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翌日はゆっくり寝てしっかりと休んだおかげで仕事も無事復帰し、不安なく取り掛かる事が出来た。何にも変わることなく仕事に取り組んでいたのだけれど、どうやら周りは違ったみたい。
ナザル薬師やレコルト薬師から本当にターナで良いの? 俺達が婚約者に立候補してもいいよって心配されたり、ロイ薬師達にはおめでとうと祝福されたりしたわ。
ターナ様は人が変わったように甘くなったかもしれない。そうは言っても仕事に関しては厳しいのだけど。
そうこうしている間に私の休みの日となった。
迎えに来たターナ様の馬車に乗り、久々の侯爵邸に着いた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。旦那様がお待ちです」
和やかな執事に案内され、私達は執務室へと入る。
「お父様、ルーカス様、お久しぶりです。今日は手紙にも書いた通り、婚約したい方が出来たのでご報告と復籍と婚約の手続きのお願いに上がりました」
私はターナ様と共に父に挨拶をする。
「君がグレイル伯爵子息のターナ君だね。グレイル伯爵からも連絡をもらった。私達はトレニアの事をずっと心配していたんだ。ターナ君にはとても感謝している。
不甲斐ない私達はずっとトレニアを傷つけてきた。こんな私が言うのは違うかもしれないが、トレニアを誰よりも幸せにしてやって欲しい」
父もルーカス様もターナ様に頭を下げている。これにはターナ様も慌てていた。
私達は和やかな雰囲気で婚約の話や婚姻後の話を詰めていった。
ターナ様は最短で結婚したいと言っていたけれど、ドレスや式場の手配等が間に合わないので一年後の結婚となった。
侯爵家と伯爵家の繋がりの為に盛大な式にしたいと両家からの要望が出たみたい。私としては身内だけで良いのにと思ったのだけど、みんなから即却下されてしまった。
大方の話が纏まり、後日、グレイル伯爵と父とで詳細を決めるみたい。
なんとか上手くいって良かった。
……と思ったのは束の間。
それはいつも突然やってくる。
不意に扉が開かれ、私達は視線を向けると姉、グリシーヌの姿がそこにあった。
どうやら姉の子供は乳母に預けているようで姉一人が部屋に入ってきた。
「グリシーヌ、入室を許可した覚えはないが。何か用か?」
父が珍しく低い声で問う。
「あら、お父様。別に良いでしょう? 久々にトレニアが帰ってきたので顔を見に来ただけですわ。領地から息子と久しぶりに帰ってきたのだし」
姉は全く気にする様子もなく、話し始める。
「トレニア、横にいる方がトレニアの婚約者? 素敵な方ね。お名前はなんて言うのかしら?」
姉がターナ様に興味を示している。
どうしよう。
泣きたくなる。
また彼は他の人と同じように姉を好きになってしまうの?
私は黙って俯いていると、ターナ様はそっと私の腰に手を回して密着した。
「私、ターナ・グレイルと申します。本日はトレニア嬢と婚約する為の手続きをしに来たのです」
「あら、ようやく妹は婚約する気になったのね。グレイル伯爵子息様、今度、我が家でお茶でもいかがかしら? ルーカスも喜ぶわ。趣味はなにかしら? 私も色々と聞いてみたいわ、ターナ様の話を、ね?」
姉は頬笑みながらターナ様を知りたいと言っている。
どうしよう。
嫌だ。
彼を取られたくない。
私の中でじわりと暗い感情が滲みだしてくる。
「グリシーヌ様、それは嬉しいお誘いですね。私の趣味は薬の開発をすることなのです。趣味と仕事を兼ねているんです。
そうそう! この間のジルス草の葉先を三ミリ切り取り … … …という部分が…」「ターナ様、詳しいご説明ありがとうございます。流石、王宮薬師の方ね。いい勉強になりましたわ。私は用事を思い出したのでこれにて失礼しますわ」
難しい話は面倒だとばかりに姉はそそくさと立ち上がり、「私に気の利いた会話の一つできないなんてね……」と小声で溢しながら部屋を出て行った。
反対に父とルーカス様は薬草の話に興味を持ったみたいだわ。領地が薬草の産地だから自然と話は通じるわよね。
「さて、お父様。ルーカス様。今日はこれでお暇させていただきます。また来ますね」
「あぁ。楽しみに待っている。いつでも帰ってきなさい」
父は優しくそう言ってくれた。




