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黒髪の青年と貴族階級の娘

【お題】黒髪で少女嫌いな青年とわがままで貴族階級の少女の日常の一コマを描いて下さい。

 あぁ、また来た。そんな事を考えながら、男は客席に視線を送る。

いい所のお嬢さんなのだろう、高価そうな服に身を包んだ娘は、ケーキと紅茶をいつものように注文し、それを残らず平らげてゆく。

 いつも同じ時間にやって来る娘。同僚の話では近所に住む貴族の娘なのだという。日本生まれ、日本育ちの男には貴族というものはピンと来ないのだが、彼女に対する周りの気の使い方を見れば、大方想像はつく。

 どうしようもなく男はこの娘が苦手であった。


「おい。呼んでる」


 同僚の言葉に、男は大きくため息をついた。それに対し、同僚は同情的な視線を送りはするが、代わってやろうと言う気はないらしく、急かすように男を厨房から追い出した。

 被っていたコック帽を手に持ち、男はで表情筋を全力で動かし笑顔を作る。


「如何なされました?」

「まずい!こんなのケーキじゃない」


 また始まったという、他の人間の視線を感じながら、男はぎゅっとコック帽を握りしめた。心の中で、だったら毎日来んな!毎回呼び出すな!きっちり食うな!と毒付くが、それを口にだすことはこの店のパティシエとして赦されない。

 ぐっとこらえて、男は、申し訳ありません、と短く言い深々と頭を下げた。


「1年経っても全然美味しくならないじゃない。貴方才能ないんじゃないの?」


 黙っていれば可愛らしいと、誰もが言うであろう娘の口から吐き出される言葉。男は曖昧に笑うと、また、申し訳ありません、と言葉を零す。


「それしか言えないの?」

「……お客様の口に合わないのならば、パティシエとして自分から言えるのはお詫びの言葉だけです」

「……行っていいわよ」


 そう言われ、再度頭を下げると、男はそのまま厨房へ戻っていった。それを見送った娘は、ふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らすと、会計を済ませ店を出て行った。



 厨房に戻ると、男はコック帽を思わず床に叩きつけて舌打ちをする。それを見た店長は、呆れたような、それでいて同情的な表情を浮かべて彼のコック帽を拾った。


「1年間お疲れ様」


 ポンポンとコック帽の埃を払い、店長は男にそれを手渡す。それを受け取った男は、少しだけ申し訳なさそうな顔をして店長に詫びた。


「すみません。俺のせいでいつもクレームになってしまって」


 その言葉に店長は咽喉で笑うと、男の頭を子供のするように優しく撫でる。


「あんなのはクレームとは言わないよ。君は努力家だし、私は才能があると思ってる」


 慰めるような言葉に、男は悔しそうに口元を歪めた。


「一回ぐらい、美味しいって笑ってもらいたくて努力はしているんですけど」

「知ってる」




 翌日いつものように店を訪れた娘は、ケーキを口にして首をかしげた。


(?味が違う?)


 どうしてだろう。あの男がレシピを変えたのだろうか。そう思い、いつもの様に食べ終わった後に、店の人間を呼びつけた。

 しかし、彼女の前に立ったのは、日本人パティシエの彼ではなく、この店の店長であった。


「……貴方は呼んでないわよ」

「それを作ったのは私ですから」


 温和に笑う店長を見上げながら、娘は少しだけ驚いたような顔をする。


「いつもの人じゃないの?」

「はい。お客様のお気に召さないようですので」


 そう言われ、娘は卓を叩くと、店長を怒鳴りつけた。


「あの男がこの店のパティシエじゃないの!?別にアンタのケーキなんか食べたくないわよ!」

「そう申されましても。今はもう彼は、この店にはいませんので」


 それに対して、たしなめる訳でもなく、詫びるわけでもなく、店長は淡々と事実だけを伝えた。


「え?どういう事よ」

「言葉のままですが何か?」


 わなわなと口元を歪ませる娘に視線を送りながら、店長は、食べ終わった食器を下げようと卓に手を伸ばすが、それを娘は掴み睨みつける。


「どうしてあの男はいないの?」

「貴女が笑わなかったからですよ」


 意味が分からない。そういう様な顔をした娘を見て、店長は瞳を細めて笑った。


「彼は菓子で沢山の人を笑顔にして、幸せにしたいとこの世界に飛び込んだのです。貴女に喜んでもらうのは無理だと。それだけですよ」

「何よそれ!意味が分からないわ!」

「おや。貴女には喜ばしい事じゃないのですか?気に入らないパティシエがいなくなたのですから」


 その言葉に、娘は顔を紅潮させて俯いた。握りしめた手が震えているのが解って、店長は口元を歪める。


「別に……あの男のケーキが気に入らなかったわけじゃないわよ!」


 ヒステリックに声を上げる娘に、冷ややかな視線を送りながら店長は口を開いた。


「そうでしょうね。けれど全て手遅れです。残念がってましたよ。一度も貴女に美味しいと笑ってもらえなかった事を」


 その言葉に娘は顔を上げて呆然としたように店長を見上げた。みるみる瞳に涙がたまるのを眺めながら、店長はその卓を離れようとするが、娘はまた、店長の手を掴んでそれを止めた。


「どうすればいいの?どうしたら戻ってくるの?」

「……」

「だって!ああやって呼び出さないと話なんか出来ないじゃない!私の方に見向きもしないじゃないの!どうしたら良かったの!」


 彼女が呼びつける理由など、傍から見れば厭というほど理解できた。しかし、パティシエは、己の菓子で満足してもらえないという感情しか抱くことが出来なかったのだ。


「美味しい物を美味しいと素直に言えば良かっただけですよ。全ては手遅れてですが」


 娘の手が緩んだのを確認して、店長はそっと彼女の手を振りほどくと、その場を後にした。




「良かったんですか?店長」

「可愛い弟子コケにされて黙ってられませんが何か」


 厨房に戻った店長はそう言い放つと、乱暴に髪をかき混ぜる。


「よくもまぁあんな娘の嫌味に1年間も耐えたわ。凄い忍耐だよ日本人」


 そう言うと、店長はつまらなさそうに、客席に視線を送る。恐らくまだグズグズと泣いているのだろう、娘は袖で涙をぬぐって俯いている。


「っていうか、アイツ一週間で帰ってくるんじゃないんですか?」

「日本のお土産楽しみだねぇ」


 あの話ではまるで二度と彼がこの店に戻ってこないという様な話ぶりであったが、実際は、彼は日本に一時帰国をしただけで、直ぐに戻ってくるのだ。故郷でリフレッシュして、あの貴族娘をギャフンと言わせる様な凄い菓子を考えてくる!と言って飛行機に乗ったのは今朝のことである。


「……大丈夫なんですかねぇ。お嬢さん怒りませんかねぇ」


 心配そうに客席に視線の送る部下に、店長は意地の悪い笑いを浮かべた。


「怒ったらなら、それはそれで、またあのお嬢さんの耳元で意地悪なこと言ってやるだけさ。同じことされたらどんな気分になるかいくらでも味合わせてやる」


 あぁ、早く戻って来いよ。そのうち店長とお嬢さんつかみ合いになるぞこれ。そう思いながら、部下は同僚の帰りを待つことにした。 

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