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「トレニア嬢、お手をどうぞ」
カイン殿下にエスコートされそのまま王宮のカイン殿下の執務室へと向かった。
普段は騎士団団長として団長室を使っているのだけれど、王子としては別に王宮に執務室があるのだとか。すれ違う人達の視線が痛い。
そうよね。
他国の軍服に白衣を着て王子殿下にエスコートされている女など目立つ。
ドレスを着れば良いじゃないかと思われるけれど、嵩張らなくて動きやすくてお腹に優しいのはズボンなの。
もう、一生ズボンでいいとさえ思っているくらいなの。
因みに昨日出かけた時の服は紺のワンピースよ。唯一持って来た服だったの。
ローサが居なければズボラ化が止まらないと自分でも思う。
「トレニア、昨日は楽しかった。またトレニアと出かけたくなる。本当にサロニアに帰ってしまうのか?」
「ええ。カイン殿下と街へ出かけられたことは一生の思い出です。サロニアに帰ったらここで頂いた薬草達のお世話もありますし、新薬にも取り組めそうですもの。今からワクワクしているんです」
薬草の事を考えると早く国に帰りたくなってしまったわ。
やりたい事だらけなの。
でも、もし、本気で傍に居てほしいとそう思われていたなら……。
ううん。
そんなことはないわね。
私はすぐに気持ちを切り替え、帰国してからのことを頭に思い浮かべながら執務室に入った。
そこでは既に昼食の準備がされていた。
従者が運んできた食事をカイン殿下と和やかな雰囲気の中、いただいていると、外から騒がしい声が聞こえてきたので手を止め、扉の方を振り向いた。
カイン殿下も気になったようだ。
彼が従者に視線を送ると、従者が頭を下げ、確認しにいくようだ。
従者が外の様子を見ようと扉を開けた時、一人の令嬢が突然部屋へ入ってきた。
「カイン様! また女を連れ込んだのですか! 私という者が居ながら」
「マリーナ嬢っ」
彼女の名を呼ぶカイン殿下は少し焦っているようにも見える。
彼女は部屋に入った第一声が『また』と言ったわ。
私は何人目の女性なのかしら?
よく分からないけれど。
私は明後日帰りますよー安心して下さいと言いたい。煽るわけにはいかないので言わないけれど。
カイン殿下は突然入ってきたご令嬢をなだめているけれど、ご令嬢は興奮冷めやらぬ感じだ。どうしよう。
私はここに居ない方が良いのかしら?
でも途中退席は失礼に当たるわ。
思い悩んだ末、二人から視線を外し、マナー違反にならないよう食事を急いで食べる。
後ろにいた従者にそっと声を掛けた。
「私は、戻ったほうがよさそうね」
「トレニア様、申し訳ありません」
夫婦喧嘩のように二人は話をしていて私には目もくれていないようだし、部屋に帰るのが良さそうね。
「あ、あの……」
私が声を掛けると、その令嬢はキッと私を睨んだ。
「何かしら!? カイン殿下は私の婚約者なの。これ以上彼につき纏われたら困るわ」
「マリーナ嬢、君はまだ婚約者ではないだろう」
「陛下からの返事を待っている最中ですが、殿下に近寄る女はいつでも排除できましてよ」
わー凄い。
とても強いご令嬢だわ! と内心、感心してしまったけれど、淑女の仮面を取り出し、平然を装っている。
「カイン殿下、お食事はとても美味しかったです。カイロニア国の話が聞けてとても有意義な時間を過ごさせていただけて嬉しかったですわ。帰国後は先ほどお話しの通り、カイン殿下のおかげで新薬開発に取り組めそうです。ご協力ありがとうございました。では失礼しますね」
あくまでカイン殿下と『真面目な話をしてました』という感じを出し、礼を執り退室する。
ご令嬢は興奮している様子だったけれど、私の話した内容や素振りから落ち着きを取り戻したようでそれ以上口を開くことはなかった。
反対にカイン殿下は何か言いたそうだったけれど、無視で良いわよね。
執務室まで押しかけてくる人がいるなんてやはりモテる男は辛いのね。
警備に当たっていた騎士が止めなかったということはそういう間柄なのでしょう。
さて、私は部屋に帰って先程までの出来事をローサに話して聞かせた。
「トレニアお嬢様、カイン殿下を選んではいけません。絶対後悔しますよ。令嬢達にいい顔がしたい、八方美人選手権世界大会一位なのですよきっと。
お嬢様、これ以上カイン殿下に近づいては駄目ですからね? 不幸になるだけですから。そういう奴は紙屑同様、ポイするのが良いです。そんな奴ポイです、ポイポイ!」
珍しくローサの言葉遣いが荒い。
「ふふっ、そうね。全く気にしていないわ。ちょっと修羅場を見ちゃった? くらいにしか思っていなかったわ。でも私が去った後、あの二人はどうなったのか気になるわ」
それから少しした後、カイン殿下の従者がお花を持って、謝罪と次は邪魔が入らないようにするので改めて一緒に食事をしようと誘いのお手紙を頂いた。
『先ほどはすまなかった。もし、君に私への気持ちが少しでも残っていたならもう一度二人で食事をしたい』
そう書いてあった。私は少し考えた後、謝罪は受け取るがお誘いは『ごめんなさい』と丁寧に断りを入れておいた。
従者の方も分かってくれているようで「まぁ、仕方がないですよね」とあっさり戻っていった。
そうして私は薬師達に挨拶をして最後の日は荷物を纏めてみんなが見守る中、技術者達と共にサロニア国へと帰国の途についた。




