リク君、何か私に、言う事ない?
「・・・はあ」
かなりの時間が経ち、ようやく冷静になることができた。
ちなみに冷静なだけで、精神状態は最悪だ。
死にたい。
「アイツらコロス」
手始めに矢田のSNSネカマアカウントを、奴の母親に送りつける。息子が女を装ってまで女と関係を持とうとしていることを、丁寧に教えてやろう。イヒヒ。
復讐の内容を色々と考えていると、東雲先輩から声がかかる。
「小説はどうかな、進んでるかい?」
質問を受け、復讐へ割いていた脳のリソースを一度リセット。
「一応テーマは決めましたよ、中々難しいですけど」
俺がこのテーマにした意味、そしてこのとりとめのない感情を、身を任せるがままに語りだせたらどんなに楽しいだろうか、そんなことを思う。恥ずかしいからやらないけど。
そんなことを考えながら口を閉ざした俺に対して、東雲先輩は呟くように
「良いね 楽しみだよ、本当に。」
なんて口にする。
そんな先輩を見ていると、思わず言葉が出てきた。
「このテーマで書くの、すごく恥ずかしいんですけど。同じくらい東雲先輩に見てほしいって思うんです」
...
あーやば、超恥ずかしいかも。
口から出た言葉を改めて頭で咀嚼して、若干後悔する。
「浅ましいですよね、アハハ...」
「そうかな?」
東雲先輩はそう口を開くと、顔をこちらに向ける。
彼女の力強い視線を肌で感じた。
「昨日私は、君が言うその浅ましい部分も含めて、君のことを知りたいって言ったんだよ」
...え?
俺と彼女の視線が交差する。恐らく俺の目はこれ以上ないほどわかりやすく泳いでいるだろう。
そんなこと言われたら!
ウレシイハズカシイ。
そもそもなんで初対面から先輩は俺に対して踏み込んでくるんだ???
もしかして→からかわれる?
様々な思考が脳を縦横無尽に動き回る。脳みそはショート寸前だ。
俺の頭が混乱状態の中、しばらく沈黙が続く。
すると彼女は腰を上げ、足早に廊下への扉にたどり着き手をかけていた。
せめて何か声をかけようとしたが。
顔を若干赤くした先輩は、そのまま逃げるように部室を出ていった。
今日は大変な日だった。
あの後そのまま作業する気にもなれず、まっすぐ帰宅。
帰宅後、夕飯風呂諸々を済ませ、自分の部屋のベッドに腰かけ一息つく。
ここまで心に際限なく刺激が加わるのは何時ぶりだろう。
ずいぶんと昔な気もするし、逆に直近である気さえする。
取りあえず、本当に疲れた。
ふと。
違和感を覚え、頬を触ってみる。
どうやら俺はニヤついているらしい。
「まあ確かに、」
ちょっと?というかかなり?楽しかったかも。
直近までのぬるま湯のような日々も悪くなかったけれど。
こっちの方が良い。
...
......
.........
「・・・あーーーそうだ」
小説を書かないといけないんだった。
それにつられ、部室での東雲先輩の言葉が蘇る。
『昨日私は、君が言うその浅ましい部分も含めて、君のことを知りたいって言ったんだよ』
...なんで東雲先輩はここまで俺に言ってくれるんだろうか?
俺はそんなこと言われるほどの人間じゃないですよとか。そういう話とは別に、そこまで関係値がないのにあの言葉が出てくるのはかなりおかしいように思う。からかわれる?
「いやでもなあ」
彼女は、わざわざそんなことはしない気がするんだ。そう思いたいだけだと言われればそれまでなんだけど。この気持ちにかなり確信を持っている自分がいる。
「んーーー・・・まあ、いいや!」
重要なのは、ここまで言ってくれる先輩がいて、それに俺が答えなきゃいけないってことだ。
「よし!」
そうときたら、まずは高校デビューの事を思い返すことにしよう。
高校1年生の3月。
世の中に星の数ほどいる男子高校生の一人であった俺は高校生活を、その大多数がそう考えるように、多くの友達、可愛い彼女のいる、主人公のような輝かしい3年間にしようと考えていた。
そのためには、自分が陽キャラと言われるような人間になる必要がある。
似たようなことを考えた矢田や田中と一緒に、遊び半分で、髪型なんかの見た目の部分や、物事に対しての姿勢や会話の仕方等の振る舞いの部分を研究し、各々己を陽キャラに寄せていくことにした。
当初は高校デビュー失敗まっしぐらの、陽キャラもどきイキリ男が爆誕することになるんだろうと、面白半分でやっていたし、実際矢田と田中のそれは、本当に見るに堪えなかった(その時の写真、映像はもちろん二重にバックアップして保存済み)
だが。ここで想定外だったのは、自分で言うのもなんだが俺の「陽キャラ」は真に迫っていたことだった。これを生かさない手はないと思った俺は、高校デビュー失敗まっしぐらの矢田と田中を尻目に、入学式のその日から、陽キャラを演じることにした。
まあどうせ、上手くいかんだろうけど。
そう思っていた俺の心情とは裏腹に、どうやら俺の陽キャラはそれなりに様になっていたようで。
所謂クラスの一軍と言われるようなグループにとんとん拍子で所属することができ、そこから先も、青春謳歌ルートの最前線を走ることができていた。
しゃあああああああああああwwwwwwwと心の中で叫んでいたのもつかの間
あれ?なんか違うかも。
最初は嬉しさのあまり気づいていなかったけど。
時間が経つにつれ、少しずつしこりを感じていった。
「体育のあのシュート、めっちゃ上手かったし、かっこよかったよ!」
「そう?全然練習とかしてないんだけど(笑)」
その返しはダセぇって
「そしたら、そいつ逃げ出しちゃってさあ!」
「アッハッハ!めっちゃ面白いなそれ!」
何も面白くねえよ
「あいつマジで気持ち悪かったな、言っちゃ悪いけど陰キャって感じだわ、リクもそう思うだろ?」
「まあまあ...」
そんなこと言うお前も、なあなあで誤魔化す俺も、気持ち悪い
...
......
.........
もちろんこれは、グループに所属している人間の一側面に過ぎない。
実際接していて心地の良いと思う事も多い。
だから、別に誰が悪いとか、そういうものじゃない。
いや、というよりは、キャラを作ってグループに溶け込んだのに、その些細なズレを許容できない俺に問題があるんだろう。
自分という存在の異物感が膨らんでいく。
身体を誰かの巨大な両手につかまれ、きりきりと絞り上げられ、激烈な痛みと共に自分の大事な何かがこぼれ落ちていくように感じた。
そしてしばらく。
昼休み、半ば機械的にグループで話していると、
「本田さんがリクのこと好きらしいぞ」
「それマジなら二人ともお似合いじゃん!」
本田美羽、このクラスの女子トップといってもいい存在だ。特段俺と深いかかわりがあるわけではないその名前を、こんな形で聞くとは思わなかった。
「いやまさか。本田さんが俺のこと好きなわけないでしょ」
と、やや不愛想に俺は言葉を返し、この話題を半ば強制的に中断した。
これでこの話は終わりに見えた。
だが、これにとどまらず、彼女が俺に対して好意を持っているというような話題を2日ほど頻繁に聞かされることになる(もちろん、本人のいない場所で)
それから3日後。
昼休み、同じようにグループで話していると、
どこか落ち着かない様子で、彼女が俺の視界を遮った。
その時。
グループの雰囲気が、明らかに変化した。
なにか、おかしなことが起こっている。
そう俺は直感した。
そして、彼女が口を開く。
「リク君、何か私に、言う事ない?」
...まさか。
まさかまさか。
そういう事なのか。
視線を動かし、周りの人間を見ると、明らかに分かっていた。
そして、これから起こることに対しての期待感がひしひしと伝わってくる。
なんだよ、これ。
気持ち悪い。
巨大な感情の嵐が俺を襲う。
言葉を発することなんて、とてもできそうにない。
俺が言葉に詰まり、しばらく黙り込んでいると。
「...ないの?」
彼女が半ば不機嫌そうに、そして半ば泣きそうになりながら、俺に言う。
やめろ。
視線を動かし、周りの人間を見る。彼らの攻めるような視線が俺に突き刺さる。
そして、彼らの、そして彼女の心から声が俺の脳内にガンガンと響き渡る。
好きと言え!
やめろ。
好きと言え!好きと言え!好きと言え!
やめてくれ。
好きと言え!好きと言え!好きと言え!好きと言え!好きと言え!
・・・やめて。
好きと言え!好きと言え!好きと言え!好きと言え!好きと言え!好きと言え!好きと言え!
・・・気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
気づくと俺は。
どうしようもなく肥大したこのキモチに突き動かされ。
クラスから、そして学校から逃げ出して。
それから一週間、登校をやめた。