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沈海の町〜01〜

「旅に出ましょう。」

教室に入ってきた妓詠こよみ先輩は挨拶もなしにそう告げる。放課後の多目的室。古い教室のため鍵が掛かっておらず、教師の見回りもない。

 僕達がオカルト研究会の部室として、無断で使用している場所だ。本来であれば正規の手続きを踏まないといけないのだが、同好会に使わせる部室は無いと、突っぱねられてしまった。図書室を使おうにも声のボリュームを落とさなければならず、話し辛い。

 途方に暮れていた所に、ある教師が紹介してくれたのが、現在使っている多目的室なのである。その教師からは多目的室の使用に目を瞑ってくれる代わりに、問題など起こさない様にと釘を刺されている。

 「睦美むつみくん。話を聞いているかしら?」

唐突に旅などと言われて、茫然としている僕の顔を、妓詠先輩は上目遣いで覗き込む。

「あ、いえ、すみません。唐突だったもので。」

「まぁいいわ。面白い話を聞いたのよ。」

先輩は机の脇に鞄を置き、席に着く。

 この多目的室、普段使われていないだけあり、机の配置などは自由に変えられる。現在は教室の隅に机を片付けてており、二人分の机が向かい合うようにして置かれている。そこに僕らが腰を下ろしている訳だ。

 いつものように、向き合うように座る先輩を尻目に、僕は手に持っていた文庫本に栞を挟む。

「この前、不思議な話を仕入れたのよ。」

先輩は胸ポケットから一枚の写真を取り出す。

「この写真は、数年前に廃刊になったオカルト雑誌に掲載されていた物。これを見て、あなたはどう思う?」

「夜の海、ですね。満月で雲もないので、夜なのに明るく感じますね。浜辺に立っているのは……」

その写真には月明かりの下、夜の海を背にひとり立つ人影が映っていた。

 薄暗い為、パッと見ただけでは容姿は分からないものの、背を丸め、前のめりに立っているようだ。

「人……ですかね?夜釣りに来たついでに撮ったものでしょうか?」

「人に、見えるわよね。シルエットだけを見るなら。」

先輩はそう言ってもう一枚の写真を見せてきた。

「これはその写真の解像度を、少しだけ上げたものなの。」

見せられた写真は、最初に見たものとは別物に見える異様な気配を纏った物だった。

 浜辺に立つ人影は、その姿形を薄らと映し出されている。そしてそれは、おおよそ人間とは呼び難い異形だった。

 シルエットは人間と遜色ないが、顔立ちが異様そのものだった。目は左右離れており、鼻が潰れている為かのっぺりとした印象。

 髪の毛なんかも無いようで、人の頬に当たる場所からは鱗のようなひび割れが首筋まで続いていた。シャツを着ているようだったが、顕になった腕にもやはりひび割れがある。手の平は、人のそれよりも明らかに大きく、魚のヒレのような形をしている。有り体に言えば、河童の水かきのようなモノ。

 そんな異形を、ひと言で表すのなら

「……魚人、ですか?」

「貴方も、そう見えるのね。」

その人影は、オカルト雑誌なんかで偶に見る半魚人の姿そのものだった。

「出来の良い、合成写真か何かですか?」

今更な質問に、先輩は首を傾げる。

「真偽は不明。だけど、それを解明してこその私達じゃない?」

落ち着いた声色だが、その恍惚とした表情から子供のような無邪気さが見え隠れしている。

「と言うわけで、旅に出ましょう。この写真の撮影場所も既に調べはついているの。後は真実をこの目で確かめるだけ。」

「旅に出るって言ったって、学校はどうするんですか?」

「休めば良いんじゃない?」

「そんな簡単に……。」

あっさりと言われてしまった。だが、聞くところによれば、先輩は成績優秀で教師からの信頼も暑いらしい。病欠と言えば、簡単に信じてもらえるのかも知れない。

「予定だと、四日くらいと見てるから、次の週の木曜日に出発する。勿論、強制じゃないから、自由意志に委ねるわ。」

自由意志だなんて言いながら、先輩は僕が行かないだなんて微塵も思っていないようだ。 

「分かりました。必要なものがあったら早めに教えて下さい。」

「流石は睦美くんね。貴方ならそう言ってくれると思っていたわ。」

先輩はそう言って口元を目を細める。

 惚れた弱みとでも言うべきか、この人の願う事ならば出来るだけ叶えたいと思ってしまうのだ。

 梅雨も明け、夏の日差しが窓から差し込むこの日。僕らは好奇心のままに、不可解な事件に巻き込まれていく。


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