聖騎士団員、伯母の使い魔に困惑させられる
二角ゆう様、元毛玉様、シロクマシロウ子様、清坂正吾様に感謝を込めて。
聖騎士団本部で久しぶりにヒルダ伯母と再会出来たモリーだったが、その伯母から、夕方には隣国南西部での任務に戻ることを伝えられた。
「あまりゆっくり話も出来なくて悪いな。でも、出来たら夕方、魔法玄関まで見送りに来てくれると嬉しいよ」
「必ず行きますから、待っていてくださいね」
自分を可愛がってくれる伯母を見送らないという選択肢など、モリーにあるはずがなかった。
彼女は聖騎士団所属の二級守護者として、その日割り当てられた分の魔道具にせっせと魔力と祈りを込め、苦手な書類仕事もどうにかいつもより早く終わらせた。そして聖騎士団本部の正面玄関から少し離れた所にある、魔法玄関に向かった。
魔法玄関は、魔法によって移動する際に魔法陣や妖精の輪などを出現させる為の場所で、正面玄関の扉があるのと同じ南側の壁に、扉を模したレリーフがある。豪華なシャンデリアもあるが、魔法絡みのややこしい事情のため、日中の明かりは遥か上の方にある天窓だけと定められている。それでも真っ暗ではないのは、壁と床が丁寧に磨かれた白い大理石だからなのだろう。
モリーがそこに着いた時、伯母はまだ来ていなかった。
ただ、犬ほどの大きさで、二本の後ろ足で立つ猫――猫型妖精がいるだけだった。
手入れの行き届いた長い毛並みは如何にも優雅で、夜空のように黒い。しかし胸部から腹部にかけての毛は新雪のような純白。逆三角形のすっきりとした輪郭とまっすぐに通った鼻筋には高貴さがうかがえる。そしてペリドットさながらの緑の瞳には、明らかに高い知性の輝きがある。これほど美しい猫を、モリーは他に知らない。
彼は間違いなく伯母の使い魔だった。
「おや、これはモリー嬢ではないか。近頃家もどきに呑まれたと聞いて我が最愛が心配していたが、君の身体は健康そのもの、魂にも小さな傷一つ付かず何よりだ」
如何に相手が美しく大きな猫とはいえ、その口からうっかり聴き惚れてしまいそうなバリトンの美声が発せられると、モリーは少したじろいでしまった。何となく、相手はもっと愛らしい声をしていると思っていたからだ。普段の彼は伯母の少し後ろに静かに控えているので、よく考えればこれまで直接言葉を交わしたことはなかったのだが。
モリーは相手に挨拶を返さなければ礼を失すると思い、伯母が彼を何と呼んでいたか、慌て気味に思い出した。
「ボンボンショコラ公におかれましては、御機嫌麗しく」
モリーの拙い挨拶に、彼は慈愛の込もった苦笑いを浮かべた。親戚の子の失敗を優しく窘めるかのように。
「その甘美な呼び名は我が真実の愛だけに許したもの。我が名はオシアンだ。しかし、モリー嬢よ、君だけは特別に『伯父』と呼ぶことを許そう」
バリトンの美声で告げられた言葉に、モリーは困惑した。
「……それは大変光栄なのですが」
伯母が昔こっそり明かしてくれた話によれば、彼は猫型妖精の中でも大層高い地位にあるのだという。その彼を馴れ馴れしく伯父と呼ぶのは如何なものか、とモリーが思っていると、彼は優しい笑顔で言った。
「構わぬ。君は我が最愛の唯一の姪。ならば我が姪でもあるということだ。それに我は、数十年前、我が最愛と共に薔薇荘に滞在した時には、幾度もこの自慢の尾で赤ん坊だった君をあやしたものだ。いやはや、君はあっと言う間にすっかり大きくなって、立派なレディになってしまったがね」
……言動が完全に親戚のおじさんだ、とモリーは思った。そして気付いた。どうやら先程の優しい苦笑いは、「親戚の子を見るような」というよりも本当に伯父としての眼差しを向けていたらしい、と。
それにしても、先程はつい聞き逃したが、伯母を最愛と呼ぶのも少々穏やかではない。本当に相手を伯父と呼んで差し支えないものか悩んでいると、ようやく伯母が現れた。
「おう、待たせたな。ハワードの奴、話がまどろっこしくていけないよ。ボンボンショコラ、モリーの相手をしてくれてありがとう」
現役の聖騎士団員でハワード卿を呼び捨てにするのはヒルダ伯母くらいのものだが、これはヒルダ伯母がかつて聖騎士団員を養成するアーケイディア単科大学でハワード卿を指導していたからだ。
そのヒルダ伯母の顔を見るなりオシアンのペリドットの瞳を輝くのを見ては、鈍感という定評のあるモリーでさえ、オシアンがヒルダ伯母を心から愛していることに気づかないわけにはいかなかった。
「何、久し振りに姪に会ったのだ、我もゆっくり話をしたかったのだよ」
オシアンの言葉を聞いたヒルダ伯母は、さも当然のように頷いた。
「そうだな、ボンボンショコラにとってもモリーは姪っ子だもんな。赤ん坊だったモリーに尻尾を涎塗れにされても、いつも笑って許してくれたし」
モリーは伯母を凝視した。
「伯母上、一体ドウイウコトデスカ」
尋ねる声が強張ったが、これは仕方あるまい。
ヒルダ伯母はけろりと笑って答えた。
「オシアンと私は主従にして義姉弟だからな。それならオシアンにとってもモリーは姪ということさ」
モリーは少しほっとしたような、何処か残念なような複雑な思いで、伯母を見送ることになった。猫型妖精が人間の姿になって人間と結ばれたという話は皆無ではないが、それが現実に自分の身内の話となると、すぐに受け入れられるものではない。
オシアンが魔法玄関の大理石の床に、妖精の輪を浮かび上がらせた。
その輪の中に飛び込んだ伯母の姿が見る間に消えていく。伯母の姿が完全に見えなくなったところで、オシアンがモリーにウインクをした。
「なかなか我が想いに気付いてくれないところもまた、彼女の可愛いところなのだよ」
「……ガンバッテクダサイネ、伯父上」
オシアンはモリーが伯父と呼んだことにひどく御満悦の様子で、ゴロゴロと喉を鳴らした。そして妖精の輪に飛び込み、あっと言う間に見えなくなった。
二角ゆう様、元毛玉様、シロクマシロウ子様、清坂正吾様より頂いたアドバイスを全て活かす形で考えてみました。イケオジというよりもカカオ72%くらいの濃さのキャラクターになってしまいましたが、多分、普段はすごく頼りになるオジサマだと思います。




