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ディラン殿下からの話で私の気分は急降下したけれど、なんとか気を持ち直して仕事に励む。
はぁ、後少しで学院の卒業式だわ。
私は飛び級の手続きを出しに行った翌週には全てのレポートを出して各教科の合格を貰ったの。一足先に卒業もしたし、卒業式も出なくても良いと思っていたの。
けれど、マード薬師長が最後だからと卒業パーティー用のドレスを用意してくれた。
「マード薬師長、卒業パーティに参加できるのは嬉しいのですが、残念なことに私をエスコートする殿方はおりませんのでパーティには出られないと思うんです」
「なんだそんなことか」
マード薬師長は簡単なことだと言わんばかりだ。
婚約者もいないし、クラスメイトとも会っていない、しかも平民の私に今から相手を探せと言われても無理難題よね。
「なんだ、エスコートがいないのか。なら俺が行こう」
ターナ薬師は薬草に関する書類を眺めながらそう答えた。
「ターナはその日、当直だっただろう?休まれると困る。私が行こう。
トレニアと歳も離れているからエスコートしても他の貴族から何も言われないだろう。それにトレニアの近くにいれば何か面白いことが起こりそうな気がするからな」
ヤーズ薬師は面白そうに話をすると、ナザル薬師が目を輝かせながら口を開いた。
「なになに? ヤーズさん。面白そうなことが起こるの? ヤーズさんの勘ってよく当たるからなあ。僕も行きたい。
僕は婚約者なんてものはないし、色々吹っ掛けられても僕なら問題ない。それにトレニアと歳が一番近いから違和感がないよね?」
「……仕方がないな」
薬師の皆様はどうやら私に付いていくと何か楽しい事が起こるんじゃないかと期待しているみたい。
何にも起こる訳はない、とは思う……。
因みにナザル薬師もそうだけど、 ターナ薬師もレコルト薬師も何処に隠れていたの? っていうくらい隠れ美形なのよね。以前、聞いた話では小さな頃から女の人に追い回され、女性に嫌気が差し、ボサボサの髪の毛で顔を隠しているらしい。
彼等は全くと言って良い程結婚に興味がないのだとか。
何か仲間意識が芽生えそうな感じだわ。
「トレニアは次の段階にそろそろ進むか」
「はい!」
マード薬師長の言葉で私の気分は一気に上昇する。
私は卒業式までの間、しっかりと薬草園の手入れをこなして、薬師達の薬作りを見様見真似で少しずつ練習を始める事になった。
迎えた卒業式当日。
式には制服で参加。色々あったけれど、学院を卒業したと思うと、とても感慨深いわ。マード薬師長のおかげね。
久しぶりにクラスメイトと会い、話に花が咲いたわ。
色々と積もる話もあったけれど、卒業パーティーに向けてまたね、と一旦王宮寮の我が家に戻る。
「トレニアお嬢様、今日はばっちり着飾りましょうね!」
そう言ってローサは私をピカピカに磨き上げ、マード薬師長から頂いた濃紺で金糸のレースをあしらったドレスを着せてばっちり濃いメイクを施された。
こんなに素晴らしいドレスを着た事がないわ。マード薬師長に感謝しないといけないわね。
「ローサ、ありがとう。何だか私じゃないみたいだわ」
ローサは自慢気に腕を組みながら頷き、口を開いた。
「トレニアお嬢様の地はいいのです。普段から着飾らな過ぎるのです。まぁ、あの家族がそうさせていたのだから仕方がありません。トレニアお嬢様の自己評価が低いのもあの家族のせいですからね!」
ローサは怒りながら言っている。まぁ、自己評価が低いことに間違いはないので何も言えないわ。
ローサと待ち合わせの場所である王宮馬車乗り場前に向かうとナザル薬師は髭を剃り、髪を撫で上げ濃紺のタキシードで待っていた。
「トレニア嬢、なんて美しいんだ。月の妖精よ、今宵僕がエスコートをすることをどうか許し下さい」
恭しい態度で手を差し出されたわ。
「ナザル様もとても素敵ですわ。本日のエスコートをよろしくお願いします」
私はナザル様の手を取り馬車へと乗り込んだ。ローサは涙を目に浮かべながら馬車に乗り込む私達を見送ってくれた。
「ナザル様、私のドレスと色が合っているのですね」
ナザル薬師はいたずらが成功した子供のように笑った。
「だってトレニア嬢と仲が良いと思わせないと楽しくなさそうじゃないか」
「そう言うと思いました」
「そうだ、きっと今日は顔を出したから人に囲まれることは間違いない。トレニア嬢から離れないからね。よろしく」
「……分かりました。なるべくはナザル様を守ってみせますね」
そう言っている間に馬車はパーティー会場へ到着した。