心に鬼を
「ぐっっっ!」
医務室を抜け出していたクラムは木陰で休んでいた。
「こんなとこに居たのか。」
「師匠………」
アンライがクラムの見舞いに行ったら、ワヤ達しか居なくて近場を探していたのだ。
「………今は休め。お前達の試合で明日の決勝は明後日に延期になった。」
試合で重症者が出た場合、その重症者が勝者の時のみ次回の試合を1日延ばす事ができると言うものがある。
今回はクラムがその例に当てはまる為、これが適応されることになった。
「そう……ですか…」
クラムはそれを聞いて明らかに落ち込んでいた。
「クラム、君が負けそうになった理由は分かるね。」
アンライは今回のワヤ戦にクラムがここまで苦戦するとは思っていなかった。
アンライもワヤの急成長には驚きはしたが、それを見てもクラムが勝てると確信していた。
でも、結果は辛勝だった。
「あぁ、分かってる。俺がワヤを甘く見ていたから………」
「違う。」
クラムは自分がワヤを格下と見くびってしまったことによる油断が今回の辛勝を招いたと思っていたが、アンライはそれを間違いだと言い切った。
「クラムはワヤを甘く見ていなかった。君は仲間を傷つけることを躊躇った。それが今回の失態だ。」
「………………」
そのアンライの見解にクラムは黙ることしかできなった。
クラムにも心当たりがあった。
クラムは去年も今年も仲間と訓練以外で戦うのは今回が初めてだった。
そんなクラムはワヤが自分の攻撃で傷つく姿が見ていられなかった。
だから、ワヤにはさっさと降参して欲しかった。
「私にはその気持ちは分からない。戦闘になれば敵が誰であれ倒すのみだよ。それが例え可愛い愛弟子でもね。」
私は優しくないからねと言うアンライの目は本気だった。
そんな時は一度も来ないだろうが、もしクラムが敵になってもアンライは躊躇うことなく倒す事がクラムにはわかった。
「クラムにはどんな相手にも最初から心を鬼にして戦う事ができない。それはいずれクラムの足を引っ張る。最大の欠点になる。」
「俺はどうすれば良い。」
クラムには分からなかった。
医務室からずっとワヤ戦を考えてもワヤが自爆する前に潰すしか思いつかなかった。
そして、ワヤ相手に傷つけずにそれをする事は不可能である事は分かっていた。
「今すぐ、心を入れ替えて鬼にしろなんて言っても人はそう簡単に変わらない。だから、強くなれ。」
これがアンライの答えだった。
「誰が相手でも手加減して傷つける事なく倒せるほど強くなれ。そうしたら、クラムが優しくても大丈夫だよ。」
でも、それはただの現実逃避のようにクラムは感じた。
「ダメです。」
「…………何が?」
その提案をクラムが拒否した。
アンライは優しく微笑みながら聞いた。
「それだと…………そんな覚悟で…オンリーに勝つなんて不可能だ。」
「そうだね。」
アンライは素直に答えた。
最初から師匠達はクラムもオンリーも覚悟が足りていない事を分かっていた。
「俺はそんなの嫌だ!俺は今度こそオンリーに勝ちたい!」
このまま負け犬のままで終わる。
そんな事をオンリーは受け入れる事なんてできなかった。
「でも、今のクラムには無理だよ。君はもうオンリーのことも仲間のように感じ始めている。」
それはクラムと再会した時から感じていた。
自分と違って友達を容易に作ってしまうこの子はラッカアの弟子も友達として見ようとしていることに気づいていた。
それはオンリーへの勝機を自分で消すような事だ。
「あぁ!そうだよ!俺はあいつを!オンリーを!友達だと思っている!それが一方通行な友情だとしてもな!」
クラムは認めた。今まで心の奥底に隠していた気持ちを発露した。
「だけど、勝ちたいんだよ。絶対勝てないと一度は絶望まで感じたあいつに俺は勝ちたい。そうじゃないと俺は前に進めない!」
クラムの目には僅かな、本当に僅かな光をアンライは感じた。
「良いよ。そこまで言うなら私がクラムを変える。」
アンライの言葉にクラムは驚いていた。
自分で言っといてなんだがそんな事ができるのかと半信半疑だった。
「さっきも言った通り、人はそう簡単に深層心理を変える事は出来ない。だから、これは今回限りの方法だよ。」
アンライはクラムを抱きしめながら言った。
「今からクラムの心に蓋をする。でも、これは君の気持ちを制限するものじゃない。心が鬼になるまでの盾だと思ってね。」
序盤から心を鬼に出来ないのなら鬼になるまで守れば良い。
それが今のクラムに最も適した答えだった。
「今は眠って回復して試合に備えてね。これをしたからってオンリーにかつとは限らないけど勝機は生まれる。」
あのラッカアの弟子がそんなに甘くない事はアンライが一番分かっていた。
それでも、勝機ゼロの今よりはマシな状況にはなる。
「今度こそ勝ってね。クラム。」




