らせたこともある。


では「和を以て貴しとなす」に何の意味があるのか。

私は画面に第一条を表示した。


そして第十条を表示した。

自分だけが賢いわけではない。

相手だけが愚かなわけでもない。


第十七条。

大事なことは独断で決めるな。

議論せよ。


私は突然、気づいた。

十七条憲法は、成功した社会から生まれた言葉ではない。

争いのない国が作った理念でもない。

争っていたから書かれたのだ。


守れなかったから、何度も読み返されたのだ。

人間ができていなかったから、言葉にする必要があったのだ。


私は原稿を書き直した。


翌日。

会議場には空席が目立った。

それでも中継回線には世界中からアクセスが集中していた。

特別セッションの最後が日本だった。


司会者が私の名前を呼んだ。

私は演台に立った。

目の前には、疲れ切った顔が並んでいた。

敵国を見る目。

疑う目。

帰国したいという目。

私は用意していた端末を閉じた。

そして話し始めた。


「皆さん。

今からおよそ千四百年前、日本に一つの言葉が記されました。

『和を以て貴しとなす。』

聖徳太子に結びつけて伝えられてきた、十七条憲法の第一条です。

この言葉だけを聞けば、

『みんな仲良くしましょう』

という、穏やかな教訓のように聞こえるかもしれません。


しかし、この言葉が生まれた時代は、決して穏やかではありませんでした。

有力者たちは権力を争い、武力による衝突も起きていました。

宗教をめぐる対立は政治闘争と結びつき、国家の形さえ定まっていませんでした。


つまり、

『和を以て貴しとなす』

という言葉は、平和な世の中で語られた理想論ではありません。


人間は争う。

意見は食い違う。

権力をめぐって対立する。

その現実を目の前にした時代から生まれた言葉です。


十七条憲法には、もう一つ興味深い考え方があります。

人にはそれぞれ考えがある。

相手が必ず愚かなわけではなく、自分が必ず賢いわけでもない。

そして重大なことは、一人で決めてはならない。

多くの人と議論せよ。


千四百年前の言葉です。

しかし私たちは今、この言葉を本当に過去のものだと言えるでしょうか。


科学は進歩しました。

人類は宇宙へ行きました。

世界中の人間が瞬時につながるようになりました。

そして私たちは、人間以上の速度で考える人工知能まで生み出しました。


それでも私たちは、

民族の違いで争い、

宗教の違いで争い、

国境をめぐって争い、

思想の違いで相手を敵とみなします。

情報を伝える技術は千四百年前とは比較にならないほど進歩しました。


しかし、

異なる意見を持つ人間同士が、どう共に生きるのか。

この問題について、人類はまだ答えを出していません。


もちろん、『和』とは、ただ争わなければよいという意味ではないでしょう。

不正を見ても黙ることが和ではありません。

力のある者に従うことが和でもありません。

異論を封じ、全員を同じ考えにすることも和ではありません。


本当の和とは、

違いがあることを認めたうえで、

それでも相手を人間として扱い、

対話を続けることではないでしょうか。


それは簡単ではありません。

武力で相手を屈服させる方が早い場合さえあります。

権力で反対意見を押さえ込む方が簡単な場合もあります。

だからこそ、和は弱さではありません。

対立する相手の言葉を聞くこと。

自分が間違っている可能性を認めること。

怒りを抑えて話し合うこと。

自分一人で決めず、多くの人の知恵を借りること。

そこには強さが必要です。


そして、日本自身も、この言葉を常に守ってきたわけではありません。

長い歴史の中で、数多くの内戦を経験しました。

他国とも戦争をしました。

『和を以て貴しとなす』という言葉を持ちながら、その理念から遠く離れた時代もありました。


だから私は、この言葉を日本が世界に誇るためだけに使いたくありません。

むしろ、こう考えたいのです。


千四百年前にこの国で、

争いの現実を知る人々が、

それでも『和』を貴いものとして掲げた。


そして千四百年後の私たちも、

まだその課題の途中にいる。


『和を以て貴しとなす。』


これは、完成された国が未熟な世界に教える言葉ではありません。

争いを繰り返してきた人類が、

何度失敗しても、

なお目指すべき方向を示す言葉なのではないでしょうか。


世界平和とは、

世界中の人が同じ考えになることではありません。


違う民族がいる。

違う宗教がある。

違う歴史がある。

違う正義がある。


その違いを消すのではなく、

違いを抱えたまま共に生きる方法を探し続けること。


そのためには、

武器よりも対話を、

独断よりも議論を、

憎しみよりも理解を選ぶ努力が必要です。


千四百年前の人々が直面した問いを、

私たちもまた引き継いでいます。


そして今度は、

一つの国の『和』ではなく、

人類全体の『和』を考える時代に来ています。


和を以て、貴しとなす。

古い言葉です。


しかし、人類がまだ実現できていない以上、

それは決して古びた言葉ではありません。


むしろ、

私たちがこれから実現しなければならない未来を、

千四百年前から指し示している言葉なのかもしれません」


私は頭を下げた。

拍手はなかった。

会議場は静まり返っていた。

失敗したと思った。


そのとき、一人の代表がマイクを入れた。

先ほどまで最も強硬な発言を繰り返していた国の代表だった。

彼は私ではなく、向かい側の席を見ていた。

そこには、その国が長年敵対してきた国の代表が座っていた。


「一つ、確認したい」

会場が緊張した。

「昨夜の送電網攻撃について、我々はあなた方の関与を疑っている」

相手の代表が立ち上がった。

警備員が動いた。


だが最初の代表は手を上げた。

「しかし」

彼は続けた。

「我々が間違っている可能性もある」


長い沈黙があった。

「共同調査を提案する」


相手の代表は、しばらく答えなかった。

やがてマイクを入れた。

「受け入れる」

それだけだった。


拍手は起きなかった。

世界が救われたわけではない。

ミサイルも消えなかった。

自律兵器も止まらなかった。

国境も、宗教も、利害も残った。


その日の午後にも、別の地域で小さな衝突が起きた。

翌週には共同調査をめぐって再び激しい非難の応酬が始まった。

人類は何も学ばない。

そう書いた新聞もあった。

たぶん、その通りなのだろう。


それでも、半年後。

私は奈良の研究室で、十七条憲法の画面を開いていた。


第一条。

和を以て貴しとなす。


第十条。

自分だけが賢いのではない。


第十七条。

重大なことは、独断で決めてはならない。


千四百年前の人々も、これを書けば争いがなくなるなどとは思っていなかったのかもしれない。

だから十七もの条文が必要だったのだ。

だから何度も説かなければならなかったのだ。


私はようやく、あのとき上司が言った言葉の意味が分かった。

――昔も動かなかった。だから残ったんじゃないか。


平和とは、一度つくれば完成するものではない。

人間が争うたびに、

怒るたびに、

相手を敵だと思うたびに、

その都度、選び直さなければならないものなのだ。


画面の隅に、小さなニュース通知が表示された。

《ジュネーブ共同調査団、第二次報告書を公表。三か国の共同解析により――》

私は通知を閉じた。


そして第一条を、もう一度読んだ。


和を以て、貴しとなす。


千四百年前から、

人類はまだ、

その途中にいる。


「和を以て貴しとなす」というテーマで、AIとあーだこーだと会話した内容を基に、AIに書き起こしてもらった短編小説です。


私の著作か、AIの著作か、はたまた合作か。

単純に「和を以て貴しとなす。というテーマで短編小説を書いて」と言っても出来なかった作品であるとは断言しますが、私に独力で書けたかと言えば無理無理無理です。


AI小説に反対の意見もあると思いますが、結構面白いと思ったので投稿しました。

ご意見いただけると嬉しいです。

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