14
一人での寮生活がまた始まった。
しんと静まり返った部屋は私を落ち込ませるのに充分だった。静かな長い夜は私を苦しくさせる。
息ができなくなるほど、こんなに辛い思いをどうすればいいのか分からない。
私は学院が始まるまでただぬいぐるみを抱えて一日、また一日と長い夜を過ごした。
「トレニア嬢おはよう」
長い休みを終えてクラスのみんなが元気に登校してくる。
私も元気なフリをしてみんなに挨拶をしていると、よそよそしく浮かない顔をしたジョシュア様が私を見るなり話しかけてきた。
「トレニア嬢、おはよう。この間の婚約の話なんだが、みんなに話すのは少し待って欲しい」
「……分かりました」
言葉が詰まる。仄暗い感情が溢れだし、言葉が出るのを邪魔してくる。
私は俯き、そう答えるしかなかった。
それからの学院生活は何事もなかったかのように流れていく。ジョシュア様は私に話しかけてくることもなくなり、次第に距離を置かれるようになっていった。
友人達は話しかけてこなくなった彼に不思議がっていたけれど、私は何も言わなかったし、言えなかった。
まだどこかジョシュア様を信じていたい気持ちがあったから。
でもね、分かってはいるの。
彼は私に隠れてソニアと会っているの。
邸に戻ったローサは私に手紙でソニアの様子を細かく教えてくれている。
母はジョシュア様とソニアの婚姻に乗り気みたいで父に直談判しているようだ。
ソニアも父にジョシュア様と私の婚約を替えて欲しいと先日話をしたらしい。けれど父は頷くことはなかった。
一向に頷かない父に痺れを切らしたソニアはとうとう実力行使に出たようだ。
公爵家主催のお茶会の席でソニアの婚約者であるアレキサンダー様に婚約破棄すると一方的に宣言して大騒ぎになったらしい。
ソニアにとっては主催者である公爵様の顔を潰してでも婚約破棄をしたかったのね。
お茶会の場で自分勝手に行動するのは主催者の力量が問われる。主催者は良かれと思ってソニアを呼んだのにも拘わらず、お茶会の場を自分の婚約破棄の場にしてしまった。
これはソニアが『主催者を馬鹿にしている』ということになる。
ましてや主催者は公爵位だもの。爵位が上の人に喧嘩を売っているのと同じことだ。これからあの子はどうなるのかしらね。
馬鹿な妹。
本当に馬鹿だというしかない。
それにソニアがこれまで婚約者を四人替えてきた。4度目は婚約破棄。いくら可愛くてももう貰い手がないわ。
どんな手を使ってでもジョシュア様に結婚を迫るのかもしれない。
時期を同じくして母から私宛に準男爵家や伯爵家等の釣書を次々と送ってくるようになったわ。
どれも二十歳以上年上だったり、女の人を家畜のような扱いする男だったりと訳ありで有名な人達の釣書ばかりで嫌になる。
母にとって私は目障りな娘。
見目の悪い娘でしかない。金で私を売る気なのがわかる。
私を売ってソニアの婚約破棄の賠償金に当てるつもりなのかしら。私は母からの手紙をずっと無視し続けている。
嫌い。嫌い。嫌い。
あの人達とは関わりたくない。
やはり、私は家を出たい。出るべきだわ。
私は苦しくて動けない日も自分を叱咤激励し勉強して、勉強して勉強に逃げた。
薬師として働こう。
一人で生きていこう。
そのために私ができることは……。
そう考え、必死に勉強していた。ある日、教室で一人勉強していると、薬師科の先生が声を掛けてくれた。
「トレニアさん、薬師として働きたいのなら今後のことを見据えて王宮の薬草園を見学した方がいいわ。希望するなら私からあそこの薬師長に話を通しておくわ」
「先生、本当ですか。私、王宮の薬草園に行ってみたいです。是非、お願いします」
「わかったわ」
こうして先生のおかげで私は王宮の薬草園を見学できるようになった。
見学当日、薬草園にいたのはジェイデン・マード公爵だった。
「君がトレニア・ガーランド嬢かな。珍しいな、薬師を目指していると聞いた」
「はい! マード公爵にお目に掛かれるなんて先生に感謝をしなくてはいけませんわ」
私は嬉しくなった。マード公爵は三十代後半で髭を蓄え、優しそうな人だった。
私は紹介してくれた先生に感謝する。一学生に過ぎない私が王宮の薬師長とお話ができるなんて滅多にないことだもの。
私は一杯薬草について薬師長に質問をした。薬師長は質問ばかりする私を快く受け入れてくれた。
そして休みの日はここへ来てもいいと許可をもらった。
そこから平日は学院の勉強し、週末には王宮の薬草園へ出向いて王宮薬師の人達に教えを請い、薬師になるために努力を続けている。
……今は、何も考えたくない。
家には帰りたくない。