12
「ローサ、疲れたわ。もう夜会は行かなくてもいいんじゃないかしら」
「お嬢様、なりません。ほら、ジョシュア様が来られましたよ」
ローサはそう言って扉を開けるとそこには黒のフロックコートを来たジョシュア様が立っていた。
「トレニア嬢、とても美しい。暗闇を照らす月の女神よ、どうか私の腕をお取り下さい」
私は普段とは違うジョシュア様に惹かれ、心臓が高鳴りだすのを必死に隠しながら差し出された腕にそっと手を添えた。
「ジョシュア様、ありがとうございます。今夜のジョシュア様も素敵ですわ」
ジョシュア様にエスコートされて向かった夜会の会場は既に開始時間となっていたようで華やかな音楽に包まれ、煌びやかにドレスアップした貴族達が楽しそうに踊ったり、談笑したりしているわ。
姉はいつも出ていたけれど 、私はもちろん夜会なんて出たことがない。
姉や妹のように美しくない私はどうしても引け目を感じてしまう。
私が美人だったならきっとジョシュア様はもっと喜んでくれていただろうか。
私達が会場に入ると、周囲の視線がこちらに集中しているのが分かる。それは婚約者ではない者同士が一緒にいることへの興味か、それとも姉妹と私を値踏みしているのかは私には分からない。
「トレニア嬢、せっかく来たのだから俺達も踊ろう」
私はジョシュア様に手を引かれダンスホールの中央まで行き踊りはじめた。
「ジョシュア様、私、ダンスを踊るのはとても久しぶりなんです」
「そうなのか? とても上手だ」
ジョシュア様は頬笑みながらリードしてくれてダンスは踊りやすい。
手を添えてお互いに息が掛かるほどの距離に心が跳ねてしまう。
……私はなんて幸せなのだろう。
こうしてジョシュア様にドレスを贈られ、ダンスをしている。
まさか、もしかして?
でも……。
彼を信じていいの?
彼の気持ちを知りたいと思ってしまう。でも、怖い。
また裏切られてしまうのではないかと思ってしまう自分がいる。
「ふふっ。あちらの方でジョシュア様を待つご令嬢が沢山いますわ。学院でも保養地でもジョシュア様は大人気ですわね」
「トレニア嬢、このまま二曲目も踊って良いだろうか? ずっと考えていたんだ。君を生涯のパートナーにしたいと。結婚して欲しい」
その言葉は心を振るわせ早鐘を打つように全身を駆け回り、思わず踊っていたのを忘れて立ち止まった。
「わ、私でよいのですか?」
「ああ、勿論さ。明日にはここを発つ予定だが、学院の寮に入る前に君の家に寄って婚約のお願いに伺いたいと思っている」
「…… 嬉しい。でも、私でいいのですか?」
「君がいいんだ。一緒に過ごして君の人となりを見てきたつもりだ。その上で妻になってほしいと思った」
私は幸せになって良いのかな。
嘘では無いのよ、ね?
私達はそのまま二曲目も踊り、周囲の人々は私達を祝福してくれたわ。
ふわふわな気分で夜会の夜は更けていく。
「そろそろ俺達も戻ろう」
「はい」
私はジョシュア様のエスコートで馬車に乗り込んだ。火照った顔はダンスのためか、それともジョシュア様が隣にいるという嬉しさからか。
私は窓から月を見上げて扇を仰ぎながら邸に戻った。
翌日はまた寝ぼけ眼で馬車に乗り込み王都へと帰る。ローサは今朝一番に父宛に侯爵家に寄ると手紙を送ってくれたので先触れ位の速さでお父様に届くと思うわ。
私とジョシュア様は行きと同じように馬車の中で雑談しながら王都へと向かった。
「お嬢様、ガーランド邸に到着しました」
ローサの声に気を引き締める。
久しぶりの我が家だわ。ジョシュア様と玄関に入ると玄関で待っていてくれたのはお父様の執事だけだった。
私達はすぐにお父様の執務室へと入る。
「お父様、お久しぶりです。トレニア、ただいま戻りました。先ぶれを出していたと思いますが、こちらの方がドナート侯爵家子息のジョシュア様です」
ジョシュア様が一歩前に出て父に挨拶をする。
「ドナート侯爵嫡男ジョシュア・ドナートです。トレニア嬢とはクラスで普段から親しくさせていただいています。先日、トレニア嬢にプロポーズさせていただきました。ガーランド侯爵様に婚約をお願いしに今日は寄らせていただきました」
「そうか。分かった。トレニアが良いというのならこちらは何の問題もない。手続きなどがあるから後日こちらからドナート侯爵に話をさせていただこう」
「ありがとうございます」
父は悩むまでもないと言いたげに即答で了承した。私とジョシュア様との婚約期間は学院卒業までの残り一年半程。
卒業したら婚姻する事となりそうだ。
本当に、嬉しい。
私は今までで一番幸せかも知れない。
ルーカス様と婚約が白紙になった時はとても悲しくて、憤りを感じて全てを投げ出して逃げてしまいたくなったけれど、こうして私を見てくれた人がいた。
父の前で話すジョシュア様に嬉しくて涙が出そうになる。