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会場には沢山の卒業生とそのパートナーが和やかな雰囲気を醸し出している。
パーティーは学院長の挨拶と共に始まった。パーティに参加した人達の視線が何故か私とナザル薬師に向けられている気がする。
「ナザル様、気のせいでしょうか、みんな私達を見ている気がするのですが」
「トレニア嬢が美しく着飾っているから珍しいんじゃないかな? さぁ、僕達も一曲踊ろう」
私達はダンスホールの中央で踊り始める。
私自身ダンスは嫌いではないのだけれど、あまりダンスをする機会もなかったから踊るのも久々だわ。
ナザル様はとてもダンスが上手で私を上手くリードしてくれるから私のダンスが上手なんじゃないかと錯覚してしまうわ。
「ナザル様、ダンスがとても上手なのですね」
「ふふっ、これでも公爵家だからねぇ。最低限は踊れるよ?」
ひぇっ!!
公爵家だったの!?
「トレニア嬢は知らなかったの? まぁ、僕は四男だし、普段は薬師棟で引き篭もっているからね。薬師の中でマード薬師長の次に身分が高いから今日は誰に喧嘩を吹っかけられても大丈夫だよ。もちろん他の薬師のみんなが推薦した理由もそれね?」
不敵に笑うナザル様を他所に新たな事実を知った私は驚愕するしかなかった。
公爵家子息が平民をエスコートし、ファーストダンスを踊る。周りからは確かに不思議に映っただろう。
私達はダンスを踊り終え、軽食コーナーへ向かおうとすると、私の前にやつれたジョシュア様と満面の笑みを浮かべたソニアが立ち塞がった。
「あら、お姉様。そんな素敵な男性といつ知り合ったの? ジョシュア様も素敵だけれど、そちらの方も素敵ね。お名前は何て仰るの?」
ソニアが早速食指を動かしてきたわ。
「ソニア、失礼が過ぎるわ。婚約者の居る身で男性に声を掛けるなんて」
「だって狡いじゃない。お姉様ばかり素敵な人と知り合って。私もお近づきになりたいわ」
呆れるわ。
尻軽発言に眩暈がしてくる。
流石にこれはないとナザル様も引いてしまうのではないかさら。
そう思っていると、ナザル様は笑顔でソニアに答えた。
「ねぇ君、僕と付き合いたいと? 婚約者君、いいのかい? 堂々と不貞宣言だよ」
「僕からは婚約破棄ができないですし、何も言えないです」
ジョシュア様が青い顔をしているわ。
もしかしてジョシュア様はナザル様を知っているのかしら?
「ふふふっ、面白いね。トレニア嬢の妹君、名前は何と言うのかな?」
「私はソニア・ガーランド、十六歳ですわ。今度の舞踏会シーズンにデビュタント予定ですの。まだお茶会にしか出ていない深窓の令嬢なんですよ! 素敵なお兄様のお名前は何と仰るの?」
「自ら深窓の令嬢と言うなんて凄いね。覚えておくよ。僕は名乗る程でもない。もしも、僕と遊びたいならそこの彼と婚約破棄するなら考えてあげるよ?」
そう言ってナザル様はソニアに近づき、彼女の顔を指で持ち上げ、自分の顔を近づけるとソニアの顔は真っ赤になった。
それを見たナザル様はニコリと微笑み、パッと手を離し一歩下がって和やかに話をしだす。
「ジョシュア君、良かったね。こんなに素敵な婚約者を手に入れたんだ。凄いな! 感動するね。世界で一番素敵な婚約者を手に入れて幸せだね。こんなに素敵だからトレニア嬢から乗り換えるわけだ。しっかりと覚えておくよ」
ナザル様のあからさまな発言にジョシュア様は顔の色をなくしているけれど、ソニアは満面の笑みを浮かべナザル様の腕を取ろうとしているわ。
この子そのままの意味で捉えたのかしら。
頭がスカスカ過ぎて私が泣けてくるわ。
「褒めてくれて嬉しいです! ねぇ、素敵な私の王子様。是非、今から私とお茶をしましょう?」
ソニアの発言にジョシュア様も私も目を見開く。婚約破棄も厭わないのね。いや、そこまで考えが至っていなさそうだわ。
ナザル様は一瞬ソニアが高等な、冗談を言ったのかと思って考えたようだけれどそれはないなと思ったのかしら。お腹を抱えて笑いはじめた。
「あっはっはっ。いやーお腹が痛いね。冗談キツイね。ソニア嬢だっけ? 嬉しいな。後で侯爵に知らせを出しておくよ。ジョシュア君、ソニア嬢をしっかりと捕まえておかないと困る事になるよ? では、僕達は失礼するよ」
顔色を無くしたジョシュア様は深々と礼をしている。和やかで上機嫌なナザル様は私の腰に手を添えて会場のバルコニーへと向かった。
移動中ずっとナザル様は震えていたわ。私はバルコニーへ出てすぐに口を開いた。
「もう! ナザル様。私、びっくりしました。まさかソニアがこんなにもお馬鹿だったなんて。元家族として恥ずかしくて居た堪れないです。穴があったら入りたいわ」
ナザル様はずっと堪えていた物が我慢ができなくなったのかヒィヒィとお腹を抱えて笑っているわ。
「いやー。来てよかったよ。令嬢に囲まれるかと思ったけれど、君の妹のおかげで寄り付かなかったし、良いものが見られた。土産話には良いね。最高だ。トレニア嬢、ソニアをどうしたい? 彼女は侯爵への知らせを婚約の打診だと思っているだろうけど!」
ナザル様はまた思い出し、笑いに打ち震えている。
「そうですね。妹はもう四回も婚約者を代えてジョシュア様で五人目の婚約者なのです。あれが世に放たれてしまうのは不味いと思います。せめて、修道院で慎ましやかな暮らしをさせてあげた方がいいかと」
ソニアはまだ精神的に未熟できっとまだ自分のことを理解が出来ていないのだと思う。
もっと“普通”の幸せに目を向ける事ができていたら。元姉としても少し心が痛む。
「そうだね。アレが世に放たれるとなると貴族社会は大荒れだし、侯爵家は爵位返上するかもしれないだろうね。まぁ、それも楽しそうだけれどね。ジョシュア君は救われてしまうけど良いの?」
「構いませんわ。恋に落ちてしまうのは誰にも止められませんもの。既に痛い目に遭っているでしょうし」
「分かった。後の事は任せておいて。さて、帰ろうか。まだパーティーで踊り足りないかい?」
「いえ、パーティーに参加も出来たし、ナザル様と踊れただけで充分幸せです。帰りましょう、今すぐに」
上機嫌のナザル様と一緒に王宮薬師棟まで送ってもらい、一人先に寮に帰った。
「ローサ! 疲れた! お腹が空いているの。何かないかしら」
「トレニアお嬢様、卒業パーティーはどうでしたか?」
私はローサが用意してくれた軽食を食べながら卒業パーティーでの出来事を話して聞かせた。
ローサはプルプルと手を震わせて茶器を乱暴にテーブルに置いていた。ソニアの馬鹿さにイライラしたのだと思う。
明日のナザル様はきっと上機嫌になることは間違いないわ。