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私のケツにキスしやがれ!

俺は今、すごく動揺しているんだと思う。


なんで?

頭の中は、それでいっぱいだ。というより、溢れかえってる。


「...フゥ」


深呼吸。

幾分か冷静になれて、辛うじて目の前の出来事に、焦点を合わせることができるようになる。


そして、ほぼ予兆なく唐突に起こったように見えるこの出来事について、何かしらの引っ掛かりを覚えた俺は、()()()()にした。


──その時の私も、学校の屋上でこんな風に誰かと、夕陽を見たいと思ってたんだよ

──このまま二人で...いや、何でもないや 


潜る。


──本を読んでいる間は、現実から逃げ出して。何もかもを忘れて、夢中になれたんだ。

──...東雲君があんな感じになるのは、別に今日が初めてって訳じゃない。ずいぶん久しぶりだけどね。


潜る。


──自分のことをテーマに書いてほしいな。君のこと、知りたいから

──昨日私は、君が言うその浅ましい部分も含めて、君のことを知りたいって言ったんだよ


..........

 

「...まさか」

脳みそをフル回転させ、到達した一つの結論。



それは、あまりに突飛で、運命的で、そして何より認めがたかった。


現れたのは、目を背けて、気付かなかったことにして。

何もかもなかったことにしたい衝動。


そんな時。

──今度こそ、目を逸らすなよ

7年前の俺が、そう言ってくれたような気がした。

....そうだ、リク。逃げちゃ、ダメだ。


....よし。

「行くぞ、俺」

答え合わせの時だ。


そう覚悟を決めた俺は、よろよろと立ち上がり廊下を、おぼつかない、でも確かな足取りで部室へと向かう。


部室に到着し、扉に手をかけ、開ける。

いつもより何十倍も扉が重く感じた。


「ようやく帰ってきたね。ずいぶんお楽しみだったじゃ...おい、何があったんだ」


俺が旗から見ても尋常じゃなかったのか、神田は珍しく動揺しているようだった。


「一つ良いですか」


「それは僕の質問に答えるより優先すべき事項なのかい?」


「大事なことなんです」


そう言って、俺は神田に力強い視線を向ける。

神田は険しい表情で俺を見ていたが、観念したように口を開いた。


「...分かったよ。何だい?」


「...フゥ」


深呼吸をする。

うん、口に出すことができそうだ。


「東雲先輩の、名前を教えてください」


神田は険しい表情から一転して、不意を突かれたような表情を見せる。


「君、知らなかったのかい?」



「朱音だよ、東雲朱音だ。」


.........確定だ。



思えば、俺はずいぶん前から漠然と気が付いていたんだろう。


そうだ。

だだ俺は、気付かないフリをしていただけだったのだ。













「リク、早く登ってきなよ~!」


「簡単に言うな!落ちたらどうするんだよ!?」


「え?もしかしてビビってる?」


「ビビッて...!そんな訳ないだろ!」


「じゃあ早くこっち来なよ、男の子でしょー」


声が聞こえるのは、僕の頭上。

彼女は、公衆トイレを覆い隠す屋根の()()うつぶせになり、軒先をつかみ覗き込むような態勢で、僕にいたずらな笑顔を向けながらそんな風に揶揄ってくる。

近くに生えた木から辛うじて飛び移ることのできるその場所は、その丁度良い危険性も相まって、公園の近所に住む小学生からは度胸試しの場として使われていた。


「無茶言わないでよ...!」


「良いから早く来てー!」


彼女に急かされた僕は、渋々、木の幹にあるへこんだ部分に足をかけ、両腕を太い枝に引っ掛ける。

そして、幹を思い切り足で蹴飛ばし、その反発力と腕力で、何とか枝に乗ることに成功した。


後はここから屋根に飛び移るだけなのだけど。


「...やっぱ怖いよ!降りていいよね?降りる!」


「ダメ!あと飛ぶだけでしょ!」


「いやこれ、届かなくて落ちたら死んじゃうよ!」


「絶対届くから大丈夫!もし落ちても死んだりしないから」


「でも...」


「私のケツにキスしやがれ!言い訳考えてないで、覚悟決めて。」



思えばこの瞬間、僕の中の何かが変わったのだと思う。

少なくとも今までの僕なら身動きが取れなかったであろう状況で。

一歩を、踏み出してみようなんて思ったのだ。


バランスを取りながら体をゆっくりと起こし、幹の上に二足で立つ。


足に、そして体全体に力を入れる。

丁度歩幅分残されたスペースを利用して助走をつけ、勢いよく飛んだ。


「うおっと...!」


屋根に何とか着地したが、バランスを崩し屋根から落ちそうになったその時。


「捕ま...えた!」


彼女が俺の手を取り、思い切り引っ張る。


「危...ねえぇぇ!」


何とか屋根の上にとどまることができた僕は、体全体を包み込む恐怖感と共にそう口に出した。


「助かったよ、朱音」


「良いってこと!それより、周り見渡してみてよ」


一息つくことができた僕は、彼女にそう言われて初めて周りの景色が目に入ってきた。


「わあ...!」


屋根の上から見下ろすことのできる公園の景色の新鮮さ。

そして何より、今まで公園の周りを囲む建物で見えなかった風景は、格別だった。


「ね?一歩を踏み出してみて、良かったでしょ?」


朱音は、ニヤリと元気な笑みを浮かべながらそう言ったんだ。


小学4年生の夏休みにあった一幕。そしてこれに続く一連の出来事が、俺の人生のターニングポイントだったのは間違いない。









「まずッ!」


「私のケツにッ!キスしやがれッ!ッシャア!」


テレビ越しに映った僕の操作するキャラクターが、あっけなく奈落の底に墜落する。

フフン!と得意げな顔をしながらそう言い放つ彼女。

海外映画に出てくるそんなセリフを、晴 朱音という人物は好んで使っていた。


晴 朱音

僕より一つ年上で小学5年生の彼女とは、家が近所にあり年が近い。

そして、何年も前からお互いの家を頻繁に行き来したり、共に学校へ登校したりなど、今日に至るまで、何かにつけて一緒に行動する仲だった。


今の今までそのような関係が続いたのは、彼女の男勝りな性格故友達が少ないことと、僕の内気な性格に起因した、これまた同様に友達が少ないこと。


そして何より。


「朱音もう一回!ラストだから!」


「んー?どうしてもー?」


「良いってそういうの!」


イライラそう言う僕に、彼女はニタニタしながら僕を焦らすように見つめた後、「仕方ないなー」なんて言いながらリスタートボタンを押す。


お互い直接言う事はないのだろうけど。

僕たちは、互いに馬が合うのだろう。じゃなかったらこんなにずっといない。




「朱音強すぎだって。どうせまたコソコソ練習してるでしょ」


「いやいや、私の溢れんばかりの才能の賜物だって。ごめんねー才能有りすぎて」


僕との対戦に6連勝し有頂天な彼女は、「アハハハハハ!」とそれはもう嬉しそうに笑う。

「うぜー」と僕はそう言いながら、ソファーにドサっと思い切り腰かける。


「あ、そうだ。今から朱音の家行こうよ。久しぶりに人生ゲームやりたいし」



「んー、今はダメ」


朱音は意外にも素っ気なくそう返事をし、同じようにソファーにもたれかかる。

その返しにあまり納得がいかず、僕は口を再度開いた。


「でも朱音最近ずっとそればっかりじゃん。たまには朱音の家行かせてよ」


「本当にダメなの、少なくとも今は」


彼女は僕から目を逸らし、ベランダ側を見つめながら、


「...分かってくれる?」


と、ぼそりと呟くように言った。


「...ごめん。そこまで言うなら、やめだ」


僕はそう言った後、何だか気まずくなって、さっきまでプレイしていたゲームの待機画面をぼんやりと見つめる。

こんなことになるなら言うんじゃなかった。


...


「あーもうこの話終わり!変な空気になっちゃったじゃん!分かってくれたら全然それでいいの私は。」


彼女はそう沈黙を破り、「そういえばさー、昨日公園でドイルの野郎が~」なんて、そこからまくし立てるように色々と話し始めた。


やっぱり朱音には敵わないな、なんて。

そう思いながらも、彼女への不安が残る。


ここ最近、とは言っても、もう3ヶ月くらい前になるか。

朱音は僕を家に入れたがらなくなり。

そしてそれに関連するように、僕は彼女が影のある表情をよく見るようになった。


今朱音の周りで何が起こっているかハッキリとは分からない。

そして、できるならその直面している問題に、解決とはいかなくても、支えることができたらなと思う。


でも、

彼女かここまで干渉されるのを嫌がるのなら、踏み込むのはやめておこう。

ただ一緒に過ごすだけで、支えになればいいのだけれど。


「...ねえ、聞いてる?」


「ん?ごめん、もう一回最初から頼むわ」


「はぁ?出たよそれ!リクいつもそれじゃん!」















朱音が突然「星を見に行こう!」なんて、脈絡のないことを言い出したのは、あれから一週間程過ぎた土曜日の夕方の事だった。


てっきり(というか普通は)明日以降の話だと思っていた僕は、夜に彼女が親の目をかいくぐって部屋に侵入し、僕の腕を引っ張り外へ連れ出そうとしたときには、流石に拒否しようとした。


でも、朱音の雰囲気がいつもと違って、何だか不安定な気がして。

そして、親の目を忍んで外にでるというワクワク感もあって。


僕と朱音は気付いたら外へと繰り出していた。

いつもと同じ道。だけどいつもとは違う雰囲気の世界に、僕も朱音もテンションが上がっていたのか、普段以上に会話を交わしたような気がする。


そんな感じで行きついた先は、いつもの公園。

朱音が、「屋根の上、登っちゃおうよ」と言いつつ、ささっと洗練された動きで木伝いに屋根に着地する姿に戦慄しながら、いつもよりおぼつかない足元に不安を覚えつつも、何とか屋根に着地。


「流石に楽勝か」


「嘘つきなよ。リク相当ビビってたでしょ」


なんて、そんな会話をしながら二人で屋根に仰向けに寝転がった。



「...」「...」


あー、何というか。


「...なんか、思ったより見えないな」


「ちょっと、私言うの我慢してたのに」


隣で朱音が「私のケツにキスしやがれ!口に出しちゃうとほんとに見えなくなっちゃうじゃん!」なんてよく分からないことを言っている。


まあ、ここは外れとは言え街の中。多くの光が存在するこの場所では、星がそれこそプラネタリウムのように見える訳はないのだ。



「でも、いつもより見える気がするよ。それに、」



「朱音とこうやって二人で見れて、楽しいよ」


...何だか歯が浮くようなセリフだが、まぎれもない本心だし、どこか不安定な朱音を支えたいという意思表示もあったのだと思う。


朱音はしばらく黙りこくった後、「リクがそういうこと言うの、何だか不思議な気分だな」と独り言のように呟く。


そのまま、僕らは会話を交わさず、夜空を見続ける。

やはり都会の空でもハッキリと見えるのは4つの一等星。ベガ、アルタイル、デネブ、アンタレスだ。僕はその中でも赤色に輝くアンタレスを、なんとなく、ぼんやりと見つめていた。


「...ねえ」


朱音が口を開く。


「リクが今どの星見てたか当ててあげようか」


彼女はそう言うと、僕が返答を待たずに続けた。


「あの青色の、アルタイルでしょ」


朱音は右手を上に上げ、青色に輝く一等星のアルタイルを指さす。


「いや、違うけど」


「えー」


僕がそう返答すると、彼女は「嘘でもそこは合わせなよー」なんて適当なことを言う。


また訪れる沈黙。心地よいような、むずがゆいような、そんな沈黙を破ったのは朱音だった。


「...ねえ」


「──私が助けてって言ったら、助けてくれる?」


思わず朱音の方に顔を向ける。彼女は夜空を見上げたままだ。


「...当たり前だろ」


「そっか」


そう言うと、彼女は僕の右手に左手を添え、握りしめる。


「少しだけでいいから、このままでいてくれる?」


返事の代わりに、僕は強く彼女の手を握り返す。

視線を動かし様子をうかがおうとしたが、彼女は顔を反対側に傾けていて、表情を見ることはできなかった。
















それから2週間ほど経ち、長かったような、短かったような小学四年生の夏休みが、遂に終わりを迎えようとしていた。

あの後家に帰り、しこたま怒られた僕は、かなり凹んでいたような、そんな気がする。


そして僕とは反対に、後日、「私はねー、あんま怒られなかったかな」なんて、もの悲しそうに言う朱音に、僕は返す言葉を見つけることができなかった。



そして、それからだろうか。

いつもなら、公園にいたり、僕の家にふらりと遊びに来たりする朱音を、不自然なほど見なくなったのは。


最初は、2日や3日、会わないことだってあるか。

そんな風にぼんやりと考えていたが、それが4日、5日、6日と続き、遂には最後に朱音の姿を見たのは、10日前になってしまった。


公園の主、ドイルに「最近朱音見た?」なんて聞いてみても、「マージで見てない。アイツなんかあったの?」なんて、何の役にも立たない返答が戻ってきただけだった。


「流石に、おかしいだろ」

何か、良くないことが起こっている。

そう思った僕は、朱音がどうしても嫌がっていた、彼女の家に向かうことをようやっと決意し、玄関に足を進めていたところで、タイミング悪く母さんに呼び止められた。


「リク、どこ行くの?」


「朱音の家」


僕が素っ気なく返事すると、母さんは、何故か思案気な表情を見せる。しばらく言葉に悩んだのち、


「...あー、あのね。朱音ちゃんの家は、ちょっとゴタゴタしてるから、やめておきな。公園にでも行っておいで」


「は?何それ」


何だよ、それ。


「母さんも詳しくは知らないけどね...」


母さんはそう言いながらも続ける。


「ゴタゴタとしてるのは間違いないから、関わらない方が良いよ、というか関わらないで。こういうのは他人が関わってもロクなことないからねって、ちょっと!リク!どこ行くのッ!」


その言葉を聞いて、僕は駆け出していた。

朱音の家に行ったところで、何をすることができるのか。何もできないかもしれない。もしかしたら状況を悪化させてしまうかもしれない。


そんなことは分かっている。

でも、それを圧倒するナニカが、僕を、押井リクを前へ、前へと突き動かしていた。


...

......


2階建ての一軒家。晴の表札。着いた。到着だ。


「...ハァ...ハァ...」


立ち止まって見て、自分の呼吸が荒いことに気づく。何だか他人事みたいだ。

目的地に着き、少し冷静になった僕は、呼吸を落ち着けながら、家を観察する。


ポストは封筒やらチラシなんかが溢れて、パンク状態。

以前は丁寧に手入れされていた庭は、雑草まみれの、荒れ放題だった。


決定的だ。そう思った。

ほぼ完璧にピースが揃った。後は最後の一欠けらだけ。そんな気がした。



ここまで来たら、前に進むだけ。

赴くままに、足を突きだそうとした、その時。



爆発にも近いような音、乱暴にドアが開いた。朱音だ。

不自然にはだけた服、前よりも明らかに顔のこけている。


「リクッ!走ってッ!」


朱音は、必死の形相で僕にそう叫んだ。


彼女の張りつめた雰囲気に圧倒される。

靴も履かず、裸足で出てきた朱音は僕の腕を思い切りつかむ。

彼女に引っ張られるがまま、全力疾走。


何があったんだ。

何から逃げているんだ。

そんな疑問を口に出す余裕はなかった。



走る、走る、走る。

走るうちに公園についた僕らは、物陰に入り、ようやく足を止めた。


「...ハァ...ハァ...」


呼吸が荒い。心臓が爆発しそうだ。

呼吸を何とか落ち着かせようとしながら、朱音に視線を向ける。


朱音は肩を震わせながら、酷く周りを警戒した様子で、いつもの強気な態度は全く鳴りを潜めていた。

しばらくして、ようやく落ち着いたのか肩の震えが止む。


沈黙を破ったのは朱音だった。


「私、すごく、頑張ったの...頑張ってお父さんとお母さんの...う...また元に戻れるように...」


朱音は涙をポロポロと流しながら、言葉が溢れてくるのを、抑えられないみたいだった。


「でも、ダメだったの...!お父さんが出ていって、そしたら、そしたらぁ...そしたら、変な人が来て...!私、私、何もできなくて...出れなくて...!」


「リクが、外に見えて、今しかないって...!」


止まらない涙を一度拭った朱音は、手を伸ばし、僕の肩を思い切りつかんだ。


「もう、あそこに戻りたくない。もう嫌なの...!ねえリク、お願い。私の全部をあげるから、このまま二人で、逃げだして、二人で生きようよ。私に、あなただけを信じさせて...!私を助けてよ...!」


彼女はそう言うと、力尽きた様子で、僕にぐったりと倒れ掛かった。



この時に取った行動を、()は、今でも後悔しているし、今後も一生し続けるのだろう。


この時の俺は、自分が想像していたものより、少なくとも何百倍も手に負えないものに直面していることに、パニックなり、母親に助けを求めた。


論理的には、それが正しい選択なのだろう。

でも俺は、僕はその選択肢を選ぶべきではなかったのだ。


そこから先の出来事は、よく覚えていない。

自分の身に起こった出来事とは思えず、終始夢見心地だった。






後から聞いた話によると、母さんがやれることは全てやったらしい。

そして母さんは、朱音の身に、そして彼女の家庭に何があったのか、頑なに教えようとしなかった。


ただ事実として、朱音を含む彼女の一家は、この街を去っていた。

まるで悪い夢でも見たいたかのように、彼女の家はもぬけの殻だったのだ。


当然、朱音が夏休み明けに小学校に姿を現すことはなく、そして俺に何かを残すわけでもなく、最初からいなかったみたいに、消えた。

悪い夢でも、見ていたみたいだった。


いや、

もしかしたら。


今の今まで、そんな出来の悪い夢を見続けていたのかもしれない。

本当は、朱音はいつも通り公園にいて、俺の家に遊びに来たり、彼女の家に遊びに行ったりして。


そのまま成長して、同じ中学、高校に進学して。

でも、関係性は変わらなくて。


昔と同じように、彼女が家に遊びに来て、家のチャイムを鳴らす。


彼女は僕の応答を待たずして、ポスト奥に隠してある鍵を勝手に取り出して玄関のカギを開ける。

俺が自分の部屋からリビングに降りてきたころには、既にテレビゲームの電源を付けていて、だらしない姿勢でソファーに沈み込んでいる、そんな気さえしていた。




そう。()()()()()()()()









「...ぉ...!...おい!いい加減、何があったか、説明してもらうよ...って!おい!どこ行くんだ!」


「...ごめんなさい、神田先生!どうしても今じゃないとダメなんです!」


神田の制止を振り切り、俺は部室を飛び出した。


東雲先輩、いや、朱音の、昔とは似ても似つかない雰囲気。

腰近くまで伸び、目元にかかっている髪は、以前のショートでボーイッシュなスタイルからは正反対だった。そしてもちろん、異なる苗字は言うまでもない。


そして、それらすべてを踏まえた上で。

俺は薄々、無意識の内には気づいていたのだろう。


ただ、勇気がないから。

気づかない方が、楽だから。


気付かないフリをしていたのだ。



俺は走る。

上履きを履き替えるのですら、今は煩わしい。


走る。

校門を抜け、坂を全速力で下る。


走れ。

息が上がっているのが分かる。右足を思い切り踏み込み、左へ急カーブ。


走れ!

全身が悲鳴を上げる。体中の血液が酸素を求めて暴れまわる。捻じ伏せて、前へ、前へ、前へ!



...

......




彼女は、そこに立っていた。


誰一人いない、この公園でポツリと。



「東雲先輩、いいや...」


「朱音!」


彼女は、グルリとこちらを振り向く。


「俺、色々間違えたけど!俺達、ずいぶん変わっちゃったけど!」


「俺達、またやり直せるよな!?」





「...私のケツにキスしやがれッ!遅いんだよ...バカぁ...!」






(了)


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