25 閑話休題 薬師棟がちょっとだけ賑やかだったある日の話
─ ある日の薬師棟 ─
「トッレニアちゃ~ん!遊びに来たよ」
アインス・ラムダ第三騎士団副団長は勢いよく音を立て薬師棟の扉を開いて入ってきた。
ナザル薬師やターナ薬師とレコルト薬師も音に驚き扉の方を一斉に見たが、ラムダ副団長だと確認すると冷たい視線になった。
「なになに~? 俺って歓迎されてない感じ~?」
「ラムダ副団長、何か御用ですか? 風邪薬なら騎士団医務室へどうぞ」
さっさと出ていけと言わんばかりにレコルト薬師が声を掛けたが、ラムダ副団長は笑顔で気にしていない様子だ。
「レコルト、固いこと言うなって。俺とお前の仲だろう? ついでに俺とトレニアちゃんの仲を取り持ってくれても良いだろう?」
その言葉にターナ、レコルト、ナザル薬師の三人がピクリと反応する。
「俺とお前の仲? ただの同級生っていうだけだが。帰れ帰れ」
レコルト薬師はそのままラムダ副団長を扉の外に押し出そうとしている。
「ごめんごめん、ごめんよ~。騎士団医務官から薬が足りないって言われたからお使いで来たんだ」
レコルト薬師はチッと舌打ちしながらラムダ副団長を押し出すのを止めた。
「何の薬が足りないんだ?」
ターナ薬師は薬棚の前に立つ。
「胃薬や二日酔いに効く薬が欲しいんだよね。大量に。昨日さ、王宮で騎士団達のための祝賀会があっただろう? あれで酒が振る舞われて飲みまくったんだよね、俺ら。
だから今日二日酔いが酷くて騎士団医務室にみーんな駆け込んだから足りなくなったってわけ」
「……ああ。昨日外が騒がしかったのはそのせいか。薬の予備は三人分しかないな。ナザル、レコルト、薬の調合を始める。百人分だ。すぐに取り掛かるぞ」
ナザル薬師は『えー。仕方がないなぁ』と調合を始めた。レコルト薬師は無言のまま取り掛かっているわ。
昨日あった祝賀会。王宮の騎士達だけが集まり、飲食をしていたのは私でも知っている。
その祝賀会は規模が違うのよね。王宮騎士団に所属している数は数千、数万といるけれど、今回はその中でも特に優秀な者が五百人程度呼ばれ、祝賀会に参加していた。
私はというと、薬の調合はまだ出来ないのでラムダ副団長をソファへと案内し、お茶を淹れる。
「トレニアちゃんが淹れてくれたお茶は本当に美味しいよ。ねねっ、今度デートしよう?俺、美味しい店を知ってるんだ」
ラムダ副団長は満面の笑みを浮かべ話しかけてくる。
断りたいけれど、断って良いのか分からない。貴族だし、職場の人だからこれからも会う事もあるし……。
私は対応に困り、戸惑っていると。
「残念ながらそれは無理だ。マード薬師長をはじめとした俺達はトレニア薬師を大切にしている。誰彼構わずに声を掛ける輩には指一本触れさせない。あぁ、トレニア。俺にお茶を淹れてくれるか?」
ターナ薬師はそう言って私の代わりにラムダ副団長の対応してくれるようだ。
私はターナ薬師にお茶を急いで淹れると、ターナ薬師も美味しいよと褒めてくれた。
「ターナ薬師、なんでお茶飲んでるのさ。薬は?」
「俺の分の調合は終わったからな。あとはナザルとレコルトの薬待ちだ」
相変わらず優秀だ。
ナザル薬師、レコルト薬師、ターナ薬師は三人で普段から調薬をしているけれど、三人の中で一番の年長者であるターナ薬師は薬師の中でも特に優秀な薬師だと私は思っている。いつも尊敬しているわ。
「ターナ薬師は仕事が早いね。ねね、トレニアちゃん。どんなタイプが好みなの?」
「えっと、尊敬できる人でしょうか……? あと、裏切らないとか、嘘を吐かないとか。私だけを生涯愛してくれて、大切にしてくれる人、ですね」
「俺なんかお勧めなんだけどなぁ?」
「ふふっ、冗談がお好きなのですね。この間、王宮侍女さん達が大声で『ラムダ様からデートで髪飾りをプレゼントして貰った』と大喜びで話していましたよ」
私は暗に無理だわと匂わせる笑顔でラムダ副団長に話をした。ラムダ副団長はグッと言葉に詰まっている様子だ。
「トレニアも髪飾りが欲しいのかい? 女性は装飾品が好きって聞いた事がある。俺と買いに行くか」
レコルト薬師が話をしながらターナ薬師の隣に座った。ナザル薬師も調薬を終えたらしく、ラムダ副団長の横にボスンと勢いよく座った。
「さあ、薬は出来たよ。残念だったね。ラムダ副団長。デートの機会はないみたい。ささっ、みんなが待っている。急いで、急いで」
ナザル薬師はラムダ副団長が口を開く前に大量の薬が入った籠を渡し、部屋から追い出した。
「トレニア薬師は髪飾りをプレゼントされると嬉しいのか?」
ターナ薬師はラムダ副団長が居なくなって静かになったソファで聞いてきた。
「えっと、まぁ、私も一応女の子ですのでプレゼントされると嬉しいですね」
ターナ薬師は何か考え事をしながら一人頷いている。
「……そうか。分かった」
そう言いながら座っていたソファから立ち上がり、どこかへふらふらと出て行ってしまったわ。
ナザル薬師もレコルト薬師もクスリと笑い合っている。
私は二人の笑いが分からずに聞いてみた。
「いつもの閃きが始まったんだよ」
「気にすることはない」と言いながら二人とも仕事に戻って行った。
暫くしてからターナ薬師は仕事に戻り、変わらず仕事をしている。
何だったのかしら?
そう思いつつ私も仕事に戻っていった。
─ 一週間後
私は『おはようございます』と薬師棟に入り、朝の打ち合わせが始まる。
昨日は怪我人や病人が増えたという報告はなかったのでゆっくりできそうだわ。打合せの後、ターナ薬師が話しかけてきた。
「トレニア、先週のことを覚えているか?」
ターナ薬師はいつになく真剣な顔をしているわ。
「先週? ラムダ副団長が薬師棟へ来た時のことですか?」
「ああ、あの時、君は髪飾りをプレゼントされると嬉しいと言っていた。だからこれを作ってみた。良かったら使ってくれ」
そう言ってターナ薬師は一つの箱を私に差し出した。開けてみると、可愛い花を付けた薬草の髪飾りだった。よく見ると本物のようだわ。でも生花とは違うみたい。
「ターナ薬師。とっても可愛いですね。嬉しいです。でも、これ、生花ですか?」
「いや、我が家に咲いている薬草を摘み、アルコールに漬けてから着色し直して髪飾りにしてある。長持ちすると思う」
ターナ薬師は淡々と話をしているけれど、私は驚きを隠せなかった。
ターナ薬師のお庭の薬草なの!?
しかも手作り!?
その話を近くで聞いていた他の二人も目を丸くしている。
「ターナ薬師、ありがとうございます。こんなに素晴らしい髪飾り初めてみました。生花みたい。それにこの薬草の花、とても可愛いし。大切にしますね」
私は嬉しくなってその日から薬草の髪飾りを着けて出勤するようになった。




