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翼の生えた猫〜01〜

 「あら、今日はひとりなのね。」

夕陽が差し込む教室を覗き込むように、八月一日夏江ほずみなつえは姿を見せた。

 彼女は僕達に部室を提供してくれた恩人であり、妓詠こよみ先輩とは旧知の中らしい。第一印象は真面目で、お淑やかな先生。その言葉遣いや仕草から、お嬢様のような印象すら受ける。

「えぇ。今日は先輩は用事があるそうです。」

「ふぅん、そう。」

八月一日ことほずみ先生は、興味無いと言うような空返事をしつつ、僕の前に座る。

 夏休みも終わり、生活習慣も元に戻りつつあった九月上旬。この日、オカルト研究部には僕、睦美久むつみひさしひとりだけ。静かな場所で読書に耽り、折を見て帰るつもりだった。

「少しお話ししない?ジュース、ご馳走するよ。」

「ありがとうございます。」

僕は先生に連れられて、教室を出る。放課後で人気のない校内、中庭隅の自販機に着いた。

「私、コーヒーにしようかな。睦美くんは?」

「僕も、コーヒーを。ブラックで。」

「お、大人だねぇ。」

「高校生ですから。」

ほずみ先生はポケットから財布を取り出し、小銭を入れる。ガコン、と音を立てて缶コーヒーが二つ落ちてきた。ひとつはブラック、ひとつは微糖。

「はい、キミの分。」

「ありがとうございます。それで、話って?」

「それねぇ。少し、場所を変えましょう。ここだと人の目もあるし。」

こっちこっち。と手招きして、階段を登っていく。

「先生、何処まで行くんですか?」

「まぁまぁ。」

結局は僕達は階段を登り切り、閉鎖された扉の前に立った。

「先生、ここって屋上ですよね。」

「そう、屋上。待ってて、今鍵開けるから。」

先生は胸ポケットから鍵を取り出して、普通、立ち寄る事が出来ない場所への扉を開いた。


 九月。まだまだ気温は高いせいか、屋上に吹く風が気持ち良く感じる。グラウンドからは部活動に勤しむ生徒たちの活気ある声が響いていた。

「良い天気よね。日も傾いて涼しいくらい。」

ほずみ先生は屋上のフェンスに手を掛け、コーヒーをひと口含む。飲み終えた後のひと息が、夕陽に照らされて妙に色っぽく見える。

「先生、なんで屋上の鍵なんて持っているんですか?」

「まぁ色々とね。」

先生は言葉を濁しつつ、コーヒーをひと口。余り突っ込まない方が良いだろうか。

「それで、話って言うのは?」

「えぇ、それなんだけどね。その前に、妓詠ちゃんとは仲良くしてる?」

「えぇ、まぁ。仲良くさせてもらってますよ。」

それなら良いのよ。と、先生は呟くように言い、風に揺られた髪を撫でる。

「それで、本題なんだけど。」

夕陽を背に、先生は話し出す。

「最近、この近くで交通事故の件数が増えているのを知っている?」

「えぇ。学校前の横断歩道ですよね。車のブレーキが間に合って、あわや事故と言ったものを含めればもっと多いのだとか。」

「そう。その件についてよ。どうやら、夏休みも中間、八月中旬から事故が増え始めたの。

 最初は、野球部所属の二年生。一日中練習の後、帰路に着こうとしていた所だったわ。数人でお喋りしながら信号を待っていた時、一人の生徒が突然歩き出したの。ごく当たり前の様に。

 そこに丁度車が通りかかって……。

 幸い、大事には至らず2週間で退院できたらしいんだけど。それから、不規則に、だけど取り留めなく事故が起こり続けた。今もきっと、終わっていない。」

 グラウンドからは金属がボールを弾く音。野球部の練習風景が、屋上からは良く見えた。

「夏休み明けて数日。変な噂を耳にするようになった。」

薄暗くなりつつある空を見上げて、先生は続ける。

「事故が立て続けに起こるようになったのは、翼の生えた猫の仕業なのだと。噂は現実味が無いものほど、より早く広まるものよね。事件現場では時折、猫の鳴き声がするのだとか、現場には白い羽が落ちているのだとか。

 貴方も、噂くらいは聞いたことあるでしょう。」

「えぇ。まぁ。」

クラスメイトとの交流が浅い為、誰かが話しているのを小耳に挟んだ程度なのだが、翼の生えた猫という言葉は確かに聞いた事がある。

「それで、僕にそんな話を聞かせてどうするんですか?」

「決まってるじゃない?」

先生は僕を見て、にこりと笑う。

「妓詠さんと貴方の二人に、今回の事件を解決して欲しいのよ。」

「はぁ。」

「実は教頭先生から、立て続けに事故が起こるので、原因を調べてほしいと頼まれたの。でも私も多忙な身だから、調査ばかりに時間を割くわけにもいかない。そこで貴方達よ。」

「そんな事を言われても……。」

「報酬は勿論用意するわ。それに、こう言う非現実を調査するのが、貴方達の本分でしょう。」

それを言われると弱い。それに、先生からは部室を提供してもらっている身だ。断るのも忍びない。

 こういう時、妓詠先輩なら何と言うのだろう。

「先輩と、相談してみますね。良い返事ができるように努めます。」

「そう言ってくれると思ったわ。あ、当たり前だけど身の危険を感じたらすぐに手を引きなさいよ。」

じゃあ、そろそろ帰りましょうか。先生はそう言い、屋上の扉を開ける。

 僕は先生に連れられて、赤黒い夕日に背を向けた。

「コーヒー、ご馳走様でした。」

「いいよ、相談料みたいな物だ。良い返事を、期待しているよ。」

 先生は前を歩いていて、その表情は見えない。何の意図があり、僕達にこんな事をさせるのか。考えても答えは一向に出てこない。

 明日は土曜日。妓詠先輩に誘われて、本格的な喫茶店という物に入ってみる予定だ。折を見て、今日のことを相談しよう。

 僕は先生と別れ、校舎を後にした。

 校門を出るとすぐに横断歩道がある。心なしか、歩行者信号の青い光が一層強く感じられた。

 

 

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