28 侯爵家 シガールーム
「義父上、どうしたのですか?急に呼び出して」
ルーカスが心配そうに義父のマルスに話しかける。マルスは苛立つように葉巻を吹かしている。
「グリシーヌはどうだ?上手くやっているか?」
「まぁ、何とも言えないですね。目を離した隙にドレスや宝石を買い漁ろうとしますから」
「我が娘ながら情けない。早く孫を頼む」
「そうですね。ところで義父上、そのことで呼んだのではないでしょう?」
「……ああ。実はな、ソニアの事だ。卒業パーティーでトレニアをエスコートしていた公爵子息に言い寄ったようだ。しかも婚約者であるジョシュア君の目の前で、だ。公爵家から苦情が来た」
「……それは全く笑えない話ですね」
マルスは何度もタバコを吸っては消しを繰り返し、灰皿は満杯になっている。
眉間に皺を寄せたルーカスはマルスの言葉を待つ。
「これまで四度の婚約者交代をしているのにも拘わらず、皆の前で五度目の交代も厭わないと公言したらしいのだ。ソニアは四度目の婚約破棄ではお茶会の主催者である別の公爵家からかなり言われていたのに気にも留めていないようだ。
全く鳥頭だな、我が娘ながら誰に似たのか……。今回は公爵家から『デビュタント前から令嬢が既に男漁りをし、金品を貢がせている。
夜会へ本格的に出始めたらそれこそ目も当てられない。侯爵家の為にも最果ての修道院へ入れろ』と言われたのだ。二つの公爵家から苦言が呈された。従うしかあるまい」
ルーカスの眉間の皺が更に深くなった。
最果ての修道院とは罪を犯した令嬢達が入る、謂わば牢獄のようなもの。永久凍土もあると言われる寒さが厳しい土地で、一度入ると二度と出る事は叶わない。
修道女として教会で生涯神に身を捧げることになる。
逃げ出した所で周りは雪に阻まれ、雪が降っていない時期には獣が徘徊し脱走する事は不可能だ。
冬は暖も満足に取れない程に寒さが厳しく、修道女たちが毎年数名は命を落としてしまうと聞く。
「義父上、確かにソニアは美しいが、グリシーヌ以上に奔放で世間を分かっていない。下手をすれば侯爵家は爵位返上もしなければいけなくなる可能性も充分あります。俺も公爵家の言う通り最果ての修道院へ入れた方が良いと思いますね」
「だろうな。ジョシュア君にとっては朗報だろうな」
「そうですね。羨ましい」
ルーカスは素直にそう呟くがマルスはそうだなと返すしか言葉がない。
「そういえば何故公爵子息がトレニアをエスコートしていたのですか?」
「それはな、君にもまだ言っていなかったな。トレニアは卒業の半年前から王宮薬師として王宮で働いているんだ。マード公爵の愛弟子となり、彼の庇護の元で仕事をしている。
トレニアは半年程だが飛び級制度で先に卒業していてな、エスコートしてくれた公爵子息は職場の先輩だそうだ。
トレニアは職場で可愛がられていると侍女が手紙を寄越してくれている。優秀な娘を自ら捨てるなんてな」
全ては自分達が間違えていたのだから仕方がないと納得するしかない。
「あんな無茶苦茶な娘だが、それでも屈託なく笑う姿は幼い頃を思い出してしまうんだよ……」
ルーカスもマルスもため息を吐くように煙が上がっていくのを見つめるしかなかった。




