表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

教師と生徒

【お題】教師で仏頂面の青年と内気で青年の初恋の人に似た少女が幸せそうに笑っている場面を描いて下さい。

 決して莫迦な生徒ではない。けれどどういう訳か、自分の受け持つ授業だけは成績が振るわない。

そう考えて男はせっせと補習用に配布したプリントを埋めている少女に視線を落とした。

汗ばむ陽気で、クーラーもない教室は、窓を開けているために僅かに風は通るが、十分ではなく、思わず教師はネクタイを緩めた。

 それに気がついた生徒は、僅かに顔に微笑を浮かべた。それを見て、彼はただでさえ仏頂面だと言われている顔を顰めて口を開く。


「笑ってる場合か」

「すみません」


 言葉だけの謝罪だというのは、彼女がまだ笑っているので教師にも解った。


「全く糞暑いのに補習に付き合う俺の身にもなってみろ」

「ネクタイだけでも暑ければ、全裸になれば良いと思います先生」

「どうしようもない莫迦だなお前は」


 呆れたような口調で教師は返答したが、それを見て女生徒はまた笑った。

どうして、という気分になり教師は暫し手を動かす彼女に視線を送った。こうやって問題を解いている様子を見ると、さほど苦戦している様子は見えない。予習をやってきたのだろうか、それともテストに出た場所がたまたま苦手なところばかりだったのだろうか。

 じっとりと汗ばむ手を、何度か開いたり閉じたりしながら、教師は女生徒を眺める。

 少しだけ入っている風のせいで揺れる彼女の前髪。それに気が付き、教師は彼女から視線を逸らしてぼんやりと校庭を眺めた。余り気分の良くない事を思い出したのだ。

 まだ自分が学生だった頃の情けない思い出は、ふとした拍子に心の中で疼き、そしてかつての自分を絞め殺したいほどの後悔の念にかられる。どうしてそんな毀れた思い出を今思い出したのだろうか。

 気がつくと女生徒は不思議そうな顔をして、教師の顔を眺めていた。それに驚き、彼は、小さく、どーした?と言葉を放った。


「先生って黙ってると男前ですよね」

「クソガキ……」


 思わず零した言葉を聞いて、彼女は少しだけ驚いたような顔をしたが、直ぐにまた笑い出した。


「そーゆー所が残念なんですよ」


 あぁ、そうか、彼女に似ているのか。毀れた思い出の中に住む少女。それに気が付き、教師は思わず大きくため息をついた。顔も忘れたと思っていた。けれど、一度思い出すと、細かいところまで鮮明に思い出して厭になる。ほっそりとした指先、白い肌、黒い髪はいつまで触っていたかった。淡く微笑んでいた彼女の表情が凍りついた時のことまで思い出して、教師は思わず目を背けた。


「先生?」


 そう言われ、彼は誤魔化すように小さく咳払いをすると、ぎこちなく笑顔を作って言葉を零した。


「……これが満点だったらジュース奢ってやるよ」

「ごちそうさまです」


 心底嬉しそうな顔をした彼女を見て、言わなければ良かったと彼は後悔した。どうして似ていると気がついてしまったのだろうか。気がつかなければ、毀れた思い出と一緒に又、長い時間何事も無く過ごせたというのに。


「センセ」

「今度は何だ?菓子はつけんぞ」

「口を開けば残念ですけど、好きですよ」


 今自分は一体どんな顔をしているのだろうか。そう考えたのは一瞬だった。目の前の少女が、にっこり笑って答案用紙を差し出したので、彼は考えるのを放棄した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ