15
そうこうしている間に季節は二つも過ぎ去ったある日、珍しく父から邸に顔を出すように手紙が来た。
「ついに、ね」
私はずっと目を背けていた事実からの呼び出しに覚悟を決めて邸に戻った。
執務室へ入るとやはり姉の時と同じような雰囲気が漂っている。そこには父と母、ソニアとジョシュア様が居たわ。
姉は婚約者のルーカス様の卒業と共に結婚式を挙げる事が決まっており、忙しくてこの場には居ないらしい。
父が座りなさいと話をする前にソニアが口火を切った。
「トレニアお姉様! ごめんなさい。ジョシュア様との婚約が決まっていたのに、私に代わることになってしまって……」
自分は悲劇のヒロインであるかのように潤んだ瞳で私に先制攻撃を仕掛けてくる。
この場に居る人達はソニアの味方しか居ない。
「私の常識はおかしいのでしょうか? プロポーズをされて婚約が決まったのは私なのに、何故お母様から釣書が届くのかしら? それも訳ありばかりの」
私は束になった釣書を父の机にバサリと雑に置くと父は何事かと目を通し、ジョシュア様にも目を通させる。
父は母がしていたことを知らなかったのか、一瞬目を見開いたが、眉を顰めて母の方をひと睨みするだけで口を開く気はないらしい。
「ジョシュア様、結婚したいと言われたのは私のはずなのに不貞をする、しかも私の妹とだなんて。本当に驚きましたわ。私が、何も知らないとでも思っていましたの?」
ローサは邸の使用人達に頼み込み、情報を集めてくれた。
母やソニアがおこなっていたことの報告書とジョシュア様の妹や従者から集めてもらった情報をまとめた報告書を父に手渡し、話をする。
ジョシュア様の妹は【有名な】ソニアに思う所があったようで喜んで協力してくれたわ。
「ジョシュア様がしてきたことの報告書はドナート侯爵にも出しております。どうぞ婚約破棄をお願いしますわ。
ああ、そもそも婚約の書類を交わしていないのでしたかしら。酷いですよね。結婚しようと言った口で妹を婚約者にするだなんて」
私はふうと息を吐いた。彼は黙ったまま私に視線を合わせようともしない。
「ちがっ」
ソニアは否定しようとした時、母が横から声を上げた。
「トレニア! ソニアが可哀想じゃない! ソニアにはもう貰い手がないのよ! お腹にはジョシュアさんとの子供がいるんだから。二人の幸せを邪魔しないでちょうだい!」
母が私に向かって怒りを露わにしている。
「お母様はいつから常識の欠片もなくなってしまったのでしょうか? 娘の不貞、4度目の婚約破棄。未婚なのに子供までいるだなんて。『邪魔をするな』だなんて。私の方こそこんな方々と家族でいたくありませんわ。恥ずかしくて仕方がありません。
……ジョシュア様、私、とても深く傷つき、失望しました。どうぞソニアと仲良くドナート侯爵家を盛り立てて下さいませ。話はこれだけでしょうか?」
私が用意した報告書の束や自分が送った釣書を見て不味いと思ったのか、母は自分の罪を隠すように私に怒鳴り散らして騒いだ。
手元にあるカップを投げつけ、暴言を吐き続けた。
母は1人ヒートアップし、まだまだ文句を言い足りないようだったわ。
煩くする母は話が進まないと父から叱られ、無理矢理に部屋を出された。
「トレニア、今後のことだが」「お父様、私、前にもいいましたわ。この家にいたくないと。やはり家族でいる事は難しいです。今回の事でもう十分です。勘当して下さい。貴族籍を抜いて下さい。姉も結婚が決まり、妹も私の婚約者だった方と恋愛を謳歌し、嫁ぎ先が決まりました。
私は二度も姉妹に婚約者を変更させられました。姉妹にも、婚約者達にも、裏切られ捨てられました。もう、私にはまともな婚姻は生涯できないでしょう。私に姉達より良い婚姻を用意ができると宣言されますか? できないですよね?
母が契約しようとしていた釣書はお父様より年上の介護者として求められているためだけの後妻、公衆の面前で妻を裸にさせ家畜として扱うような人。
愛人十人と生活する伯爵。どれも有名人ばかりですわ。
ソニアが公爵に喧嘩を売って解決金が欲しかったのでしょう。お母様はどうしても私を売りたいらしいですし、ソニアも同じく、私が売られることをここぞとばかりに望んでいるようです。そんな人達と家族ではいられません」
私は父の言葉を遮り話をする。
ジョシュア様は父が差し出した報告書の内容を読み、母やソニアがおこなっていたことや今後の私の置かれる状況を知ったようで微かに指が震え、青い顔をしている。
遅いわ。
ソニアも母と一緒になってしていたのだし、これを見たジョシュア様の熱も醒めてしまうかも知れないわね。
父は前回より冷静なところが残っているようで難しい顔をしたまま何も言えない様子だった。私はソニアに向き直る。
「ソニアはジョシュア様と結婚したかったのでしょう? だからわざわざ呼ばれるお茶会の度に姉のトレニアを後妻や愛人に迎えてやってくれと大々的に勧めていたのよね?
『美人でないお姉様は結婚できない。お姉様が可哀想』って常々言っていたものね。
私のお友達や勧められた方が直接私に会いに来たのよ? 私って相当家族から嫌われて馬鹿にされているのね。
ジョシュア様も後でその報告書をきちんと読んでおいた方がいいですわよ? ソニアがどんな妹か知る事が出来ますわ。
……お父様、後日書類で連絡があると思います。では失礼しますわ」
「お姉様……」
私はこれ以上何も聞きたくないとばかりに話を止め、淑女らしくしっかりと礼をし、邸を後にする。
その後、ローサから私が帰った後のことが書かれた手紙が送られてきた。
父はソニアと母に激怒していたらしい。
もう、あんな人達は私の家族ではないし、どうでもいいわ。
人生で一番の幸せから一気にどん底に叩き落とされたんだもの。恨みしか残っていない。
私は翌日の朝一番に王宮へ向かい貴族籍を抜ける手続きを取った。
貴族籍を抜けるには家長の一筆が必要なのだが、父に言っても書いてはくれないだろう。
だが、王宮から書類の不備があると呼び出しがあったなら。
私の覚悟も気づいてもらえるだろうか。
その後は特に家からもドナート侯爵家からも連絡がなく過ごすことになった。
ようやく二年生も最後の試験が終わり、新入生を迎えるための長期休みに入る。
私は今回も一位を取る事が出来たわ。
そして先日、姉のグリシーヌとルーカス様が結婚したとの手紙があった。それと共に貴族籍を抜ける書類に父のサインがされていた。
書類を目の前にしたら怒りや悲しみで自分がどうにかなってしまうのではないかと思っていたけれど、感情が揺らぐことはなかった。
そして、『籍を抜けたからといって学院やその他に掛かる費用は全て持つので気にせずに過ごしなさい』と手紙に書いてあったわ。
父なりの優しさなのかしら。