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「疑問に思うことは最もだ。……よし、トレニア。そんなに我が家のことが気になっているのなら今から伯爵家へ行って両親に会ってみるといい。では、行こうか」
「えっ!? い、今からですか?」
「ああ、何の問題もない」
とても急な展開に私の頭が付いていけていないわ。驚く私を気にする素振りのないターナ様は笑顔で優しく私の手を引き、植物園の出口に向かって歩く。
「えっと、ターナ様?」
「なんだ?」
「あの、つかぬことを伺いますが、ターナ様は私と結婚しても良いとお考えですか?」
私のその言葉にターナ様は歩みを止めて私に向き直る。
「なんだ、そんなことか。決まっているじゃないか。今すぐにでも俺の妻になっても良いとさえ思っているが?」
「ええと、いつの間にそんな考えに??」
ターナ様は『全く気づいていなかったのか』と言わんばかりに驚き、目を見開いている。
そして近くにあったベンチまで行き、一緒に座ると私の方に体を向けて話を始める。
「気付いていなかったのか……。仕方がない、詳しく説明しよう。あれはトレニアが仕事を始めて一年経つかくらいの時だった。君の家から養女としての打診の話が来た時に君以外の薬師で集まって話し合いがあった。
もちろんマード薬師長やヤーズ薬師、ロイ薬師は養女にしても良いとすぐに答えが出た。だが、若手組の俺とナザル、レコルトはそれを拒否した。俺達は養女としてトレニアを迎えるのではなく、妻として娶りたいと話をしていた」
そんな話が私の知らないところで話されていたのね。全く知らなかった。
「驚いているな。トレニアはそのことに全く気づいていないなかったんだからな。それで俺達三人は君を妻に迎えたいと長々と話し合ったが決まらなかった。そこでマード薬師長は一番初めに課題を済ませた者を婚約者候補に推す、と 俺達三人に課題を出してきた。
酷いだろう? 俺達はすぐに課題に取り組んだ。その結果、俺がトレニアの婚約者候補に躍り出たわけだ。俺はすぐにでも君と結婚したいと望んでいる」
「でも、聞いても良いですか? 一年前に決まって、なぜ今なのですか?」
ターナ様はふっと微笑み答える。
「それはマード薬師長から許可が降りなかったからさ。愛弟子のトレニアは優秀な薬師だ。やってもらいたい仕事は山ほどある。加えて薬師は少数精鋭で人が足りずに抜けられると困る、とね。
みんなは文句を言っていたな。
今年はマテオが薬師として入ったことでトレニアを口説くことが解禁となった矢先、君は隣国に行ってしまった。ようやく君が戻って来た。俺としては長い間、この時を待っていた。理解は出来たかな?」
ターナ様は真剣な表情で私を見つめているが、か、顔が近いわ。
私は恥ずかしくなり、気が動転しそうになるのを下を向き必死で抑える。
「り、理解しました。でも、ターナ様は二度も婚約破棄された私で本当に良いのですか?」
「やはり何も分かっていないようだ。トレニア、君しかいない。君が良いんだ。二度もと言うが、俺はもっと見合いをして断られている。気にするはずがない。やはり、今から伯爵家に向かおう」
ターナ様はそう言って立ち上がり、私の手を引いて馬車へと向かった。
馬車の中で私は恥ずかしさの余り視線を窓に向けようとしたけれど、その度に視線を戻される。
繋がれた彼の手から伝わるぬくもりは私の感情を限界まで揺り動かすのに十分で、「俺にはトレニアが必要だ」と説明されている気がする。
ターナ様と息がかかりそうなほど顔が近い。嬉しい、気恥ずかしいという思いと、騙されているのではないかという疑念。
今まで感じたことのない様々な感情に意識がどこか「現実ではないのかもしれない」と思わせている。
ある意味顔面凶器だわ。




