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車の音と、音はないはずの視線。

作者: 幻邏
掲載日:2026/07/23

夏のホラー2026参加作品。

ホラージャンルが苦手な方はご注意ください。



 あぁ、朝が来た……。

 私は会社に向かうべく、体を起こす。


 家を出て、駅まで歩く。夏の暑い日も、冬の寒い日も、駅までの道をひとり。

 私を守ってくれるのは、夏はハンディファン、冬はコートくらい。


「車に乗りたい……」


 朝の誰もいない道で、ポツリと漏れる独り言。

 車に乗っていれば、クーラーやヒーターという私専用の快適設備も付いてくる。

 だが、うちの会社は車通勤禁止だ。実家を出た時に車は手放したため、そもそも車を持っていないけど。



 今は夏。駅まであと半分以上ある位置で、すでに汗が出ている。


 あの交差点を渡ったら、だいたい駅まであと半分。


——ブオォォ


 後方から車のエンジン音が聞こえた。

 交差点の横断歩道まで、まだ距離がある私は、車の進行方向が交差点で右折だったとしても、その進路を遮る事はない。

 車が右折し、私の視界の先にある横断歩道を横切る。


「……え?」


 運転手が、何故かぐりんと首を(こちら)へ向けて、凝視してきた。

 右折により速度を落としている分、その車はゆっくりめに私の視界を横切る。

 運転手はその間、目を見開いて、こちらを見ているだけ。


「前、見なよ! 横断歩道に誰かいたら、轢いてるよ!」


 思わずツッコミを入れてしまうが、もちろんドライバーに届くわけもなく。

 本当に、前を見ずこちらを見ていたため、不気味さと危険しか無い。

 それにしても、知らないおじいさんに凝視される理由などなく、ただ不気味さが私の中に残った。



 とある日、いつも通り通勤していると、あの車が通り過ぎる。


——ブオォォ


 今日の私は、この間の歩道側ではなく、車道を挟んで反対にいる。

 信号の兼ね合いで、まだ渡れていないときは、進行方向を正面にすると左側の歩道を歩く。駅は右側の歩道の先にあるので、駅に着くまでには、どこかの信号で右側に行く。

 信号の変わり方次第で渡るため、右側の歩道へ行けるタイミングは毎日違う。


 今日は左側にいるから、あの交差点であの運転手の、凝視右折を見る事はない。

 だが、私の横を通り過ぎた時、運転手は左側に顔を向けていた。


 あの車の後ろには、高齢者運転標識——クローバーを模したマークが付いていたのが見えた。なんとも、危ない運転をしているなぁ。そんな思いも浮かぶ。


 車の音と共に投げかけられる視線……。

 夏の暑い気温も相まって、気持ち悪さが増える。

 前見てよ。視線も怖いけど、いつか絶対に誰か轢くよ。


——ある日も、車の音と視線をもらう。

——別の日も……あの日も、あの日も……。


 1度や2度なら気のせいと思えるだろう。

 何度も見てくる。

 よそ見運転も危ないし、何より気持ち悪い。



 通勤時間を変えてみる。

 少し早く家を出れば、2本くらい早い電車に乗れる時間になる。

 ギリギリまで寝ていたいけれど、あの不気味さは味わいたくない。


 道を歩いていると、コンビニの駐車場に、高齢運転者標識をつけた、あの車が停まっていた。

 車の方を見ないように、足早に通り過ぎよう。


「あの、ハンカチ落としましたよ」


 後ろから、女性の声が耳に届く。

 周りに人はあまりいない。きっと私のことだろう。


「あ、すみません。ありがとうございま——、す」


 ちょうど、あの車の横で止まってしまった。それに気づいてしまい、語尾が弱くなってしまう。


 視線を感じる。

 運転席に座り、駐車している車のドライバーには、おそらくこちらを見る用事はないはずなのに、顔を窓につけてそうな勢いで、こちらにギシギシとした視線を向けている姿が、視界の端に入る。


 声をかけてくれた女性からハンカチを受け取り、頭を下げる。

 女性は朝のランニングをしていたようで、爽やかな笑顔で走っていった。


 私はそのまま車が視界に入らないよう、車の方をみないよう、反時計回りで体の向きを変え、駅へ向かう。


——ブオォォ


 少し歩くと聞こえてきたクルマの音。

 私は反射的に、車とは反対側へ顔を向けた。

 音も声もなくギシギシと刺さる視線を認識する事が怖い……。



 通勤路を、ほんの少しだけ変えた。

 家から駅まで、ほぼまっすぐだから、大幅に変えることは難しい。

 通りを1本変えたら、駅までの距離が増える。

 けれど、あの車の音を、刺さるような視線を私は見たくない。



 ただ、見てくるだけ。

 声をかけられたり、触られたとかもなく、見てくるだけ。

 何がしたいのかわからないけれど、気持ち悪いからやめてと、声を上げる事も怖い……。


 通勤路を変えてから、音も聞こえなくなり、視線も見なくなった。

 けれど時折、私の脳裏には、あのエンジン音が聞こえてくる気がして、後ろを振り返ってしまう。

 そして音がないのに、ギシギシと鳴るような視線が浮かぶ……。

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― 新着の感想 ―
不気味な光景と視覚に音を交えるという手法が新しく、引き込まれました とても良い作品だと思います
こっ、こわいよう…… 聴覚と視覚。どちらも刺激され、ゾクゾクしました。 あのエッセイも思い出し、さらにソゾッ((( ;゜Д゜))) 日常に潜むホラーを堪能させていただきました。 読ませていただきあり…
ただ見てくるだけ。それも毎日だと、もうその顔も目付きも記憶しちゃう。 道を変えて会わなくなったのはいいけれど、いつまでも思い出してしまう…… こういうトラウマも嫌ですねえ(´;ω;`)ウッ… こわひ~…
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