疲れた時、ちょっと笑いたい時に読んでいただけたら嬉しい作品達
娘の彼氏
うちには娘がいる。容姿はそこそこ。勉強も運動も、そこそ。ごく一般的な女の子だ。
しかし、面倒というか心配なことが一つある。
それは彼氏。
高校生の時に、初めて彼氏ができたらしく、家に連れて来た。娘とはオープンな関係で、中学、高校の思春期も大きな親子関係のもつれや、「父親の洗濯物を一緒に洗うな!」というような、ひどい反抗期もなかった。
だから、初めて彼氏ができた時も
「お母さん、彼氏できちゃった♡」
と嬉しそうに報告してきた。そして、付き合って二ヶ月が過ぎる頃には、自分から家に連れてきた。同じ高校の一つ上の先輩だと聞いていたけれど、一目見て腰を抜かすかと思った。
金髪に両耳にじゃらじゃらピアスをつけ、制服はだらしなく着崩している。絵に描いたような不良だった。目つきは鋭く、口も悪そうだ、と思ったら
「ちわーす!」
と顔をくしゃくしゃにした人懐っこい笑顔で、明るい挨拶をしてきた。
「まぁ君、うちの学校の生徒会長なんだよ! 学年一頭いいの!」
少女漫画の主人公のように、娘が目をキラキラさせて言う。
ちょっと待ったー! この見た目の生徒会長ってどんなだよ! てか、娘の高校、大丈夫か?
「そうなんだね〜」
と返したけれど、顔は引き攣っていたのではないだろうか。
そんな私のことなんて全く気にする様子なく、娘はまぁくんの腕に絡みついている。
まぁ君と娘の付き合いは二年程で終わった。大学進学で地元を出たまぁ君と、物理的な距離ができた途端、いろんなことが上手くいかなくなったらしい。
まぁ、若者らしい恋愛ではあった。
♡ ♡ ♡
次の彼氏ができたのは、娘が大学二年生の時だった。
うちの経済事情により、娘は実家通学だった。夏休みが始まる頃、娘から報告があった。
「お母さん、彼氏できちゃった♡」
聞いてもいないのに、娘は新しい彼氏について話し始めた。どうやらまたしても年上らしい。三つ上だと言ったから、社会人だ。
親として気になるのは、どこに勤めているか? である。結婚するわけじゃないんだし、そんなの気にする必要はないのだけれど、やはり気になる。
「どんなお仕事してる人なの?」
「芸術家だよ」
は? 一瞬、頭がフリーズする。芸術家……何とも怪しいラインをついてくる。芸術家って何するんだっけ? と遠い目になる。
娘の解説によると、かまぼこ板でスルメイカのアート作品を作っているらしかった。
「作品、見せてもらったんだけど、本物のスルメイカみたいだったんだよ! 今度、個展するんだって! 一緒に行こうよ!」
娘は意気揚々と話す。スルメイカのアートなんて需要があるのか?
「考えておくわ〜」
曖昧に返事した。
結果として、スルメイカの個展には行かなかった。それまでに二人は別れたのだ。親としてほっとした。
♡ ♡ ♡
『三人目の彼氏ができた♡』と報告があったのは娘が大学四年生の時だった。今度は一つ年下だった。大学は違うらしかった。
「彼の実家はねぇ〜。由緒あるお寺なの!」
喜々として娘が言う。
寺の息子ということは、将来、継ぐのだろう。お坊さん。まさか、付き合いが続いて結婚する……とかならないだろうな。
寺の婦人を務めるなんて、娘にできるわけがない。
「将来はお寺を継ぐんだって」
やっぱり!
「でも、普通の人なんだよ。精進料理にこだわらず、肉も魚もいっぱい食べるし、『梨沙のことがずっと好きだよ♡』って言ってくれるの。それでねー、いっつも二人で『宝くじが当たったらどうする?』って話で盛り上がるの」
煩悩だらけじゃねーか。
結局、その将来お坊さん候補と娘は、一年ちょっとで別れた。どうやら結婚をちらつかされたらしい。それに慄いて娘は別れを切り出したようだ。
突拍子もない人と付き合うけれど、合理的な判断はできるのだと、ほっと胸を撫で下ろす。
♡ ♡ ♡
娘は就職を機に家を出た。といっても住んでいるマンションは、私鉄で一時間程しか離れていない。だから、しょっちゅう顔を見せる。
ある日、電話がかかってきた。
「今度の日曜、そっち行っていいかな?」
「いいわよ。連絡入れてくるなんて珍しい」
「あのね、紹介したい人がいるの……」
それで事前に連絡してきたのか、と思う。
「お父さんにも伝えておいてくれる?」
「わかったわ」
ついにこの日が来たと思った。娘を持った親の宿命の日。母親より父親の方が一大事かもしれない。
『お嬢さんをください』だ。
(そんな古風な言い方は、今しないのだろうか)
そして、約束の日曜日が来た。
和室に私達夫婦と向かい合う形で、娘とその彼氏が座っている。
きっと夫も今、私と同じ心境だと思う。
『親子じゃん』
娘が連れて来たのは、三十歳も年上の中年男性だった。並んでいると恋人同士ではなく、親子だと誰もが思うだろう。
穏和で人当たりはいいが、それが悪く作用して、頼りなげにも見える。歳の差でいえば、私と付き合う方がしっくりくるし、話題も合うだろうな……と思う。
しかも、少し前に運悪く、会社にリストラされたばかりらしい。
「私が働いて、家のことは文君(文彦というらしい)にしてもらえばいいんだから!」
娘は文君を擁護するように言い、文君の方を見て笑う。それに文君も笑顔を返す。
微笑みあってんじゃねぇ!!
二人は結婚したい旨を伝えて帰って行った。
夫は娘の彼氏に会うという心労に加え、連れて来た男性が、自分とそれほど変らず、しかも無職ということにショックを受け寝込んだ。
本当にうちの娘は困ったものだ。
読んでいただき、ありがとうございました!