第三話 脳みそが筋肉で出来ていらっしゃる?
「フンフフーン、今日も良い天気で読書日和だな〜」
こんにちは、栗尾根くりすです。自分で言っておいて何ですが、天気と読書にはあまり関係が無いと思います。でも天気が悪いと何となく気分も落ち込むので、私は晴れている方が好きですね。まぁ外には出ないんですけど。
そんな訳で、放課後、私はまた生徒会室に向かっていました。今までは特に生徒会の仕事はありません、楽な待遇ですね。今日ものんびりと下校時刻まで本を読んで過ごそうと思います。
そんなことを言ってたら生徒会室に着きました。早速ドアをガチャリと開けて中に入ります。
「キャー、○び太さんのエッチー!」
突然、部屋の中から大声がしました。私は少しビックリして中を確認すると、そこには下着姿の半裸の女性が佇んでいました。しかし私は冷静ですので、落ち着いてこう返しました。
「誰が○び太じゃ!あと、ここは女子校じゃい!エッチもクソもあるかい!」
「あっ、それもそうかぁ、アハハハハ!」
半裸の女性は、半裸のまま笑っています。わぁ、嫌だなぁ、変な人が出て来ちゃったなぁ。
「それでは、改めて紹介しよう、生徒会副会長の明日葉晴子君だ」
「はいはーい、よろしくね、くりすちゃん!」
「はぁ……」
生徒会室には、会長も加えて三人になっていた。さっきの半裸の女性は明日葉晴子、今はちゃんと服を着ています。何故か体育用のジャージを着ていますけど。
「えっと、明日葉先輩……?」
「長いから晴子でいいよー、あと二年生だよー、生徒会の副会長は代々二年生がやるんだってー、面白いよねー」
そう言って晴子先輩はケラケラと笑った。ううん、さっき会ったばかりだけど、晴子先輩は、何と言うか、ネアカな人っぽいな、苦手なタイプだ……
「えっと、晴子先輩も生徒会ということは、魔法が……?」
「モッチのロン、使えるよー。まぁ、私の魔法はみんなと比べたら地味なんだけどねー」
「そうなんですか?」
「会長ー、くりすちゃんも生徒会なら私の魔法もバラしても大丈夫ですよねー?」
晴子先輩は、一応、会長の指示を仰いだ。会長は、勿論さ、と言う代わりに、グッと親指を突き出した。
「えっとねー、私の魔法は『脳内麻薬』って言うんだー」
「急にイリーガルな匂いがしてきました」
「アハハ、そんな物騒なものじゃないって。効果は、めっちゃ運動神経が良くなる!って感じかな?まぁ、あくまで人間の出来る範囲内でだから、空を飛べたり壁を登ったりは出来ないんだけどねー」
「はぁ……」
身体能力を強化する魔法ってことかな?確かに地味ではあるけれど……
「そう言えば晴子くん、君、何か用事があるんじゃなかったかな?」
「おっと、そうだった!今日は色んな部活の助っ人を頼まれていたのでした!そうだ、会長、くりすちゃんも連れていっていいですか?」
「何で!?」
「おや、それは良い。くりす君、晴子君の魔法のコントロールは我々の中で一番と言って良い、きっと参考になるはずだよ」
そんなこんなで、私は何故か晴子先輩に首根っこを捕まれて外に連れ出されたのでした。はーなーしーてー。
「そう言えば、さっき何で生徒会室で脱いでたんですか?」
「人を露出魔みたいに言わないでくれる!?体操服に着替えてただけだよ!」
「トイレとかで着替えればいいじゃん……」
「?トイレはトイレするところだよ?」
「アッハイ、今度からは鍵かけておいて下さいね」
私と晴子先輩は、学校のグラウンドにやって来ていた。最初の助っ人は陸上部らしい。いかにも身体能力がそのまま発揮できそうですね。
「さーて、今日も一発やったるぞい!」
「ぞい?」
晴子先輩は陸上部の輪の中に自然に入っていき、私は適当に離れた場所から見学することにした。どうやら今日は各種目の記録を測る日らしい。晴子先輩は短距離に出るようだ。
準備体操を終えた後、早速みんな走り始めた。少しして、晴子先輩の出番がやってきた。一瞬、晴子先輩はこちらをチラリと見て、手を振ったような気がしたが、直ぐに前を向いて真剣な表情になった。
「位置について、よーい……ドン!」
合図と共に、皆は一斉に駆け出した。そんな中で、晴子先輩は直ぐに体一つ抜け出し、そのままグングンと加速していく。速い。これも魔法の力なのだろうか?そのまま晴子先輩は、一着でゴールインしていった。
「ねーねー、くりすちゃん、見てたー?」
「そりゃ見てましたよ……」
陸上部の部員や先生と一言、二言話した後、晴子先輩はこちらにやってきた。息は上がっているが、まだまだ余裕そうだ。
「記録、どうだったんですか?」
「えっとねー、中学女子の全国記録より0.5秒遅かったってー」
「クソ速じゃん」
そんなこんなで、クールダウンもそこそこに晴子先輩は次の部活に行くことにした。次はバレー部らしい。紅白戦のメンバーが足りないらしい。
「ハイ、副会長!」
「私の美技に酔いな、オリャー!」
「(美技?)」
晴子先輩は、次々に上げられるトスを問答無用で相手コートに叩き込んでいった。晴子先輩は身長もそこそこ高いが、何よりジャンプ力が凄かった。これも魔法なのだろうか?
「くりすちゃーん!」
「ハイハイ、見てましたよ。あれだけスパイクを打たれたら相手チームが可哀想になりましたよ」
「フッ、勝負の世界は過酷だから……」
「いや、急にニヒルになられても困ります」
最後に向かったのは、校舎から少し離れて、小さい山の上にある道場だった。柔道部があるらしい。晴子先輩は柔道着を借りてきて早速組手を開始した。
晴子先輩は素人目から見ても柔道のテクニックがあるようには見えなかったが、それでもパワーは別格だった。別にそれほどガッチリとした筋肉質の体型という訳ではないが、組手の相手の同じかそれ以上の体格の持ち主とも互角以上に渡り合っていた。
「集中……!これが私の呼吸だ!」
晴子先輩は、相手が疲れからか少し油断したところを、すかさず足を払い、そのまま畳の上に抑え込んだ。一本だ。
「ぜぇ、ぜぇ……ぐりずぢゃん……」
「流石に辛そうですね。お疲れ様です」
こうして私は、晴子先輩の部活無双に付き合わされたのだった。
「どの部活でも大活躍でしたね……怖、近寄らんとこ」
「あれれー、何だかくりすちゃんとの距離を感じるよー?」
「いや、元々そんな距離近くないし、というか私はそもそも体育会系の人は苦手だし……」
私たち二人はすっかり夕暮れ時に、山の上からトボトボと歩を進めていた。何か知らんが疲れた。私は何もしとらんけど。
「それにしても、凄いですね、先輩の魔法は。運動神経抜群になるというのは伊達ではないですね」
「え、今日はまだ魔法使ってないよ?」
「え?」
「え?」
「は?」
「え?」
えっ、じゃあもしかして、今日一日の活躍は全部素の身体能力だったんですか?
「先輩、もしかして、魔法関係なく元々めちゃくちゃ運動神経良かったりしますか?」
「そだよー、まぁ、今みたいにバリバリ動けるようになったのは魔法が無関係ではないんだけどねー」
「というと?」
「んーとね、最初は魔法を使ってぶわーって強くなったんだけど、段々と魔法を使わなくても同じ力が出せるようになってきたみたいな?」
晴子先輩は、手を振ったり体を揺らしたりして何かを伝えようとしている。しかし薄々は感づいていたが、晴子先輩は大分感覚派なので、それを読み取るにはかなりエスパーしなければならなかった。
「つまり、魔法で身体能力を強化していたのが、いつの間にか素の身体能力にも影響して魔法抜きでパワーアップしてしまった、ということですか?」
「そーそー、大体そんな感じ」
晴子先輩はうんうんと頷いている。やだ、この先輩、末恐ろしいわ。
「それにしても、魔法を使わずにこれだけ動けるなら、魔法を使ったら何にでも全国一位になれちゃうんじゃないですか?」
「うーん、それは別に興味ないかなー。それに、この魔法の力を手に入れた時、公式の大会には出ないって決めたんだー」
「そうなんですか?別に誰にもバレないから良いと思うんですけど……」
まぁ、それはそうなんだけどねー。と、晴子先輩は遠くを見ながら答えた。その表情は、何故か満足気だった。
「雪会長に、あんまり人前で魔法使うもんじゃないよー、って言われてるのもあるけどさー、私も自分を鍛えるのは好きだけど、人と競うのは別にそんなにって感じでねー」
「でも、それなら、今日みたいに魔法を使わなければいいだけじゃ……」
「んー、それもちょっとねー。さっきも言ったけど、今の私があるのは魔法抜きでは考えられないからさー」
またも何故か、晴子先輩はニッコリと笑って答えた。まぁ、人には人の考え方があるでしょうから、別にいいですけど……
えっくし。ちょっと冷えてきた。春はまだ寒い。あらやだ、少し鼻が出てしまった。私はポケットからハンカチを取り出し、そっと拭いた。
そんな時、突然、強風が私たちを横殴った。思わず、私は持っていたハンカチを風に取られてしまった。運悪く、私は坂の崖側にいて、そのままではちょっと取り返すのは難しいだろう、という思考が私の脳裏に一瞬に駆け抜けていった。
「あっ、私のハンカ――」
そう言い終わる前に、もう一つの風が吹き抜けていった。否、風ではない。晴子先輩だった。
晴子先輩は一瞬で加速し、ていやっ、と走り幅跳びの選手のように空高く跳躍した。そして空中で、しっかとハンカチを掴み取った。そう、空中で。下には何もない空中で。
私は思わず、晴子先輩の顔を見た。晴子先輩は、やっべー、どうしよう、みたいな顔をしていた、ような気がする。
その瞬間、私は躊躇わず魔法を使った。
次の瞬間には、晴子先輩は下に落ちていた。それほど高さは無かったが、マトモに落ちれば怪我をしかねない高さだ。
「先輩、生きてますかー!?」
「アハハ……生きてるよー、何とかねー」
そう言って、晴子先輩はポリポリと頭を掻いていたのだった。
「いやー、危なかったよ。でも怪我が無くて良かった、良かった」
「全く、ハンカチ一枚で命を投げ出さんで下さいよ……あと、無事に済んだのは私の魔法のおかげですからね?」
晴子先輩は、よいこらせっ、と崖から登ってきた。本人の言う通り、怪我は無いようだ。それは本当に良かった。
「あれ、でも、くりすちゃん、一体どんな魔法を使ったの?そう言えばまだくりすちゃんの魔法がどんななのか聞いてなかったんだけど?」
「あぁ、それは……まず、晴子先輩にはふわふわ(浮遊)の魔法をかけて落下の勢いを殺して、同時に地面にふわふわ(軟化)の魔法をかけて着地時の衝撃を和らげたんです」
さらっと自分で言っているが、何気に二種類の効果を同時に使用していたらしい。今まで試したことはないが、咄嗟に出来たようだ。
「そっかー、ふわふわかー。いやー、本当にありがとー、くりすちゃん。おかげで助かったよー」
「別に……というか、先輩、その前に魔法使いましたよね?今までにない速さが出てたので」
「あー、まあねー、一瞬だけ。流石に時間が無かったからねー」
へへっ、と晴子先輩は恥ずかしそうに笑った。成る程、身体強化。一瞬でその力を引き出せるのならそれは凄いことだ。まぁこの人の場合は使わなくても凄いけど。
「ところで晴子先輩、今日少しの間一緒にいて思ったんですけど」
「何ー?」
「先輩、意外とアニメとか好きですよね?」
時々、台詞の端々に、聞いたことのあるフレーズがあったので。勿論、ただの偶然の可能性もあるが、それが何回も重なれば流石に……
「うーん、そうかなー、そうかもねー。家ではよくお兄ちゃんと一緒にアニメ観たりしてるしねー」
「そうなんですか……というか、お兄さんいるんですね。ということは何ですか、妹ですか、妹キャラですか。無敵か?無敵のキャラ付けか?」
「うわーん、くりすちゃんがよく分からない所で怒ってるー」
すみません、取り乱しました。あまりにも強いキャラを目の当たりにしてしまい、つい。しかし、そうですか、少し嬉しいですね。私も人並みにはアニメとか好きなので。
「どうですか、最近だと『手術海鮮』とか人気じゃないですか」
「あー、それ私も観てるよー、面白いよねー。特に主人公と六条先生の組合せが好きでねー」
「は?」
「え?」
「すみません、私、六条先生の夢女なんで……やっぱり先輩とは分かりあえないみたいっス」
「ええー、そんなー」
そんなしょーもないことを言いつつ、すっかり暗くなった中、私たちは生徒会室まで帰っていったのだった。