沈海の街〜05〜
ネットカフェで一晩を明かした僕達は、朝日が昇る前に、電車に乗って地元へ戻った。非日常を共に過ごしたお陰か、互いに遠慮や他人行儀の様なものが無くなったように感じる。電車の中でも、どうでも良い雑談に花を咲かせていた。しかし、あの夜の出来事については、お互い口に出そうとはしなかった。
確かに、この身で体験した出来事なのだが、胸の内に留めておくべきだろう。もしも誰かに話そうものなら、僕の知らぬ誰かに、或いは僕自身にもっと大きな災いが訪れてしまうのだろう。
口は災いの元、沈黙は金。昔の人は良い言葉を残したものだと、学生の身分ながらに実感した。
僕達は地元の駅で降りて、そのまま解散した。家に帰るなり、ベッドに倒れ込む。疲労感があるが、まだ興奮しているせいか目が冴えている。
日曜日の昼過ぎ。僕は机に向かい、ノートにペンを走らせる。今回の旅で遭遇した出来事、出会った人の事などを、思い出せる限り記録しようと思ったのだ。
別に誰かに伝えようと言う意図はない。小説のように仕立て上げる訳でもない。
未知の神を創造し、それを崇める異形の集団から逃走する話。面白そうではあるが、生憎それを実現する創造力が僕にはない。
そもそもそれでは旅の記録になりえない。
多少の主観を加えつつも、なるだけ事実のままを書き記す。上手くできたら先輩に見てもらい、オカルト研究部の非公開記録にでもしようと思う。
結局、日曜日に徹夜する羽目になり翌日の学校生活に支障をきしたのは、また別の話。
後日、人に聞いた話。
沈海の街は、昔から海を司る神様がいると信じられていた。街の住民は皆、海の子であり海に帰する事こそが救いなのだそう。
月が満ちる夜。住民たちは母なる海に祈りを捧げる。そして、いつか海と共になる為に、代償を払う。簡単に言えば、生贄である。
街の外から来た人間を捕まえて、生きたまま海に還す。そうする事で、自分達が海の子となれると信じている様だ。
実際、彼らの信仰はあながち嘘っぱちでもない。あの街の住民は、普段は人間らしい姿形をしているのだが、月が満ちるとその身体は異形のものへと変貌する。
彼らが信仰する対象。神とも呼べる「それ」の祝福か、はたまた趣味の悪い気紛れの類なのかも知れない。
しかし、彼らは自身の醜い姿を大変良いものだと考えている。海の子に成れた証なのだと。
信じる者は救われる。であれば彼らは、人智を超えた「それ」に、大昔に足を掬われたのかもしれない。
そう考えると、本能的に嫌悪したあの異形に、憐れみの感情を抱いてしまうのも無理はない。