続・異世界転生し公爵の家督を継いだブスの私。ヒロインでも悪役令嬢でもないのに勝手にイキられ自爆されるのだが……
とある森の狩猟場にて。
「お、大熊がでたぞっ!」
「ひ、ひぃぃぃ! お助け~!」
──アルベルト皇太子殿下をお守りせねば!
私は撤退なされるアルベルト皇太子殿下とそれを追う熊の間に割って入った。私は撤退戦の殿。私は意を決して熊を睨み付けた。すると熊は何を思ったのか……一目散に逃げだした。
「え……」
人は熊を恐れる。だが、熊もまた人を恐れているのだと、私は自分に言い聞かせて胸を撫で降ろした。すると諸侯の猛者たちは笑って言う。
「確かに! 話通り髭が生えてきそうだ! あの四角い顔面もまたそそる!」
「さすがはムスケリオン公爵閣下! 熊をも逃げ出す良い女だ!」
「惜しい! 俺が年頃だったなら俺が嫁いだものを!」
「──ハッハッハ!」
……私は複雑な気分になった。
彼らは保守的で、私が皇帝陛下により帝国枢機内閣の閣僚である帝国軍元帥に抜擢された時、猛反発した人達だった。だが今はどうにも不思議で、そこはかとなく仲良くさせて頂いていた……。
「見ろ! これが自慢の我が娘だ! ──ガブリエラ!」
「はい、父上」
「次は猪がやって来たぞ! 猪は弓ではなく槍で狩るのだ。ここに我が黒槍
──無精髭を授ける!」
「有難き幸せ」
私は猪突猛進する猪の眉間に、黒槍・無精髭を投げ放った──
皇太子殿下の初陣は6歳。私の初陣は9歳。16歳になるまでに経験した実戦はまだ3戦だが、戦闘を伴わない従軍は大小合わせて現在26回。それでも父の前人未到の1003回には遠く及ばない。平和になりつつある現在、一生かけてもそれは無理だろう。いや、無理でいい。戦乱の世はもう終わったのだ。
そんな事を、屠った猪を担いで考えていると、アルベルト皇太子殿下は私になんと、御謝罪あそばされた。
「僕だけ逃げてごめん、ガブリエラ……」
「いえ滅相も御座いません殿下。君子危うきに近寄らず。三十六計逃げるに如かずは兵法の一つ。殿下はご自身の立場を良くわきまえて、ご聡明な判断でございました。ただ……」
「ただ?」
「熊に背を向けるのは危のうございます」
「──知ってたさ! 口で言うのは簡単だ!」
「──ハッハッハ!」
諸侯の猛者たちはまた笑った。
先帝が御奨励なされて貴族の文化となった今日の御狩猟も、日を重ねて下火となれば帰途につく。
そして私はアルベルト皇太子殿下の御思案で、帰りのプライベート保養地にてお忍び静養する事となった。
アルベルト皇太子殿下と私は数多の従軍に立場も相まって、ささやかな御交友関係にあったのだ。
そんな時、また事件は起きた……。
「あら、ここに薄汚い猟師がいるわ? あなた?」
「おい、そこの貴様! 俺はこれから森林浴を嗜む。このペンツS700の超高級馬車を見張っておれ!」
私は即答する。
「厩舎はあちらにございます。それにここは──」
「あ~ん!? 俺に口答えする気か!? 俺はいずれゴールドラバー商家を受け継ぐアンドレ様だぞ! 借金まみれにしてやろうか? いいから馬車を見張っていろっ!」
「いやしかし」
「──じゃあかしい!」
何だこいつ。
「嫌だわ、あなた。この人なんだか怖い……」
「お~よしよし。俺が付いてるから大丈夫だよハニー?」
「やだ、あなたったら~。まだあの人こっち見てるったら~ん」
「え? ──何見てんだ! クソがっ!」
「いやだから──」
「なんだ!? まだなんかあんのかコラッ!」
あ~またか……。嫌な予感しかしない。するとアルベルト皇太子殿下が出てきては、御申しあそばされた。
「……何の騒ぎだ? それにこの馬車は何だ? 家紋からしてゴールドラバーの馬車じゃないか。なぜここに止まっているんだ?」
すると商家の御曹司アンドレがアルベルト皇太子殿下へ叫び散らした。
「──お前がこいつの主人か!? どういう教育してんだコラッ! しっかりシツケとけやっ!」
「う、うわっ!? 何だこいつ!?」
「なんだこいつとはなんだ!? シバくぞコラッ!」
「──みんな!」
あ~あ。終わったなこいつ……。
言われなくても騒ぎに駆け付けるお忍び諸侯の猛者たち。素早く包囲されてギョッとする御曹司アンドレ。ご婦人はすこぶる取り乱して言った。
「えっ!? えっ!? 何なのこの人たち!? ──あ、あなた!?」
「な、なんだテメェ~らは! 俺が誰だか知ってんのかコラッ!」
お忍び諸侯の猛者たちは顔を見合わせてのち、大笑いした。私は溜息をついてから、少し貯めて言い放った。
「──アルベルト皇太子殿下の御前である! 頭が高い! 控えろっ!」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇえええっ!? うえぇぇぇぇぇえええぇえええ!?」
ここからは後の話だが、御曹司逮捕に浮足立ったゴールドラバー商家は、全財産をなげうつ勢いで土下座謝罪するも、もとからあった悪質な高利貸しの噂もあって一斉捜査される。
そして御曹司アンドレだけが悪さをしている事が発覚して検挙。幾つかの脱税もあって、一生かかっても払いきれない罰則金と追徴課税に御曹司は絶望した。
しかも愛するご婦人に逃げられ商家からも勘当される。
もちろん愛車であるペンツS700の超高級馬車も没収され、皇太子殿下のアイディアで、借金を返すまで二等兵として軍賦役する事を命じられたのであった……。
こんな奴軍にいらないのだが、父上御用達の鬼軍曹にみっちり可愛がってもらおう。聞けば軍にも、元御曹司の元同業者が牙を研いで待っているらしい……。
『おうおう。よくも俺達の島を荒らしてくれたな?』
『ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃいい!』
そしてアルベルト皇太子殿下は私に感謝の意をお示しあそばされた。
「ガブリエラのお陰で手間がだいぶ省けたよ。ありがとう。
──お忍びの目的を達成できた」
そう、すべてはアルベルト皇太子殿下の計略であった。
私は深々と頭を下げ、そのご聡明さにただただ平伏した。
「私は卑しい、貴方様のしもべにございます」
「そう言うなよ、友達だろ?」
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