35 カイロニア第三王子執務室
「あーぁ。彼女、トレニアちゃんは帰っちゃいましたね。カイン殿下との距離は埋まらなかったですね」
カインの専属従者は軽い感じで殿下と話をする。カイン殿下は執務室の机にめり込むのではないかというほど頭を突けて項垂れている。
「……それ以上言うな。私だって分かっている。マリーナ嬢が乗り込んで来なければこんな風にはなっていない」
「いや、その前からでしたよ? 気づいていなかったんですね。食堂では他の令嬢達の話はするわ、騎士団の訓練所でご令嬢達に囲まれていた時の殿下の対応に呆れていましたよ。カイン殿下のデリカシーのなさ。
あーあ、残念。残念としか言いようがないですよ。あんな子もう出て来ないですからね。捕まえられなかった殿下、ドンマイ!」
カインは従者に指摘され、返す言葉もないようだ。
「そんな残念な殿下に、私が、素敵な情報をお持ちしました」
カインの側近の一人はソファに座りながらそう言って優雅にお茶を飲んでいる。
彼は優秀な文官で執務を担当しており、トレニアの情報を集めていたようだ。
カインは側近の言葉にピクリと反応する。
「彼女が言っていた通り。やはり絶世の美女と謳われたグリシーヌ・ガーランド侯爵令嬢の妹でした。グリシーヌ嬢が婚約破棄されたせいで無理矢理自分の婚約者と婚約の交代をさせられ、侯爵家の跡継ぎコースから排除されたらしいです。
その後、クラスメイトの侯爵家嫡男と親しくなり婚約したが、絶世の美女グリシーヌを上回ると噂されている妹を見て、婚約者を妹と交代するように婚約者から告げられたようです。
その上、実の母からいわくつきの貴族に売られそうになり、母から逃げるために平民となったとのことです。
彼女からしてみれば身内や婚約者がクズ揃いだから顔も良く地位もある男でも興味がなかったんでしょうね。
それと彼女の人となりなのですが、学院の成績は首席、優秀なため卒業半年前から王命で薬師として働くために飛び級で卒業しておりました。
周りからは姉や妹の事で憐れみを込めて『残念令嬢』と呼ばれていたが、彼女の周りにはいつも沢山の人がいたそうです。
現在では筆頭公爵家のマード公爵がトレニア嬢は愛弟子だと公言し、同僚の貴族達も養女か妻として迎えたいと希望を国に出しているそうです。
もちろんガーランド侯爵も病気となった母親を領地へ送り、周りの貴族からの抗議を受けて妹を修道院へ送った。
その上でトレニア嬢の復籍を願っているとの事。上位貴族が挙って欲しがるご令嬢を逃してしまうなんて勿体なかったですね」
「俺も彼女に惚れそうになりました。彼女は本当に素敵な女性でしたね」
「だよな」
文官と従者はどこか他人事のように楽しげにお茶を飲んでいる。
カインは復活できないほどのショックを受けたようで熱を出し、数日ベッドの住人となったのだった。




