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ターナ様は私の腰に手を回したまま私をエスコートし、馬車へと乗り込んだ。
私は滲みだしてきた過去の仄暗い感情を引き摺ったまま、俯いて必死に蓋をしようとしていた。
「トレニア、大丈夫か? 顔色が悪い。少し休もうか」
「ターナ様、私は大丈夫です。ただちょっと疲れただけです」
ターナ様は心配そうに見た後、ギュッと私を抱きしめる。
「大丈夫じゃないだろう? グリシーヌ夫人が部屋に入って来た時からトレニアは辛そうにしていた。覚えているか? 卒業パーティーの時にナザルが君の妹に言い寄られたことを」
ターナ様はふっと抱きしめる手を緩め、私に微笑みながら話を続けた。
「ナザルもそうだが、俺も幼い頃からあの手の令嬢を相手にして来た。嫌と言うほどだ。
綺麗だとか美人だからとか、顔で好きになる事はない。色目を使ってくる奴ほど嫌いなものはない。
トレニアは俺にとってかけがえのない存在なんだ。それは姉や妹が傾国の美女だとしても揺らがない。揺らぐ奴は何も見ていないうわべだけの馬鹿な奴だ。俺はトレニアさえいれば良い。それでは駄目か?」
ターナ様の言葉に先ほどまでの後ろ向きな感情は霧散していく。
「……ターナ様。嬉しいです。だって、だって、みんな、私だけを見てくれる人はいなかった。いつも、いつも姉や妹に奪われていく。だから……」
「そんな心配はいらない。我が婚約者殿、顔を上げて俺に顔をよく見せてくれ」
ターナ様は私の顎をグイッと持ち上げお互いに目が合う。その近さに恥ずかしさが込み上げてくるけれどターナ様の手は私を離してくれそうにない。
「……ターナ様」
「ターナだ」
「……ターナ」
「ようやく呼んでくれた」
彼は少しはにかむように笑顔を浮かべた。
「色々と横槍が入る前に、君を他の奴に取られたくないと少し急ぎすぎた。一年後に結婚する事は決まったから後はゆっくり恋人としての時間を楽しみたい」
「は、い」
先ほどとは違い、ふわふわと形容しがたい柔らかな感情が私を包み、それ以上言葉にすることができなかった。
「ではまた明日」
ターナ様に寮まで送ってもらい、また週末に出かける事になった。




