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第一話 猫を助けただけなのに

「待っててね、猫ちゃん、もう少しで届くから、大人しくしていてね」

私は木の枝にしがみつきながら、その先にいる猫ちゃんに、必死に手を伸ばした。状況を簡潔に説明しよう。私は木の枝の上で降りられなくなっている小さな猫ちゃんを発見し、救助するため自分も木に登って今手を伸ばしているところだ。以上。

「もう少し、もう少し……」

震える猫ちゃんを刺激しないように、私はゆっくりと距離を詰めた。しかし、その時、激しい突風がビューっと吹き、枝がグワンとしなり、大きく揺れ、猫ちゃんは、ニャー、と鳴いて、その身を滑らせてしまった。

「危ない!」

私はとっさに飛び降りた。そして何とか、空中で猫ちゃんをその手に抱えた。

良かった。

良くない。

このままでは、地面に激突してしまう。私は目を瞑り、衝撃に備えた。

――

結果だけ書こう。

私は怪我をしなかった。猫ちゃんも無事だった。

何が起こったのか、この時の私はまだ分からなかった。

でもこれが、全ての始まりとなる出来事だった。


皆さん、はじめまして。

私の名前は栗尾根くりす。この春から中学校に通っている中学一年生です。

変な名前だね、って思った奴。

死ねばいいのに。

まぁ、そんなことはどうでもいいんです。

ここでは最低限、私が好きなものだけを覚えて帰ってください。

私が好きなものは二つあります。一つは動物です。猫が好きです、犬も好きです、兎も好きです、ハムスターも好きです。そういう訳で、動物なら大体好きです。動物のどこが好きかと言うと、余計なことを喋らないのが良いですね。ワン、とか、ニャー、としか言わないので、何を考えているのか分からないのが癒されます。

もう一つは、本です。特に小説です。最近は異世界転生ものがお気に入りです。本を読んでいる間は、私は自由になれます。ワクワクとする冒険、甘酸っぱい恋愛、クスリとするコメディ、どれも大好きです。いつか、私も――いえ、これは今は関係ないですね。

そういう訳で、私は学校の昼休み、一人静かに小説を読むために、誰も来ない校舎裏に足を運んだのでした。もしかしたら、この前の猫ちゃんもいるかもしれませんしね。


「誰も、いない。猫も、いない、か」

私はちょっとだけ残念そうにしながら、適当なところに腰かけた。私が木の上から猫を助けたのも、こんな昼休みのこの場所ことでした。あの時、何で私は木から落ちても怪我をしなかったのかはまだ分からないですけど、今はもう特に気にしていなかった。そんなことより、早く小説の続きを読まなくちゃ。私は持ってきた小説本を開き、読み始めた。


「やぁやぁ、お嬢さん、ちょっといいかな?」

「え……誰?」

いつの間にか、本を読んでいた私の目の前にいたのは、見知らぬ女生徒だった。私と同じ制服を着ていたが、リボンの色が違うので、恐らく上級生だろう。髪は少し癖っ毛で、眼鏡をかけており、一見すると優しそうな先輩だった。

「君、一年生だよね?入学式の時にちょっと前で話してたの、覚えてないかなぁ。まぁ、覚えてないよねぇ」

そう言って先輩は少しガッカリしたような素振りを見せた。確かに私は先輩のことを覚えていなかったが、入学式、前で話す、というキーワードから何となく予測はついた。

「もしかして、生徒会長ですか?」

「おっ、そうだよ〜、私が生徒会長だよ〜」

会長は、会長と呼ばれて何故か嬉しそうだった。

「それで、生徒会長が私に何の用ですか?」

「そうそう、あ、ところで君、栗尾根くりすさんだよね?一年一組、出席番号10番の栗尾根さんで間違いないよね?」

「そうですけど……」

「あぁ、良かった。それで、話なんだけど」

コホン、と会長は息を整え、そしてニッコリと笑ってこう言った。

「栗尾根さん、生徒会に入らない?」

「は?」

「いや、ごめん、言い方が悪かった。栗尾根さん、貴方は生徒会に入る、これは決定事項です。何故なら、この学校で魔法が使える者は生徒会に入らなくてはいけないからです」

会長は、ビシッ、と、言い切ったぞ、という顔をしていた。

生徒会?

魔法?

「あの、別に私、魔法なんて使えませんけど……」

「おや、まだ自覚してないパターンかしら。でも大丈夫、すぐにコントロール出来るようになるから。栗尾根さん、最近身の回りで不思議なことが起こらなかった?」

「不思議なこと、ですか。そうですね、最近は、そこの木の上から落ちて無傷だったことくらいですね」

「ふむふむ、木の上から……成る程、可能性としては、体が頑丈になる魔法か、地面が柔らかくなる魔法とかだね」

会長は一人で納得している。私は、手元にある小説に目を落とした。

「あの、私、そういうの興味ないんで、魔法とか……」

「おや、それは嘘だね。確かに君は生徒会には興味はないが、魔法についてはそこそこ興味があるようだ」

「はい?何でそう思うんです?」

「何で、と言われたら、そうだね、これはここだけの秘密だが、それが私の魔法だからさ」

そう言って、会長は、内緒だよ、と口の前に指を持ってきて、シーっ、とした。その顔はどことなく茶目っ気のあるものだった。

「さて、あまり長々と邪魔をしても悪いし、そろそろ引き上げるよ。でも気になったら、いつでも生徒会室に来てくれたまえ。まぁ、いずれ君は嫌でも来ることになると思うがね」

「それも魔法ですか?」

「いいや」

会長はニヤリと笑った。

「これは女の勘さ」


魔法に興味があるのは本当だった。魔法、甘美な響きだ。ファンタジー小説や漫画の話なら、炎を出したり、水を出したり、怪我を治したり出来るだろう。私にそんな力があるのかな?

「どっちでもいいか、生徒会には興味無いし」

私は次の日の昼休みも、生徒会室には行かず、いつもの校舎裏に向かった。

しかし、今日はそこには先客がいた。

「おいおい〜、何か小さいのがいるぞ〜」

「あ〜、猫っすね〜、親とはぐれたんすかね〜」

「キャハハ、かわいそ〜、うちらが面倒見ちゃいましょうよ〜」

そこには、柄の悪い女子生徒が3人いた。よく知らんけど、多分上級生だろう。同級生では見たこと無いし。

私はとっさに物影に身を隠した。

「猫、いるんだ。あいつらは死ねばいいのに」

けっ、と私は毒づきながら、様子を伺った。三馬鹿は子猫を乱暴に構っていた。遠目でハッキリしないが、恐らく私が助けた猫だろう。仕方ない、今日は出直そうか。

「なぁなぁ、こいつチョコとか食わせてみようぜ〜」

「え〜、それマジヤバいんじゃね〜」

「いーじゃん、どうせ誰も見てないしよ〜」

馬鹿止めろ、チョコは猫に毒薬だ(五七五)。

うぅぅぅぅぅ。私は泣きそうになるのをグッとこらえた。

このままじゃ、あの猫が死んじゃう。

死ねばいいのに、死ねばいいのに、死ねばいいのに、あんな奴ら、死ねばいいのに。

私に、勇気なんて無い。違う、勇気なんてどうでもいい。私には、体力もない、腕力もない、権力もない。でも私は、一度あの猫を助けた。だったら、一度も二度も同じだ!

その思った時には、私は走り出していた。

「あ"あ"あ"あ"あ"!」

私は、声にならない声を出しながら、三人のうちの猫を捕まえていた一人に突っ込み、その腕に食らいついて、思いっきり噛みついた。

「うわっ、痛っ、何だコイツ!離れろ!」

「うー、うー!(逃げて、猫ちゃん!)」

幸い、猫は私が噛みついた拍子にその手を逃れ、そのままビックリしてどこかに行ってしまった。

良かった。

まぁ、こっちは特に良くないけど。

「離せ、このチビ!」

私は手で振り払われ、そのまま尻餅をついた。慣れないことをしたので、心臓がドクドクいってる。

「何だこのチビ、邪魔しやがって……生意気だな」

「そーだ、服脱がして写真撮っちゃいましょーよ」

「おいおい、そんなことしたらコイツ人気者になっちゃうじゃん〜」

三馬鹿は、ケラケラ、と笑っている。

私は、最低限なめられないように、気持ちを強く持って三人を睨み返した。

ああ。

神様。

もしも私に魔法が使えるのなら。

今こそ力をお貸しください。


カチッ。


刹那、私の頭の中で、何かのスイッチが入る感覚があった。それは、思っていたよりも簡単に、非常にあっさり、私の中に眠る力を呼び覚ました。

「魔法よ……何でもいいからあいつらをやっつけて!」

そう念じた、瞬間。

「うわっ、何だ!?」

「じ、地震か!?立ってられない!」

あいつらの立っていた地面が、グニャリと、端から見ても分かるくらいに湾曲した。それに飲み込まれたやつらは、バランスを崩し、哀れ、顔から地面に突っ込むことになった。

「な、何だ、どうした?」

残念ながら、巻き込まれたのは二人だけだった。残された一人は、訳も分からずオロオロとしている。

「魔法よ……もう一人にも!」

すぐに私は、残った一人にも魔法をかけようとした。この時の私は、特に具体的にどうしてやろうとは考えていなかった。ただ単純に、魔法の力を引き出そうとしていた。だから、次の瞬間に起こったことも、私はそこまで驚かなかった。

「う、うわ!足が、足が浮いてる!」

残った三馬鹿のうちの一人の体は、宙に浮いていた。そしてそのまま、1メートル、2メートル、3メートル、とどんどんと高く浮き上がっていった。

「や、止めてくれ、助けてくれ!死んじまう、死んじまうよ!」

空中で必死に泣き叫ぶ姿を見て、あ、それは、流石に、マズイかな、と思った私は、取り敢えず、脳内のスイッチを、カチッと切った。

「――グェッ」

浮かび上がっていた女子生徒は、程なくして落下し、カエルが潰れたような音がした。

気がついたら、三馬鹿はいずれも地面に倒れていた。立っているのは、私だけだった。

これが、私の、魔法――


「はいはーい、もうすぐ昼休み終わるよー、ほらほら散った散ったー」

どこからともなく現れて、場を仕切り始めた人がいた。生徒会長だった。いつの間にか地面の湾曲も収まっており、三馬鹿は、これ幸いと、ヒェーッとなりながら散り散りに去っていった。

「いやー、お見事、お見事。見せてもらったよ、君の魔法」

「会長……いつから見てました?」

「さぁ、いつからだろうねぇ。まぁまぁ、危ないことになったらちゃんと助けに入ってたよ」

本当かなぁ。私はまだ、この人のことを今一信頼していなかった。

「そんなことより、どうだい、初めて魔法をちゃんと使ってみた感想は?」

「感想も、何も……そうですね、スカッとしました、正直」

力の無かった私が、三人もコテンパンに叩きのめしてやったのだ。胸のすく気持ちが無いと言えば嘘になる。

「それじゃあ、生徒会に入ってくれるかな?」

「いいとも……って、そのネタ、今の中学生には通じませんよ」

ハァ、と私は溜め息を吐いて、ヤレヤレ、しょうがないですね、という顔をした。

「気が向いたら行きますよ」

「おぅ、待ってるぜ」

そんなこんなで、私の長い長い昼休みは終わろうとしていたのだった。


コンコン、とノックして、私は扉を開けた。

「失礼します」

「いらっしゃい、待ってたよ」

その日の放課後、私は、生徒会室に足を踏み入れていた。その中には、生徒会長一人が椅子に座っていた。

「他の人は?」

「あぁ、うちはイベントが有る時以外は自由集合でね。今日は私だけさ」

そう言って会長は、こっちこっちと手招きをして、私を椅子に座らせた。

「それで、生徒会に入ってくれる気になったのかな?」

「別に……まだ生徒会には興味無いですけど、魔法のことは気になるので。それに、落ち着いて本を読める場所も欲しかったので」

あと、一々会長に勧誘され続けるのもウザいので。これは声には出さなかった。

「いいよ、いいよ、おめでとう、栗尾根くりす君!今日から君も生徒会の平役員だ!」

「あ、そこは役職がある訳ではないんですね」

「残念ながら役職は既に埋まっていてね……」

ハッハッハ、と会長は笑っている。私も、つられてクスッと笑った。

これが――私と、魔法と、生徒会との出会いだった。


「ところで、会長の名前って何て言うんですか?」

「極楽院雪之丞」

「本名ですか?」

「おぅ、次それ言ったらしばくよ?」

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