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翌日、父は学院へ連絡し寮へ入る手続きをした。入学の準備期間ということもあり、学院からはすぐに入寮の許可が降りた。
入寮を決めたのは父なりに気まずいと思ったのか、それとも私への配慮だろうか。
なぜ私の願いを聞こうと思ったのかは分からないけれど、これで家族と顔を合わせなくてすむと思うと少し気が楽になった。
入寮が決まり、慌ただしく私の荷物が学院の寮へと運ばれていく。寮では侍女を一人付けることができるが、基本的には自分で全てのことをしなければならない。
私は貴族令嬢だから一人で身支度が出来ないの、ということはない。むしろ何年も領地で過ごし、領地を周るために一人で身の回りのことをしていたので問題ないの。
「トレニアお嬢様、旦那様がお呼びです」
荷造りを終え、出発直前に父から呼ばれ私は執務室へと入る。
「お父様、お呼びでしょうか?」
父はソファに座っており、私は父と向かい合うように静かに座る。執事も何も言わずお茶を淹れてくれる。父は表情を変えることなく黙ってお茶を飲み、私も合わせて口を付ける。
何を言われるのだろう。
沈黙が私を息苦しくさせる。
あの日から私は家族と一度も食事も話も顔を合わせることもしていない。
もういいの、私は誰も信用ができない。
誰も私のことなんて見ていないじゃない。
「……お父様。お話とは何でしょう」
少し眉間に皺を寄せた父が口を開く。
「トレニア、あの時はグリシーヌの事で気が立っていたとはいえ、トレニアの気持ちを全く考えていなかった。……すまなかった。すぐに新たな婚約者を充てがう」
「謝罪など要りません。それに新たな婚約者を探そうとしても私の歳にあった良い方は既に婚約者がおります。婚約者をすげ替えられる程の無能な私を引き取る方なんて年老いた方の後妻位ではありませんか。
姉に振り回された私はどこまで我慢すれば良いのですか? 少しでも悪かったと思うのなら私に学院卒業後、自由を下さい。私は家族から離れたいわ。もう跡取りでもないのです。貴族籍も抜いて平民にして貰うのが私の希望です」
父は私が反論するとは思わなかったようで目を見開き、固まっている。
「……そうか」
父は一言そう呟いた。
そして父は暫く考えた後、また口を開いた。
「……そこまでトレニアを苦しめていたのか。分かった。学院卒業後は働きに出ても構わない。ある程度の自由は許す。だが、我が家から籍を抜く事を許す事は出来ない」
「分かりました。ではお父様、私はこれから学院の寮へと向かいますので失礼しますわ」
私は言うことはしっかりと言ったとばかりに立ち上がった。
「トレニア、グリシーヌたちのことは気にせずいつでも邸に帰って来なさい」
父は部屋を出ようとする私に声を掛ける。
「もうここに私の戻る場所はなさそうですが、気が向いたら帰りますわ。では行ってきます」
私は父にそう告げ、学院の寮へと向かった。