18
そんなある日のお昼。
「ジョシュア様! お昼を一緒に食べましょう」
ソニアは相変わらず淑女らしからぬ勢いでクラスに入ってきた。
「あら? お姉様と私の婚約者のジョシュア様は同じクラスでしたのね?」
先ほどまでのクラス内の和やかな雰囲気がガラリと変わり、誰もが口を閉じ、緊張の糸が張り詰める。
「ソニア、そんなことを言うものではない」
ジョシュア様が宥めるように言うが、ソニアは気にしていない様子だ。
わざわざ言うあたり、私に喧嘩を売っているのかしら?
私はソニアを無視してそっと席を立ち移動しようとしていると、妹は駆け寄り私の行く手を邪魔するように立った。
「何で無視をするの!? そんなにジョシュア様が選んでくれた私が気に食わないの!?」
「……」
呆れて声が出なかった。
なんとも的外れなことを、しかも大声で言っているのかしら。それにしても相変わらず酷い。空気も読めない元妹に血のつながった元姉として恥ずかしくて居た堪れない気持ちになる。
私はふうと息を吐いた後、ソニアに答えた。
「周りをよく見なさい。今ここで話すことかしら? ジョシュア様、ソニアのことをよろしくおねがいしますね」
「……ああ。すまない」
私はクラスメイトに迷惑を掛けたと一礼をして教室を出た。ジョシュア様もこれでは辛いわね。でも貴方が選んだ伴侶なのだから最後まで責任を持ってとしか言えないわ。
この先もこうやってクラスに突撃してくるのかしら。頭が痛いわ。
落ち着いてきた残念令嬢としての逸話をまた一つ作ってしまったわ。
その後も何度となくソニアはジョシュア様に会いにクラスに突撃しては場を乱していくので流石のクラスメイトも担任も事態を重く見て、ソニアは三年生のクラスへの立ち入り禁止となった。私への接近禁止令も出たわ。
もちろん侯爵家に知らせも入ったらしい。
「……という事があったんです」
「はははっ。愉快な話だな」
マード薬師長は笑いながらお茶を飲んでいる。私はというと、茶菓子とともに話は進んでいく。
「全く酷い話ですよね。妹と会わないようにみんなが気を遣ってくれるので心が痛いです。あ、薬師長。明日から王宮薬師試験に向けて最後の追い込みをするので試験が終わるまで来られません」
「あーそうだったな。まぁ、試験を頑張ってこい。俺もトレニアが働きに来てくれるのを待っているからな。どれ、推薦の一つも出しておくかな」
「本当ですか!? 嬉しい! では頑張ってきますね!」
私は日課の植物の手入れをした後、寮に戻った。試験まであと少し、頑張るわ。
その日から最後の追い込みとばかりに勉強三昧の毎日を送っている。
受験当日はローサが仕事を休んで王宮の試験会場まで付いてきてくれたの。やはり一人で大丈夫だと思ってはいても隣に誰か居てくれるだけで気分も違うわ。
今回の薬師試験は二十名も居ない位の受験者だった。文官志望者は別室で試験を受けていたけれど二百は超えていたと思う。
試験前日には不安であまり眠れなかった。私は薬師長から教わった事や勉強してきたことがばっちり試験に出ていたので全て回答する事が出来た。
やり切ったわ!
会場を出てローサの姿を見つけ、ようやく緊張の糸が解けた。
「ローサ! やり切ったわ。全部書けたの。難しかったけれどなんとかなったわ!」
「お嬢様、お疲れ様でした。今日は私が夕食を作るので沢山召し上がって下さいね。料理長からレシピも貰ったのです。邸の使用人達はみなお嬢様のことを心配しておりました」
「ローサ! ありがとう」
寮へ戻り、ローサが準備してくれた料理を口にする。鶏肉を一口大に切り分けて口に運ぶといつの間にか涙が出ていた。
苦しかった思い出が温かく美味しい食事と共に消えていくような気がする。
翌日の朝、ローサは仕事へ戻っていった。
王宮で試験を受けた後も私は変わらずに学院の授業を受けている。
学院三年生の男性の進路は基本的に王宮へ文官として働きに出るか、騎士になるかが一般的なの。嫡男であれば領地経営のために就職しないこともあるけれど、親がいるためはじめの間は働きに出る。
貴族の女性はほぼ卒業と同時に結婚するわ。
けれど平民や身分が低く、嫁ぎ先が決まっていない人は王宮や上位貴族の邸に侍女として就職する人も多い。
私はもう平民だから気にせず就職する気持ちになっている。
結婚は残念ながら向いていない。
その辺りは痛いほど理解しているわ。私は一生独身かも知れない。むしろその方が良いとさえ思っている。