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「さぁ、トレニア薬師、午前中の仕事は薬草園の手入れを頼む。君が来ない数日の間に雑草が生えてきて困っていたんだ。午後からの仕事はまたその時に話すから。
あと、これが王宮薬師が支給されている服ね。
基本的に軍服の上から医務官と同じ白衣を着るんだ。トレニア薬師は女の子だからスカートでも構わないよ」
私は白衣と軍服を数着貰った。数は少ないけれど女性騎士と同じような軍服みたい。
ズボンだわ!
庶民の間では働く女の人も履いていて動きやすいらしいと聞いているの。ズボンって穿いたことがないのでどんな感じなのかしら。
楽しみ。明日から早速着てみるわ。
そうして私はいつものように薬草園の手入れをする。
数日手入れをしていないだけでこんなに雑草が生えてしまっている。
芽欠きや剪定、雑草取りで午前の仕事はあっという間に終わってしまったわ。
お昼はローサの手作り弁当を食べて午後は依頼分の薬草を摘み、乾燥室へ持っていき丁寧に乾燥させる。
そしてナザル薬師達が調合した薬を王宮医務室と騎士団医務室へとお届けに回り本日のお仕事は終了となった。
「ローサ! 疲れたわ。でも仕事ってこんなに楽しいのね。今日は褒められたわ」
私は笑顔で持って帰ってきた軍服類をローサに渡す。
「明日から制服での出勤ですね。湯浴みの準備は出来ております。今日はマッサージもしましょう」
そしてローサの美味しい手料理に舌鼓を打って寝る準備をしている時に気付いた。
「ねぇ、ローサ。私が旦那でローサが奥さんみたいね。あーぁ。私、男だったら本当に良かったのにな」
「お嬢様が男だったら今頃グリシーヌ様に詰られながら領主となっていましたね。お嬢様はお嬢様であったから今があるのです。ですがローサはいつまでもお嬢様の妻でいますよ」
「ふふっ、ローサありがとう」
翌日からの私は毎日薬師の制服を着て出勤し、薬草園の手入れや薬の補給に精を出している。支給されたズボンはとても穿き心地がよくて楽なのね。
毎日の制服にも慣れてきた頃、いつものように王宮医務室に薬を届けに行く途中、医務室の扉の前で声を掛けられた。
「君がグリシーヌの妹、トレニア嬢か?」
私は声がする方に振り向くとそこには第二王子のディラン様が立っていた。私は慌てて礼を執る。
「確かに私はグリシーヌ・ガーランド侯爵令嬢の妹でしたが、(元)姉が何かしでかしたのでしょうか」
「いや、アイツの妹が王宮で働いていると噂を聞いたので見に来たのだ。ちょっとお茶に付き合え」
ぶっきらぼうな態度でディラン殿下から呼ばれた。
なんだか面倒事を押し付けられそうな予感しかないわ。私は学生の頃からディラン殿下と一度も会う機会はなかったのよね。
殿下は姉を毛嫌いし、妹の私も同じものだと考えて近づいて来なかったのかもしれない。
「私は貴族籍を抜け、平民となりましたので現在はグリシーヌ様とは何の関係もありません。薬の配達が立て込んでおりますので御用がなければ失礼致します」
私は失礼のないように礼をして医務室に入ろうとしたが、『まあ、待て』と腕を掴まれた。
……仕方がない。
私は医務室の医務官に声掛けしてから薬を渡し、ヤーズ薬師にディラン殿下に呼ばれたと話をしているとディラン殿下はまだかと苛立ちながら私を待っていた。
「殿下、薬師は少人数で仕事をしているためゆっくりとしている余裕はありません。すぐにトレニアをお返し下さい」
「……ああ。イルス、分かったよ」
イルス医務官の言葉にディラン殿下は渋々と頷いた。
そうして従者と共に私達はディラン殿下の執務室へと入った。
殿下と私が席に着くと従者はお茶を淹れている。
「トレニアは薬師として働いていて優秀なのだな。グリシーヌも我儘で口煩くなければ妃教育をこなせる美女なのにな」
文句を言いにわざわざ呼んだの?
何が言いたいのかさっぱり分からない。ちょっとイライラするけれど、そこは捨てていた淑女の仮面を拾って付けておく。
「トレニア、単刀直入に言う。我が妃になれ」
「え?」
えっと、突然過ぎない?
我が妃?
王子妃?
私が?
全く意味が分からないわ。
「ディラン殿下、仰っている意味が分かりませんわ」
「トレニアはグリシーヌより優秀なのだ。私の正妃となるべきだ。王子妃となれば今より贅沢な暮らしが出来る。素晴らしいだろう?姉も見返せるし、嬉しいだろう」
なんということだろう。殿下は何か勘違いをしているようだわ。
「ディラン殿下、私は今の暮らしにとても満足しております。幸せ一杯です。それに、エレノア・ナラン様はどうされたのですか? 私は姉が断罪されたあの場におりましたが、殿下は『真実の愛』だと仰っていたではありませんか」
私はにっこりと微笑みを返す。
「……陛下からエレノアは妃に出来ないと言われたのだ。もっと優秀な者を連れてこいと。だが! トレニアが正妃となり、エレノアが妾妃となれば王国も安泰するし、皆が納得するはずだ。心配せずとも大丈夫だ、グリシーヌより美人でなくとも子が生まれるまでトレニアを愛してやる」
ディラン殿下はお茶を飲みながらいい考えだろうと和かに言い放った。それが私にとっての幸せだろうと言わんばかりに。
私が断るなんて微塵も考えていなさそう。
冗談じゃないわ。私に対して失礼が過ぎる。
殿下の傲慢な考えに苛立ちと憤りを感じてしまう。なぜ私に近づいてくる男の人は変な人ばかりなの。
つくづく私は男運がないのかもしれない。