序文
幽境とは、現世と冥界の境目。
ふたつは常に隣り合わせにあるが、決して交わらずに境界を隔てて存在している。しかし、日に数度、その境界線が曖昧になる時間がある。
ひとつは深夜二時頃。ひとつは午後五時頃。
いわゆる、丑三つ時と逢魔時の事である。古い時代、人は何を思ったかその境目を発見して、あわよくば自由に行き来しようとしたのだとか。
ところが、幽境を超え生還する者は未だ現れず。必然、冥界に足を踏み入れた者には死が訪れるのみ。
これは、この世とあの世の境目に立ち、日々を過ごす若人達の物語。
誰が呼んだか幽境異譚。死があなたの背後から、飽きて消え去るその日まで。
僕、睦美久と妓詠真先輩との出会いは、振り返ってみると単なる偶然が重なった結果なのだろう。
ひとつ違う学年で、何の接点もなかった男女が、ある日を境に学校側非公認の同好会設立した。これが偶然でなければ何だと言うのか。
ある男は言った。
「キミ達の出会いは運命であり、定められた事象だったのだ。」
しかし、運命というものは、その人間の大まかな道筋を表すものでしかなく、結果に至るまでの過程で幾つもの分岐点を持っているものだ。
運命など所詮は結果論でしかなく、その過程は数多の偶然の集合体に過ぎないと言うのが持論だ。
偶然にも僕らは同じ時代に生まれて、同じ学校に入学していた。偶然にも同じ日の放課後、図書室を利用していた。
さらに、僕達はこれまでの人生の中で、同様の著者を好む人間に出会えていなかった。そして気が向いたのか、話しかけられ、話が弾んだ。
同好会に勧誘された時、普段なら断っていたのだろうが、その日は偶々、新しい事をして見ようと前向きになっていたのだ。
そうして僕達は、偶然にも運命的な出会いを果たしてしまった訳だ。
「偶然が積み重なれば、それは運命とも呼べる。」
妓詠先輩はそう言って僕を同好会に誘った。
自分で言うのも何だが僕は単純な男であり、共通の趣味を持つ美人な先輩と交流を持って舞い上がっていたのかも知れない。
後悔はしていないが、思慮が浅いとも思う。
僕達が立ち上げたのはオカルト研究会。
校内外問わず、非科学的な事象を探してその謎を解き明かす。そんな大義名分を掲げているだけの、SF小説が好きな二人の溜まり場と言った感じ。
放課後、鍵の掛かっていない多目的室を利用して、最近読んだ小説の感想を言い合ったり、心霊の正体など答えのない議題について語り合ったりしていた。
触らぬ神に祟りなし。何も知らない方が今思えば幸せだったのかも知れない。
互いに深い仲でもなかったので、話し掛けるのにも少し遠慮がある。それでも、一度話し始めると饒舌になるのだ。
そんな、楽しくて平和な日常に変化が訪れたのは、六月の下旬。梅雨も終わりかけたある日の事だった。