0.プロローグ
俺はいつものように足早で校門を出た。
別に学校でいじめられたりしているわけではない。
単純に部活もやってないので、学校に居てもしょうがないだけだ。
カバンからスマートフォンを取り出し、いつものようにSNSに自分が描いた絵を投稿した。
多分半日もすれば1万いいねは付くだろう。
「次は何描こうかなー、題材探しに行くか」
俺は家の近くの図書館に向かった。
俺は新しいものを書くときは必ずこの図書館に来る。
活字なんて全く読めないから、いつも見るのは画集や図鑑などだ。
さっき投稿した絵も、ここで浮世絵と水墨画の違いについて書いてある本を読んだことでアイディアが浮かんだ。
俺は図書館が閉館するまで居座った。
ここ最近、家に居づらくなった。
俺が7歳の時に母が他界してから10年間父子家庭だった。
だが半年前、新しい母親が家にやってきた。
別に俺はもう子供じゃない、新しい母親を認めていないわけではない。
優しくて気遣いが出来て綺麗。家事も得意で、料理もうまい。
父さんにはもったいない女性だと思うぐらいの人だ。
ただ1点の気になる部分を除けばの話だが。
父さん。思春期の俺の方が歳が近いってどうなんだ。
俺は今年18歳、父さんは49歳。
そして新しい母さんは29歳だ。
別に意識なんてしてない。
だけど10歳離れてようと、綺麗な女性と家で二人っきりはさすがに気が休まらない。
だから学校が終わったら、ほぼ毎日図書館に来ている。
家に帰っても部屋に籠って絵を描いている。
「さすがにそろそろ帰らないとまずいか」
俺は遠周りしていたのをやめて、家に向かった。
▽ ▽ ▽
家に着き、玄関を見ると父さんの靴はなかった。
まだ帰ってきていないようだ。
「お帰りなさい。斎輝君」
玄関まで出迎えてくれたのは、俺の新しい母親の唯さんだ。
「ただいま」
「今日も遅かったね。図書館?」
「うん」
「お腹すいてる?」
「少し」
「政さんが今日は帰って来れるって連絡来たから、一緒に食べましょ。リビングで待ってて」
唯さんはそういうとキッチンへ向かった。
俺は手を洗い、自分の部屋に行く。
ベットに腰掛け、スマホを開くと通知がたくさん入っていた。
さっきSNSに投稿した絵の反応だった。
アプリを開いて細かく見てみると、今回も大好評だったようだ。
俺は小学生の頃から絵を描くのが好きだった。
高校生になってから絵を投稿するためにSNSを始めた。
2年と数か月で俺のアカウントのフォロワーは100,000人を超えた。
基本は自分の好きなものを描くが、最近は依頼されお金をもらって絵を描くことも増えた。
「水墨画っぽいのは思ったより人気あるな」
俺はSNSに描かれている感想を読みながらニヤニヤしていた。
ピコン!
スマホに通知が来た。
いいねやコメントは通知が鳴らない様にしているから、多分DMが来たのだろう。
俺はスマホをいじり、DMを確認した。
ノロッパさんという人からDMが来ていた。
[初めまして。今日投稿されていた水墨画タッチの絵は本当に素敵でした!ぜひ、ITSUKIさんに絵のご依頼をしたいのですが。ご予定などは如何でしょうか?]
俺はすぐに返信をした。
[ありがとうございます。スケジュールは大丈夫だと思います。ぜひご依頼の詳細を聞きたいです!]
ピコン!
数秒するとすぐに返事が来た。
[ご返事ありがとうございます。依頼内容なんですが、デジタルではなくアナログ絵なんです。私は舞台の美術をやつており、次の舞台で使用する小道具用に絵を描いてほしいんです]
[面白そうですね。アナログでもやりたいです]
[よかったです。B1用紙に水墨画タッチで門を描いてほしいんです]
[なかなか大きいですね。門というと、どんなイメージですか?]
[和風でお寺とかの門ですね。両開きで重厚感と奇妙さがあるといいです。参考画像をのちほど送ります!]
[わかりました。でも次の舞台ってなると納品まで短いですか?]
[ありがとうございます!納品日なんですが、今月末にはいただきたいのですが]
[それなら大丈夫だと思います]
[ありがとうございます!紙や筆などはこちらで用意してお送りしますので]
[本当ですか?助かります!]
[あとご予算なんですが…]
[面白そうなので、安すぎなければいくらでもいいですよ]
[80万ほどでご依頼できますか?]
俺は目を疑った。
「は?80?」
俺はすぐに返信をする。
[そんなにいただいていいんですか?]
[はい。問題ありません。では後程参考資料などお送りしますので、道具などをお送りする住所をお教えください]
[はい!よろしくお願いします]
俺は物凄くテンションが上がっていた。
「よっし!やったぞ!」
80万円手に入ることより、大金を支払ってもいい絵だと思われたことがうれしかった。
「うわーやる気出てきた!B1ってなると部屋だいぶ片付けないと」
俺は部屋の片づけを始めた。
「ただいまー」
部屋の外から父さんの声が聞こえてきた。
俺はスマホをポケットに入れ、リビングへ向かった。
▽ ▽ ▽
我が家の食卓は明るくなった。
唯さんのおかげなのか、気まずくしないために父さんががんばっているのか。
会話が絶えない夕食だ。
「斎輝、学校はどうだ?」
「いつもと変わらないよ。父さんの方はどうなの?忙しくないの?」
「相変わらず忙しいぞ。いつ呼び出されるかもわからんしな」
「私は政さんの体調が心配です」
「ははは。何十年も警察官やってるんです。大丈夫ですよ」
父さんは警察官だ。そこそこの役職らしい。
刑事課だからなのか、家に帰ってこないことも多い。
「そういえば今週の日曜日に剣道の稽古をするけど、斎輝も久々に来るか?」
「行かないよ。剣道辞めてもう2年以上経ってるんだよ?もう動けないよ」
「斎輝はセンスがあったから平気だ。初段にまでなったのにもったいないと思うぞ。いっその事、もう一回剣道始めてみるか?」
「やらないよ。俺は絵を描いてる方が楽しいんだよ」
「そうか。残念だ」
父さんは剣道をやらせようとしてくるが、絵の話をすると引いてくれる。
死んだ母さんが絵を描くのが好きだったことが影響しているのだろう。
俺は食事を済ませて自分の部屋に戻った。
▽ ▽ ▽
数日後、ノロッパさんから荷物が届いた。
B1用紙が予備を含めて3枚と大きめの筆と手紙が入っていた。
筆が特殊な物みたいで、手紙に使い方が書いてあった。
[筆には特殊なインクが内蔵されています。穂首の部分に何もついていないように見えますが、ちゃんと描けます。力加減でインクの出る量が変わりますのでご注意ください。予備の紙を送りましたので、そこで試し書きなどしてください]
俺は筆を手に取った。
「どこの新製品なんだ?面白い物もあるんだな」
俺は予備の紙を1枚使い、筆に慣れるまで試し書きを続けた。
▽ ▽ ▽
納品日まであと3日。
俺は早めに納品物を完成させた。
「よし!この筆には手こずったが、超良い絵がかけたぞ」
B1用紙には重厚感がある和風の門が描かれていた。
「ノロッパさんに連絡するか、送り先とか聞き忘れてたしな」
俺はポケットからスマホを取り出した。
ゴゴゴゴゴゴ!
部屋の中で謎の重低音が響いた。
「ん?何の音?」
俺は辺りを見渡すが、音の発生場所が分からない。
ゴゴゴゴゴゴ!
「え?絵が動いてる?」
俺は自分の書いた門の扉が開いているのに気付いた。
その動きに合わせて音がしていた。
「は?どういうこと?」
俺はノロッパさんに連絡をする。
[ノロッパさん!絵が完成したんですけど、その絵が変なんです]
[変じゃないですよ]
[え?どういうことですか?]
[北村斎輝。貴方には大きな使命があります]
[は?何で本名を?]
俺は返信をしようとしたが、めまいに襲われて絵の上に倒れてしまった。
俺が描いた門は扉が完全に開き、俺はその門に飲み込まれた。
▽ ▽ ▽
目が覚めると俺は外にいた。草むらの上で倒れていたようだ。
「なにがどうなってんだよ」
俺は周りを見渡したが、見たことない森だった。
俺の足元にはあの門を描いた筆や紙など、いろんなものが落ちていた。
「全然わけわかんない」
俺は落ちている物を拾うと紙に文字が書いてあることに気付いた。