5.獣人デビュー
朝になった。窓から差し込む光で俺は起床した。
昨日はいろいろと情報が多すぎて、頭の中で整理できるまで時間がかかった。
コンコン
部屋のドアがノックされた。
「はい!」
俺が声をかけると、入ってきたのはメアさんだった。
「おはよ」
「あーおはようございます。どうしました?」
「朝ごはん持ってきたんだよ」
「ありがとうございます」
良く考えたら数日何も食べていなかった。まあそれほど空腹ではなかった。
俺は朝食を食べながら、メアさんと話をした。
「やっぱりお告げの人なんだってね」
「みたいです。聞いたんですか?」
「聞いたよー。お母さん喜んでたもん」
「そうなんですね」
何代にも渡ってお告げを信じて行動をしていたんだろうな。
お告げの人間と言われているのに何もできないのが悔しかった。
俺がいろいろ考えていると、メアさんが顔を覗き込んで来た。
「てかイツキは何で敬語なの?」
「すみません。獣人の方の年齢があんまりわからなくて、失礼が無いように敬語にしてます」
「なるほどね。イツキは14歳くらい?私は15よ」
「え?俺17歳です」
「えー年上?」
「みたいですね」
メアさんは大きな目で俺の事を見つめてきた。
「それならため口で話そうよ。私も敬語に戻すの無理だし」
「わかったよ。これでいい?」
「うん!あと呼び捨てだからね」
「わかった」
メアは嬉しそうだった。
「獣人の人にこんなこと聞いていいのかわからないんだけど、質問してもいい?」
「いいよー」
「メアは何の獣人なの?」
「うーんと、トビネズミって言われてる」
「言われてる?」
「うん。この世界はモンスターがいるでしょ?そのせいで大半の動物が絶滅してるの。だからお母さんから聞いた話しか分からないんだ。トビネズミを見たことないし」
「そうなんだ」
「うん。まあせっかくだから見てみたかったけどねー」
俺は良いことを閃いた。
「メア、紙とか持ってる?」
「え?あるにはあるけど紙って高級品なんだよ」
「そうなの?それじゃあお金払うから買える分だけ買ってくれない?」
俺は収納の書からお金を取り出そうとした。
「今はお金はいいよ。家からちょっとだけもらってくるから」
そういうとメアは家に帰り、紙を数枚持ってきてくれた。
俺は収納の書から大きめの金貨を出し、メアに質問をした。
「これで紙ってどれくらい買える?」
「えー大金貨?これがあれば紙なんていっぱい買えるよ」
「じゃあこれ渡しとくから、買っておいてもらえない?」
「無理だよー。てかこんな大金渡しちゃダメ!」
「じゃあこっちは?」
俺はさっきのより小さい金貨と大きめの銀貨を取り出した。
「紙はいっぱい欲しいんでしょ?じゃあ金貨は預かってあげる。でも大金なんだから人に簡単に渡しちゃダメだからね」
「わかったよ。じゃあお礼あげるね」
「お礼?」
俺はメアから紙を貰い、筆剣を使って絵を描き始めた。
「え?え?」
その様子を見るメアは驚いていた。
「よし!できた。これお礼ね」
俺は絵を2枚渡した。
「こっちはメアの顔で、こっちは俺の世界にいたトビネズミの絵」
「えーすごーい!イツキすごいよ」
筆剣で水墨画タッチの絵以外を描くのが初めてで不安だったが、力の入れ具合で濃さが変わってくれるからなかなかいい絵が描けた。
「一応俺のエクストラスキルってやつだと思う。絵は元の世界でいっぱい書いてたんだ」
「イツキすごいね。これ宝物だよ。ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ紙はお願いね」
「うん!」
メアは本当に嬉しそうにしてくれた。描いた甲斐があったな。
直接感想を言ってもらえるのは、母さんが生きていた時以来だった。
コンコン
朝食も食べ終わり、メアとのんびり話していると家のドアがノックされた。
「はい!」
入ってきたのはベアトリスさん達とミランさん達だった。
「すまないな。食事中に」
「もう終わりましたから平気ですよ」
「昨日の話の続きじゃが、イツキはこの街でどのように暮らしたい?」
「一晩考えたんですが、神様が言うその時が来た場合、僕に戦闘力を求められる可能性がありますよね」
「その可能性はあるのじゃ」
「なので出来れば冒険者というものになりたいです。それと絵が描きたいです」
「冒険者はすぐにでもなれるが、絵を描きたいとはどういうことじゃ?」
ベアトリスさんがそういうと、メアが口を開いた。
「ベアトリスおばあちゃん!見て、イツキが描いてくれたの」
メアは嬉しそうに俺の絵をみんなに見せる。
「ほーこれはなかなかすごい」
「元の世界ではよく絵を描いていて、神様から貰ったエクストラスキルが絵に関係するものが多くて」
「エクストラスキルが絵に関係?」
「はい。たとえば」
俺は筆剣を取り出した。
「筆はこの世界にもありますかね?」
「あるぞ」
「これは筆剣と言って」
俺は筆剣を抜いた。
「こういう風に武器にもなりますし、筆としても使えます」
「ほー」
「あとこれが召喚絵巻というもので、巻物はこの世界にありますか?」
「巻物は知らんのじゃ。紙を運ぶ時、それのように巻いたりはするが名前はないのじゃ」
「なるほど。これは俺が描いた生き物を召喚できる巻物です。見ててください」
俺は召喚絵巻を開いて念じた。
いつものように煙が出てきて、中からシラユキが出てきた。
ガウガウ!
「「「おー」」」」
みんなは驚いていた。
「まだレベルが低いので成体ではないのですが、今後絵のような成体になると思います」
ジャドルさんが口を開いた。
「イツキ、これはトラかい?」
「はい。トラです。シラユキって言います。ジャドルさんはトラの獣人ですよね?」
「そうだ。でもトラを見たのは初めてだ」
ジャドルさんは目を輝かせながらシラユキを見ていた。
「そうなんですね。僕の世界にいたトラなので、もしかしたら少し違うかもしれないですが。ジャドルさんのように黄色と黒のトラがいました。かっこいいので子供達に人気の動物です」
「そうなのか」
ジャドルさんはなんか嬉しそうだ。
「あとはこの収納の書です。さすがに本はありますよね」
「あるのじゃ」
「これはマジックボックスと同じようなものです。入れたものが絵になってページに描かれます。マジックボックスはありますよね?」
「あたりまえじゃ」
「すみません。これもレベルが上がればページが増えて入れられる量が増えるみたいです」
「なるほど」
「これが僕のエクストラスキルです」
みんな驚いているようだ。
シラユキは呑気にミランさんの膝の上でくつろいでいる。
人間への嫌悪とトラへの興味とシラユキの可愛さで良くわからない表情をしていた。
「よし、わかったのじゃ。ギルドで絵の仕事を探すから、冒険者登録をしてレベル上げをしながら絵の依頼も受けるのじゃ」
「わかりました。でも人間の俺がそんなことして大丈夫ですか?」
「それは問題ないのじゃ!リメアラ、あれは持ってきているか?」
「はい」
リメアラさんがカバンから液体が入っている容器を取り出し、俺に渡した。
「これは?」
「これは狸人族が作っているお茶です」
「へーお茶もあるんですね」
容器には日本茶のような色をした液体が入っていた。
「これは普通のお茶ではなく、変化茶というお茶です」
「変化茶?」
「これを飲むと1日、髪色・耳・尻尾に理想のものに変わるんです。若い獣人が自分の毛の色を変えたり耳の形を変えて楽しむために作られました」
「え?変わるっていうことは、元がないとダメじゃないんですか?僕は獣人のように耳も尻尾も無いですよ」
「はい。たぶん大丈夫なはずです。過去に人間が使ったという噂があります。それに売られているものはだいぶ薄められてますが、今回は原液を貰ってきました」
「大丈夫なんですか?」
「身体には害はないです。ですがちゃんと変化するかはわかりません」
リメアラさんは申し訳なさそうに言った。
「まあ試すしかないですもんね」
「お願いします」
「わかりました」
俺は貰った変化茶を一気に飲んだ。
「うわ!ちょー苦いしまずい」
「どうじゃ?身体に変化は?」
「えーっとないですね」
俺は頭を掻いた。
「あれ?なんか痒い」
俺は頭を掻きむしると、何もないところに何かがあった。
「え?これ耳?」
「おー生えて来とる。成功じゃ」
俺は頭と腰の上の痒さに悶絶していた。
数分耐えると、立派な耳と尻尾が生えてきた。
「イツキさん。それはオオカミですか?」
「いえ、髪の色を変えたくなかったので黒毛のスキッパーキというイヌにしました。元の世界で見たことがあったので」
「なるほど。ではま何日変化が続くのか確認したいので、この家で生活してもらえますか?食事は娘に持ってこさせるので」
「わかりました」
俺は自分に生えた耳を触りながら返事をした。
ベアトリスさんはリメアラさん達に指示を出した。
「変化茶の効き目を確認したら、イツキのステータスプレートの発行と冒険者登録。そして絵の依頼を受けるという情報を街中に出すのじゃ」
「「「はい」」」
「イツキ、この家はワシの別宅のようなもので今は使っていない。なので御主にやるのじゃ」
「え?本当ですか?」
「絵を描く上で家具の位置やらが気に食わなければ、オータルに手伝わせるのじゃ」
「おう!任せろ!」
オータルさんは最初の印象と変わらずフレンドリーだ。
「ではワシらはそろそろ帰るとするかの」
そういうと7人は帰って行った。
俺は家の中を物色して、鏡がないか探したが残念ながらなかった。