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私達はそのまま馬車に乗り込み、一日目の視察場所に入り見て周る。
一日目は保養地に入る手前の農村だった。ここの農村では主に保養地の街の台所を担っているらしく、村自体も貧困には程遠い様子 で様々な種類の野菜が育てられている。
今回、この農村では村で作っている農産物、困り事を村役場の一室で住民達の話を聞くようだ。
久々に領主が領地視察に来たということで村の困り事や要望は多かった。そのいくつかは切実だと必死に訴えられたわ。
ジョシュア様は嫡男だが、領地視察の経験は浅いらしく戸惑っている部分もあるみたい。
辿々しい口調で話をしていた。
私は後ろで観ているだけにしておこうと思っていたのだけれど、ジョシュア様が困っているようだったので後ろでメモを取り、ジョシュア様をフォローしたり、住民達に噛み砕いて話をしたり、折衝役を買って出た。
予定より大幅に遅れたけれど、無事に懇談会は終わった。
その後、私達は村長宅に泊めて貰う事となったの。ささやかながら、と地元で採れた野菜を使った料理を出してくれたので私は村長さん達にお礼を言って美味しく頂いたわ。
採れたての野菜はやはり美味しい。私は一つ一つ感謝して食べているとふと視線を感じた。
視線の方向に顔を向けるとそこにはジョシュア様が微笑みながら野菜を頬張っていた。
私は食事に夢中で顔に『美味しい! 幸せ』と出ていたかしら。
私は小さな頃から領地視察をしていたためかドレスや宝石よりも領地の住民達と話をしたり、産地の食べ物を食べたりする方が好きだわ。
「レナさん、とても美味しいですね。是非とも作り方を教えて欲しいです」
「おや、お嬢様は味の分かるお方だね! 我が家自慢のレシピを是非覚えて帰っておくれよ」
村長さんの奥さんのレナさんにそう頼むと、レナさんは笑顔で作り方を教えてくれることになった。
そのやり取りを横で見ていたジョシュア様が聞いてきた。
「トレニア嬢、君が料理するのかい?」
「ええ、寮に住むようになってからなるべく自炊をしていますわ。まだまだ料理初心者で失敗ばかりしておりますが、我が家には卒業後も帰る予定はありませんもの。今は市井へ下りる事も視野に入れて一人生きていくための練習をしているのです」
そう話をするとジョシュア様も村長さん達みんなが驚いたように目を見開いている。何か変わった事を言ったかしら?
「トレニア様が市井へ……。なんてもったいない」
「ふふっ、村長さん。冗談でもそう言っていただけると嬉しい限りですわ。最近、色々と考えることもあり、これから自分の力で仕事をし、暮らしていこうと思っているのです」
「そうなのか」
ジョシュア様は何かを考えているようで難しい顔をしていた。
そうして美味しい食事を食べた後、ローサに湯浴みを手伝ってもらいベッドへ入る。
今日は沢山のできごとがあったわ。帰る前にまた海が見れたらいいな。
翌朝、ローサに起こされて寝ぼけ眼でワンピースに着替えて食事をする。あまりにボーッとしていたせいか出発前にレナさんから心配されてしまったわ。
「トレニア嬢は朝が弱いのか。また一つ君の意外な面を知ることができた。それと、昨日の住民との懇談会は助かった。
俺一人では失敗に終わっていたと思う。今日も俺の側でフォローしてくれると助かるがいいだろうか」
「ジョシュア様は慣れていないだけで、領民の対応も素晴らしいと思いました。一人でも充分にやっていけますわ。私のフォローなんて微々たる物でしかないですのよ? 私はジョシュア様の側に座っておきますわ」
「そうか。君にそう言ってもらえるだけでも心強いな」
そうして視察二日目は森の中の村へ、三日目は海沿いの村へ赴き、視察や懇談会を重ねて保養地へと戻った。
なんだかんだで忙しく過ぎて行ったわ。
一日はゆっくりしたいわ。そう思いローサとジョシュア様の邸でのんびり過ごしていると、ドナート侯爵家の執事が一着のドレスを持ってきた。
「トレニア様、ジョシュア様からの贈り物です。今晩は保養地で行われる夜会がありますので是非参加して欲しいとの事です。夕刻にお出迎えに上がりますのでご用意をお願い致します」
渡されたドレスのレースは少ないが、その分生地がしっかりと作りこまれており、流行りのドレープが取り入れられていて小さな宝石が散りばめられている薄水色のAラインのドレスだった。
「ローサ、見て! なんて素敵なドレスなのかしら」
「お嬢様にとてもよく合ったドレスですね。今夜はばっちりお化粧しましょうね!」
ゆっくり過ごせると思ったのも束の間で、昼過ぎからきっちりローサに湯浴みとマッサージを受け、ドレスを着せられてばっちり化粧と髪をセットしてもらった。
夜会に出るまでにもう疲れてぐったりよ。